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第22話 ダンジョンマスターの受難 トーキョーダンジョン編①

「な、何が起こった? 何が起こってるんだ?」


トーキョーダンジョンの最奥、マスタールームでは戦争開始まであと20分少しということもありダンジョンマスターによる最終準備が進められていた。

もっとも今回の戦争は宣戦布告をされた訳でもなく、強制執行の相手役にたまたま選ばれただけである。


大抵、強制執行されるようなダンジョンは運営の上手くいっていないダンジョンで楽勝ムードだった。

マスター歴27年。既に2度の戦争に勝利した経験のある己の敵では無いだろう、とダンジョンマスター古田正親ふるたまさちかはそう考えていた。


古田のマスターとしての姿は奇妙な姿である。

鉱石と人とが合わさったような岩のような肌をしたヒト型の化物といえばいいだろうか。

鉱石人マテリアンと自身では呼んでいるが、あまりこの姿は好きでは無かった。

高級ホテルのスイートを思わせるマスタールームで、人間だった頃とは似ても似つかない巨体を揺らし、そのゴツゴツとした手をコアに翳しながら、古田は水晶玉の目でダンジョン内の様子を映すモニターを凝視した。


そこには、次々と頭部を爆ぜさせる己の眷属達の姿。

瞬く間に階層中の眷属がダンジョンの染みとなり、不可解な現象はどんどんと階層を下っていく。

そして今しがた、50層のボスが、50層以降の攻略をさせない為に配置した眷属の中でも最強格であるヘルヒュドラが全身を爆裂させて飛び散った。


「あ、あり得ない……! アレはかなりDPをつぎ込んだ切り札の1つだぞ! SSランクのヒュドラの上位種を巨大化させ、経験値も喰わせた。更に私の力でアダマンタイトの鱗を与えたというのに……?!」


トーキョーダンジョンでも最強のクラン、豪放磊落の最強メンバーをして攻略の糸口の無い、首を落とされても平気なヒュドラの再生能力とアダマンタイトの頑強さという組み合わせで産み出した怪物が水風船のように弾けとぶ様は、古田にとって悪夢そのものの光景だった。

そして悪夢はまだ終わらない。


元々、古田は50層より先には人間を行かせるつもりは現時点では無かった。さらにダンジョンを深化させてからだと考えていた。

ライバーの存在により、攻略を進められればダンジョンの情報は筒抜けである。それゆえの門番としての黒化したヒュドラだったのだ。

そしてある方法により、51層から先も踏破済階層とすることで相手に情報を与えないまま戦争を有利に進めるというのが古田のやり方だった。

もっともある程度のベテランマスターは同じようなことはしているであろうが。


「ご、51層からは……」


51層からは戦争用の防衛線である。

49層までの、オーソドックスなモンスターのいるダンジョンからは様相を変え、足場の悪い煩雑な鍾乳洞の様に壁や天井から鉱物が突きだしている。明かりが無ければ闇となる複雑地形の至るところに、ロックスパイダーを代表する鉱物に似た姿のモンスターが壁や地面に擬態して獲物を待ち構えていた。


さらに進めば、全身が硬度の高い鉱石で出来た体を持つ3mの体格を誇るゴーレムが何百体も道幅を埋めて立ち塞がっており、容易に先に進めるハズが無い……無かったハズなのだ。


古田の目には破壊は過ぎ去る爆風のように映った。

極めて巨大な爆弾が炸裂した爆風が進路上にある全てを砕いて行く、そういう風に見えた。


ガガガガガガガガ、と硬い物体が割れる音が連続してコアモニターから聞こえてきた。

擬態しているハズのモンスターは動き出す間もなく的確に、壁のように立ち塞がるゴーレム達は砂糖細工のように、障害物の鉱物もろともに粉砕された。


「何なんだ!? これは!? クソ! 止まれ止まれ止まれぇ!?」


叫んだところで破壊は収まることを知らず、自壊するように消失する己が眷属に何も打つ手がなかった。

しかし、何か、デジャヴをその光景に感じた古田は2週間程前の出来事を思い出していた。


「そうだ……あのカップルライバーを殺してやろうとした時だ」


いけすかないリア充ライバーだとか言う2人組、彼等をイレギュラーとして無惨に殺してやる。復活させたトロールに意識を移し、歪んだ欲望を満たしてやろうとした時だ。

いきなり元の身体に戻され、訳のわからぬまま慌て確認すればトロールは全身を破裂させて死んでいた。

再び彼等が現れた時も同行していたダイバーの協力で防がれフラストレーションが溜まっていた。

今回の戦争はそれを晴らそうと蹂躙するつもりで、近頃やけに増えたDPの収益で戦力を強化し、最下層に待機させていた。

しかし、今にして思えば……。


「何かが……得体の知れない何かがいるのか? 私のダンジョンに」


鉱石の身体であったが身の毛がよだつという感覚はあるらしい。ブルリと古田は身体を震わせる。

遂に90階層まで到達した“破滅”。

最終防衛ラインである最強の眷属の控えるボス部屋だ。そこでようやく古田は戦争まで15分を切っていることに思い至る。


「まずい! これでは戦力が……!」


古田はなんとか思考を切り替えた。

あのボスならもしかしたらと、最後の切り札に僅かな希望を託し、削られた戦力の再召喚に意識を集中した。




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