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第32話 クラン統括の憂鬱

あぁ……なんで私だけがこんなに負担を強いられているのだろう?いやいや、自分が知らないところで実は他の皆も仕事を抱えているに違いない……。

そう思っていた時期が私、東矢美月にもありました。


トーキョーダンジョンの突如の消失。

それによるのか、40層のボス部屋前に構築していたクランの拠点が綺麗さっぱりとなくなっていた。

拠点というか、独占体制を維持するための部外者を退ける為の砦というか単なるバリケードというのが正しいだろうか。

とにかくそれが無くなった。

加えて強制排出のように常時詰めていたクランメンバーがダンジョン外に出され、復活後の混乱の中クラン外のダイバーに40層ボスを倒されたことにより独占体制は実質崩壊したといっていいだろう。


まぁそれはいい。そもそも独占などするべきではなかったのだ、というのが美月個人の考えだった。

独占体制の維持は古田の仕事で関係が無い。

いや関係が無いというと語弊があるか。統括の役を任されているのだし。結局は古田がまた小賢しく何か考えるだろうし自分は統括としてOKを出すだけ。

そう思っていた。48時間前までは。


「(古田あの男ぉおおオオ……バックれやがりましたねぇえ……F○CK!)」 


古田、音信不通。

しかも管財人の立場を利用しクランの稼ぎの3割を懐にいれていやがった。

ダンジョン消失直後から一向に連絡が付かず、いぶかしんだ美月が色々と金の動きを調べてみればさもありなん。

軽く年10億近くがクランの口座から別の口座に移されていた。

このダンジョン消失騒ぎを潮時としたのだろう。

実に数十億を持ち逃げした計算になる。

もっとも、実のところ古田はダンジョンマスターとして戦争に敗北しその命を散らしているのだが流石にそれは美月の知り得るところではなかったが。


そしてまた古田の顛末と美月の苦境も最早関係が無く、単純に、古田の抱えていた諸々の業務を誰が引き継ぐことになるか、それだけが美月の目下の悩みであり、おそらくほぼだいたい、それは美月になるであろうことに頭痛を覚えていた。


現に古田の部下(美月にはそんなのいなかったぞF○CK!!)から美月にどうしたらいいか連絡が入り、生来の面倒見の良さが災いし無下にも出来ず。

把握出来た範囲で指示を出しつつ今後どうするかの相談をすべくクランマスターの海堂豪羅に一報を入れたのが20時間前。

マスターからの緊急招集として基幹メンバー20数名がクランハウスの会議室に集められた。


美月が一通りの説明を終え、今後どうするかの意見を求めスクリーンからメンバーへと目を移せば、居眠りに私語、スマホ操作。あとは豪羅にくっついてるビッ……女性メンバー。真面目に話を聞いているものはほぼいなかった。


「(フッフッ……フフフフ……フフ……ファー!? F○CK! F○CK! これだからダイバーしかやってないやつぁあああああ!?) 」


顔には微塵にも出さずとも、頭に血が登り内心で罵倒を繰り返す。プッツンしかけたところに声がかけられた。


「美月」

「……(F○CKF○CKF○CKF○CKF○CKF○CK)」

「おい、美月」

「ハッ……はい、海堂さん。何でしょう?」

「何でしょう……じゃなくてだな。今後独占体制は再構築は出来ないってことであってるか?」

「え、えぇ。40層ボス部屋前に拠点を再構築するまでの間にどれだけのダイバーが先に進むか分からない以上は困難かと。で、あれば独占をせずに利益を確保する方向に舵を切るのがクラン統括としては……」

「いや、独占はする」

「は、いや、ですが」

「40層じゃない。その先でだ」


一応は……いやクランのトップなのだから聞いていなければ困るのだが、状況を理解した様子の豪羅が立ち上がり、しなだれかかっていた女性メンバー達が「あぁ」とかわざとらしく喘ぐような声音をだした。


立ち上がった豪羅の体躯は2m近い、鍛えぬかれた鋼のような肉体でスーツがはち切れそうだ。野武士の様な有無を言わさぬ力強い眼差しに射貫かれ美月すらも無意識に膝を折りかける。

