ガリガリガリガリガンガンガンガンゴオオオオ
マスタールームへの侵入を防ぐ最後の関門。
古田のマスター能力で生成されたオリハルコン。
DPを大量消費する為隔壁一枚分しか作れなかったわけだが、それでも最強の金属がまだ敵の侵入を防いでいた。
隔壁の向こうからは、何かが隔壁を引っ掻くような音と叩きつけるような振動が絶え間なく続いていたが不意にそれがピタリと止み、古田は僅かな間強ばらせていた身体を弛緩させた。
諦めたのか? いや、それは無いだろう。
それにどの道だ。この戦争は古田の負けでほとんど確定している。敵はマスタールームまで到達し、古田は最初の層すら突破できていない。仮に相手が初期の50層しかないダンジョンだとしても残り階層数で負けている。
古田にはもう攻略に回せる戦力も無く、あとは敵マスターがノコノコと顔を出してくる馬鹿であることを祈るくらいだ。
天井崩落のトラップのトリガーに緊張と絶望の混じった面持ちで手をかけながら、静かになったマスタールームで古田はそれまでの人生を振り返る。
幼少期、神童と呼ばれ他人よりずっと勉強が出来た。
実際成績は常にトップであった。
しかしやや性格に難有りと就職はズタボロ。
かろうじて小さな縫製会社の経理に収まった。
10数年つまらない業務に従事して……つい魔が差した。
よくある話といえばよくある話だが、他にろくに金の流れを把握している者がいなかったその会社で古田は横領に手を出した。
バレるまでの間に実に億単位の金を懐に入れ、ギャンブルや風俗通いに充てた。
会社にバレ、世間にもバレた後だ。損害賠償のことで会社との係争中だったある朝、目覚めるとダンジョンマスターとなっていた。
何が何だかわからなかったが、これ幸いとアバターの外見を変え、かつてある会社の経理だった人間は蒸発した……ということになっているはずだ。
そうしてまた、名を変え顔を変え、Sランククランに管財人として潜り込み、自身のダンジョンにとって都合の良い独占体制の提案をしてDPも金も思うがままだった。
何が悪かったのかどこで間違えたのか……人生を振り返るには5分は短すぎた。
ズギャンと金属のひしゃぐ耳障りな甲高い音。
伝説の金属の壁に穴が穿たれた。
再び破壊が始まったのだ。
あぁ、モンスターの転移をしたのかと5分という時間に敵マスターの取った手段に当たりをつけた古田は妙に冷静だった。
ズギャン、ズギャンと巨大な杭のような角が穴を拡げ、その向こうに浅黒の重戦車のような姿を見る。
「ハハ……今度はトリケラトプスか」
かつて、父に買ってもらった恐竜図鑑。
一番好きだったのがトリケラトプスだった。
いろいろな恐竜の名前を覚えては両親や友人に披露したものだ。
両親はまだ健在だろうか? 生きているなら90代か……社会人になってからはろくに顔を出せなかったし、横領を始めてからは全く会っていない。合わせる顔もないが、心残りがあるとすれば……。
「ぬぅああああああ゛あ゛あ゛あぁああ」
ついに破られた壁。迫る顎に見たのは死ぬ前に見る夢だったか。ギシギシギシギシと鉱物の身体が、命が軋む。
最後のDPで自身の身体をオリハルコンの硬度に変えたが万力のようにティラノサウルスの巨大な顎が古田を咥えて振り回しギリギリと締め上げ、ピシリと罅が走る。
「私はぁあああ!! まだ死にたく……」
がシャンと、顎が閉じた拍子に抱えていたダンジョンコアごと、元の名を捨てた、頑なでどこか脆い哀れな男は粉々に砕け散った。
▽
「……まだ決着つかないのかな?」
ダイオウイカになってダンジョンを出て直ぐだ。
捕まっていた人をその場に解放してまたダンジョンに飛び込んだけれどすぐに戻された。
戦争が始まった……ってことなんだろう。
トーキョーダンジョンの入り口が消えた後、アパートに帰ってじっと待つこと4時間。まだヨウは戻らない。
「いなくなっちゃやだよ……」
破れたジャージのまま膝を抱えてじっと俯いていたアタシの頭を優しく撫でる手に顔を上げれば、ヨウが笑っていた。
「勝ったよ……ポチ」
「……ヨウ? ヨウだ! ヨウっ! ヨ゛ウ~」
「あ、こら! なんで泣いてるのよ」
「だぁっでぇええ! しんばいじだんだがらぁああああ!」
「よしよし……ゴメンったら。心配させてわね」
「う゛ん」
顔をヨウの胸に押し付けたから涙で襟元がぐっしょりだ。
アタシが落ち着くまでヨウはよしよししてくれた。
「ポチのおかげで無事に戦争に勝てたしご褒美が必要ね。ね、何がいい?」
「……ヨウ」
「ん?」
「ヨウが欲しい。ずっと一緒にいて欲しい……あと……もう3日も……シてない」
「バカね……ポチが欲しいのは私も一緒だからご褒美にならないわよ」
「うん……でも今は……」
目を潤ませたアタシの口づけをヨウが受け入れて、そのまま敷きっぱなしの布団に倒れて互いの身体を抱き締めあって感触を確かめる。
お互いが今ここに、一緒にいられること。
その有り難さと愛おしさをアタシ達は気の済むまで感じ合った。