目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第41話 後悔先に立たず


「待たせたな!! お前達! 今日だ! 我々はトーキョーダンジョン50層を塞ぎ止めていた忌々しい怪物を討ち果たす!」

「「うおおおお! 豪羅様ぁああああ! どこまでもついていきます!!」」

「「キャアアアアア、ゴウラ様ぁあああ」」


 クランマスター豪羅直々の指揮の元、着々と進められていた準備が整ったことにより開かれたトーキョーダンジョン50層攻略決起集会。

会場のクランハウス会議室には裏方まで含め100人近くが詰めていて、色にするなら紅と黄の歓声に揺れていた。


その最中、どこか暗く蒼い顔の城見梨央は、本来ならいの一番に豪羅にすり寄っていく気質の女性だったが、この日は壁の花となり不安に瞳を揺らしていた。


「(本当に……大丈夫なの?)」


思い出されるのは数日前、今回の作戦における要、ポチなる少女に依頼を持ち掛けた時のことだ。

もっとも依頼は統括の東矢がすることになっていて梨央は勝手をしていたのだが、今回の作戦に意気を燃やす豪羅の為と気が急いた故の行動だった。


良くなかったのは、どこで聞き付けたか、梨央の動きに勝手についてきたタケルの存在だった。

前々から言い寄ってきて鬱陶しかったが何を勘違いしたか恩着せがましく、いわゆる脅し役をやると言って無理矢理やってきた。


その結果が……梨央としては穏便に……一応は……したかった交渉はただの強迫になってしまった。

しかも当のタケルは「俺のおかげ」と梨央に謝礼……おそらく身体目当てだろう、を求める始末。

誰が勝手に……そう、交渉相手の友人らしいヨウという人物はタケルの知古だったのだが……つまり……その、強迫材料の写真を撮るような相手に身体を許すわけがないだろうと突っぱねてやった。

もう顔も見たくないくらいだ。おそらく会場のどこかにはいるのだろうが。


しかしそれ以上に梨央の頭を埋めていたのはあの時ポチ……それとヨウ。彼女達が浮かべていた貌だった。

三日月の形の口に開いた瞳孔、狂ったような笑みとしか形容しがたいあの貌が脳裡にこびりついている。


覚醒スキルが無いまでも目隠ししてダンジョンに潜ったりと自己流で感覚を研ぎ澄ましてきた。ひとえに豪羅の役に立ちたい一心で磨いた技術と経験が警鐘を鳴らす。

何かおかしい、ヤバい、危険だ。

この感覚に従って来たからこそトーキョーダンジョンの41層以降でも常にモンスター相手に先手をとれたし、罠も悉く見つけてきた。


だが、何がそこまで危険なのかはわからない。

ポチはともかく、ヨウはダイバーですらない一般人だ。

曖昧な、直感とも言い難い感覚に従って決起集会に水を差すのは憚られた。


件のポチも会場に来ていた。梨央と同じく、目立たない壁際に寄って統括の東矢と談笑しているようにも見えるが犬の耳がついたフードに隠れ表情は良く見えない。

東矢のいつも気難しそうにしている顔はどこか清々しく笑っていてそれが益々ポチの浮かべていた笑みに重なり心を波立たせた。


思考がぐちゃぐちゃと不安と不信にまとまらないでいたせいか、頭に入ってこなかった豪羅の演説はいつのまにか締めに入っていたらしい。

心酔する豪羅の言葉をほとんど聞き逃すなんてと、梨央は酷くショックを受けた。


「我々、クラン豪放磊落は今日を持って新たな旅に出ることになるだろう! 豪放磊落は皆、1人1人が役割をこなすガリオン船だ! ダンジョンで戦う者も裏から支える者も一丸となってまだ見ぬ先を目指そうじゃないか!」


再び会場が歓声に包まれ、豪羅は満足げに頷くと頃合いを見計らって手のひらを広げるだけでそれを静めた。


「さて、新たに加わった仲間……いや、いわば船首像の女神か、紹介しよう……ポチだ」


壇に上がったのは、東矢に付き添われたポチだった。

犬のフードの耳が突きだし、しっぽもピンと立っているのが梨央には引っ掛かった。


「どうも~ご紹介にあずかりました、ポチです! えーと……こういうのは苦手なんだよね……皆さんを私の覚醒スキル、『ブースト』で強くします! どうぞ泥舟に乗ったつもりで!」

「ポチさん、それを言うなら大船です」

「え、あ、ミツさんありがと。えー、大船に乗ったつもりでお任せください!」


言い間違いを東矢に窘められ、頭をかく様子が受けたか会場からは少し笑いが巻き起こる。

しかし、梨央にはそれすらも気になって仕様がなかった。


ミツさん、などとあだ名で呼ぶ。いつからあの2人はそんなに親しくなった? 依頼だって断りかけだったはずだ。

豪羅の演説を受けてなのか、泥舟の言い間違いだって「お前達の船はこれから沈むのだ」と突きつけられたようで気に障った。


「では最後に私から業務連絡と攻略担当の皆様に渡すものがあります」


東矢の指示で、裏方の者が配って来たのはフローティングカメラ、しかも最高級モデルのモノだ。

それが今回実力を見て今回の攻略に選ばれた40名に配られた。喜ぶ者、梨央と同じく訝しむ者、反応は様々だ。


「51層から先は長らく未踏の領域です。なにがあるか、起こるか、貴重な映像資料になるかと思われます。また今後当クランにおいてもライブ配信活動……いわゆるライバー担当を新設いたします。今回はその試金石として51層から先の攻略を配信したいと思います。我がクランはこれまでが少々秘匿、独占主義に染まっており、そのことで苦情も寄せられていました。配信にはそういったイメージを払拭する目的もあります」


いつの間にやらカメラの設定やらなにやらも完了しているらしく、大会議室に設営されたプロジェクションモニターに分割された画面が映された。

個別にピックアップして拡大したりもできるらしい。

このまま映像を確認しながら通話も可能で指令部になるようだ。


機運は高まり、状況はもう梨央の言葉では止まらない。

結局、豪羅の号令でトーキョーダンジョンへの出立がすぐに始まり乗らない気のまま梨央もまた集団の一部でしかない。


「じゃあミツさん、こっちはよろしく~」

「はい、ポチさん。ヨウさんにもよろしくと」


ほくそ笑み、最後に会議室からポチが出たあとカチリと内側から鍵が掛けられたが、さしもの梨央の耳も集団の中からそれを拾うことはできなかった。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?