「何やってんのよぉおお!? あんなのバカでも罠ってわかるでしょ! こんの短絡的脳足りん! ゴブリンでももう少し警戒心持つっての!」
「誰がゴブリン以下だ?! あぁ!?」
突然未知の密林に飛ばされた豪放磊落メンバーは罵り合う梨央とタケルを除いては状況把握に努めようとしていたが、その多くは拭えない不安を顔に張り付かせていた。
それは当然で、何しろつい先ほどの梨央の予言めいた発言の通りの事態になっているのだ。
小馬鹿にしていた連中すら緊張に体を強張らせている。
死の予言の重圧は歴戦の猛者にすらのし掛かっていた。
「各員!! 4マンセルを組め! まずは現状確認だ! 欠けているパーティーメンバーはいないか!!」
やはりというか、いち早く混乱から立ち直ったのはクランマスター豪羅であった。
豪羅は的確な指示を出し現状確認に努めようとする。
「美月、美月、聞こえるか?」
フローティングカメラは起動しており、状況を撮していた。
豪羅はサポートを頼もうと指令部にいる美月に通話を試みるが返事はない。
「……チッ、やはり何らかの異常が起こってやがるな」
残念ながら違う。いや、異常には違わないが通話に関してはただ美月側がマイクをオフにしているだけである。
理由はモチロン、この状況を眺めている黒幕の発するポップコーンのカサカサ音が漏れないようにである。
「ゴウラ様!」
「どうだ? 欠員は?」
「それが……例の新人がいません」
「新人……ポチだけがいないのか? 間違いないか?」
「はい」
報告してきた攻略チームの副官に確認した豪羅は歯噛みをする。1人だけまだレベルが低く(ということなっている)完全に巻き込む形になってしまったポチを心配してのことだった。
豪羅は責任感から険しい目で密林の奥を睨むと副官につげた。
「よし……俺はポチを探す。やむを得んがお前達は翼を使って一度帰還しろ」
「了解しました」
豪羅が単独で捜索に向かおうと巨大な葉に手を掛けた時だった。
「ゴウラ様!?」と副官の叫ぶ切羽詰まったようなキンとした響きの呼び声に足を止められる。
「どうした!!」
「帰還の翼がありません! 私だけでなく全員の分が!」
「何だと?」
すぐに豪羅も自身の懐を探るも、間違いなくダンジョンに潜る前に確認したはずの帰還の翼が失くなっていた。
「どうなってやがる……」
再びの混乱。帰れないという事実。
メンバー達が息を呑むゴクリという音だけが静寂を僅かの間破る。
張りつめた空気に耐えきれなかったか、梨央がタケルに怒声を叩きつけた。
「あ、アンタのせいよ! アンタがあのポチって女を脅したから……アイツの仕業なのよ! アイツが罠をしかけたのよ!」
「はぁ??! 低レベルの雑魚女にこんなことできるかよ!?」
自己申告レベル30のポチを軽視するタケルに対し、危機感知能力の高い梨央だけは最初から警戒していた為出た言葉だった。
当のポチ本人は少し離れたところでステルス状態で一部始終を眺めているのだが。
「うぇ?! なんでバレてんの?」と上げた声は固めた空気により伝わらない。
そこに豪羅が怒りを帯びた気配で声をかけた。
「おい、梨央! 脅したとはなんだ? ポチは快諾したと美月から聞いているぞ」
「そ……それは……」
バチバチのやり取りは美月の寝落ちている間に行われたので、梨央からすると美月は事情を知らないということになる。
返答につまる梨央に、豪羅はハァと溜め息を吐き「……無事帰ったら聞かせてもらうぞ」と意識を帰還に切り替えた。
「……梨央。さっき“見えた”と言っていたな」
「は、はい」
「おそらくは何かスキルか……何か発現していないか?」
「い、いえ。特には……」
「……コントロールは出来ないのか……だがおそらく未来視のようなスキルがお前には身に付いている。現にお前の言った通りになっているからな。これから何が起こるか見えたか?」
経験から、指令部の美月と同じような判断をした豪羅は梨央に問う。
何が起こるか、それを知ることで現状の打破の足がかりを求めた。
「……た、たしか……」
必死で、僅かに垣間見た未来の風景を呼び起こそうする梨央。梨央の見たビジョンは出来事出来事を雑に切り貼り編集したような映像の奔流だった。
全滅の結末だけが印象に残っていたせいで思い出すのに苦しんでいた梨央は記憶がハッキリするほどに顔を青ざめさせた。
「あ……あ……あぁ! ああああああ!?」
「どうした!? おい!」
「こ、ここに!!! 大群が!」
「大群だと? 何のだ!?」
梨央が答えるまでもなく、それはやってきた。
ど……ど……どど……、じわじわと音量を増す地鳴りが誰の耳にも届くようになり、大地を踏みしめる巨獣の足取りが振動として足から伝わった。這い上がってきたのは恐怖だった。
「退避だぁああああ!?」
豪羅が地鳴りを打ち消すほどの猿叫で出した指示の数秒後。
巨体が、巨大な角が、野太い脚が、付き出した骨格が、しなる尾が、密林の木々を薙ぎ倒し掻き分けて、大群が姿を現した。