長く伸ばされた金髪は逆立つようにうねり、ザンバラに乱れながらもどこか威厳を感じさせる佇まいがある。


豪羅が下がった美月に代わり登壇すれば、ペチャクチャとやっていたメンバーすら今は顔を上げ豪羅の言葉を待っていた。ほんの少し前まで女に囲まれてヘラヘラしていた男と同一人物とは最早思えない。

これがカリスマか……と美月も認めざるを得ない圧倒的な存在感だった。


「オマエ達! いい加減レベル上げにも飽きただろう! 俺もそうだ! 40層を越えた程度でいい気になっている木っ端供など放っておけばいい。俺達はその先に行く! 50層を抜くぞ!」


豪羅が高らかに宣言すれば、そうだ! そうだ! さすが豪羅さん! と口々に賛同の声が重なりやがて熱を帯びた大合唱となる。

しかし、美月だけはそれに加わらず静かに挙手をする。

せっかくの盛り上がりに水を差すなと、クランメンバーから視線が刺さるが美月は怯まなかった。

罵声すら上がるかという剣呑な気配をしかし、豪羅が片手を挙げるだけで制してみせた。


「美月、何だ?」

「重々承知のこととは思いますが、いかにしてあのボスを討伐するのですか? 何か手だてが? 海堂さんでも今の今まで手を焼いている相手……一筋縄では」


50層のボス、黒化ヒュドラは海堂ですら討伐にいたっていない壁。それは強さよりその防御力と再生力によるものだった。固いウロコが攻撃を阻み、仮に攻撃が通っても即座に元通り。それがわからない豪羅では無いハズと美月の意見に取り巻きの露出の多いアバズ……若い女性ダイバーが噛みついた。


「ハァ? 豪羅様がヤれるって言ってるんだから問題なんてあるわけ無いでしょ? 引っ込んでなさいよ、おばさん!」

「……お、おば」


おばさん呼ばわりに青筋を浮かべかけた美月だったが、「やめろ梨央」と豪羅がその取り巻きを嗜める。


「突っかかるんじゃねえよ。美月にはこういう役を期待してるんだ。イエスマンばかりじゃつまらんからな。それに安心しろ、美月。俺にだってちゃんと考えがある。コイツを見ろ」


豪羅が端末を操作して、スクリーンに映し出されたのはある配信の切り抜きだった。

それは三人組の若いダイバーがトーキョーダンジョン10層ボスとの戦闘でイレギュラーに遭遇し、見事それを撃退する一部始終だった。


「ジャージのこの娘。ポチというが、彼女をうちにスカウトする。彼女の覚醒スキルは極めて強力なバフだ。今の俺ならあのヒュドラの首を一撃で5本飛ばせる。彼女のバフが加われば……」


豪羅が首を掻き切る仕草をすれば、おぉおお!!っと再び場は盛り上がるのだが、本来ここで美月が「いやいや、ポチという方が加入するとは限りません」と突っ込みをいれるところ。しかし今日に限っては美月は映像に映った少女に「あっ……シアターの」と驚いてしまっていた。


加えて、豪羅の悪いところというべきか、傲慢とまではいかないが己が「これはイイ!」と思ったことは周りも「イイ!」と思うに違いないと勝手に決めつけてしまうふしがあった。

もうスカウトが成功する前提で場を盛り上げてしまうし、美月以外は豪羅に心酔するメンバーばかり。


さらに間の悪いことには……この場にいるのは腐ってもSランククランのトップを張る面々で、41層から先を主戦場とする猛者ばかり。

美月が微かに漏らした吐息のような失言をクランの斥候担当の耳が聞き逃すはずもなく。

ついでに言うとその斥候こそが先ほど突っかかってきた梨央だった。


「豪羅様ぁん……東矢統括が何か知ってるみたいですよ? シアターの、とかなんとか」

「何だ美月、この娘と顔見知りか?」

「え!? あ、いえ、そういうわけでは……」


美月に会議室中の視線が突き刺さる。重たく鋭い、高レベルダイバーの詮索の眼差しだ。

さしもの美月もそれに抗するだけの胆力は持ち合わせていなかった。






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