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第3話 依頼斡旋業務

 ギルドの受付業務は、新規登録以外にも、いくつかある。

 中でも依頼受付、斡旋、終了確認が、もっともポピュラーだろう。

 受付嬢と顔見知りになり仲良くなると、冒険者にも得がある。


 例えば、シルバーランク・三人パーティの冒険者が依頼の掲示板を眺めていたら。


「あ、ラグナさんじゃないですか~。この前の討伐依頼、もう終わったんですか? 流石です~」


 元気印の受付嬢ララクが話しかけたのは、中央ギルドでも好成績を収めている冒険者だ。

 無理なく仕事を淡々と、しかし確実にこなす堅実派だ。


「やぁ、ララク。今日も笑顔が素敵だね。その笑顔だけで元気が出るよ」


 なんて言いながら、受付嬢を労う姿勢は紳士的だ。


「次の依頼、お探しですか~? もしよければ、こちらなんていかがです?」


 掲示板に貼ろうとしていた依頼書をラグナに手渡す。

 一通り、目を通したラグナがニコリと頷いた。


「商人護衛の仕事か。行先も慣れた場所だし、行程も無理がなくて、俺たちには丁度いいよ。受けてもいいかな?」

「今まさに入った依頼を掲示板に貼ろうとしてたとこだったんで、ラグナさんが受けてくれたらウチの方こそ助かりますよ~。あざーっす」


 といった具合で、とんとん拍子に事が運ぶ。


 今まさに入った依頼、というのは大噓だ。

 御得意様からの依頼に、信頼のおける冒険者を宛がった。

 依頼人が冒険者の信頼度を条件提示してきた場合、わざわざギルド側から指名して呼び出すと依頼者に追加料金が発生する。

 そこを値切るような依頼人ならギルドの方がお断りなわけだが。


 敢えて偶然を装う理由は別にある。

 掲示板に貼り付けて、望まないパーティに持っていかれても困るわけだが、それは一番の理由ではない。

 ラグナのパーティがギルドの信頼を得ている特別であると、他の冒険者に見せ付けるためだ。


「ラグナはひっきりなしに仕事受けるよなぁ。疲れないのかねぇ」


 ギルドにたむろする冒険者がララクに零した。


「休息も考えて仕事を取りに来ているそうですよ~。頼りになりますよね~」

「おいおい、そりゃ、俺への嫌味かぃ」

「嫌だなぁ、そんなんじゃないですよ~。ハークさんだって良いペースで依頼、熟してくれるじゃないですか~。頼りにしてます~」

「またまた、口が上手いなぁ。ララクに褒められると、頑張る気になるじゃねぇの」

「がんばってくださぁい」


 こんな風に何気ない、一連のやり取りを、扉の向こうで監視する目がある。


 大きな水晶球を覗き込んだユリアナが目を止めたのは、ギルドの奥にあるバーカウンターだ。

 ララクがラグナに依頼書を渡して話している時から、その男はラグナを睨みつけていた。

 まるで殺気を隠さない目で、じっくりと。


「放つ魔力が血のように赤い。殺気立っている証拠。それだけでも充分だけれど」


 ユリアナは手元の手配書を確認した。

 最近、好景気の冒険者狩りをしている集団の情報だ。


「自身も冒険者をしているらしいから、ギルドには入れちゃうのよね」


 魔獣ではなく冒険者を狩ろうなど、言語道断だ。

 バーカウンターで飲んでいた男が、カップを放り投げて立ち上がった。


「気に入らねぇなぁ! ここのギルドは贔屓が過ぎるんじゃねぇのか? お気に入りにしか良い仕事を回さねぇシステムなのかねぇ!」


 どかどかと歩いてきた大柄の男が、ララクの胸倉を掴み上げた。

 ララクより三倍はありそうな戦士風の男が、小さな娘の体を持ち挙げる。


「俺にも同じように仕事回してくれよ。それとも、あの戦士はネェちゃんの色か? 自分の男にぁ、依怙贔屓か、こらぁ!」


 顔を近づけて怒声を浴びせる。


「おい、よせ! 娘相手に何、イキってんだ。中堅新人か?」

「るせぇ! 景気が悪ぃ中津公国から移ってきてやったッてぇのに、ろくな仕事がネェじゃねぇか! いつまで経ってもランクアップ出来やしねぇ!」

「きゃ~、やめて、怖い~」


 ララクが怯えた顔を作る。

 水晶球からそれを眺めていたユリアナは、呟いた。


「ララク、削除デリート

「ラジャ~です」


 返事をしたと同時に、ララクが男の体を投げ飛ばした。

 大きな体が床に豪快に転がった。


「なに、しやがる!」


 近くにあったモップをひっくり返して、柄を思い切り腹にめり込ませた。

 雷魔法を流し込むと、男が絶叫した。


「なん、なんだ。おまえ、受付嬢じゃ……」

「受付嬢ですよ~。ゴールドランクの現役魔術剣士の、受付嬢で~す。依頼は特級しか受けないんで、暇な時は受付してるんです~」


 驚いた目をする男に、ララクがまた雷魔法を流した。

 男が完全に沈黙した。

 転がって気を失った男の懐から冒険者カードを抜き取る。


「えーっと、ブロンズランク、戦士、ボング。中央ギルド登録抹消しま~す。早々に、お引き取りを!」


 男の胸倉を掴み上げて、ララクがギルドの外にボングの体を放った。


「だから、よせって言ったのになぁ。馬鹿な新人がいなくなんのは助かるが」


 ハークが呆れ顔でララクを眺めた。


「ウチのギルドで五本の指に入る冒険者が受付嬢なんだもんなぁ」


 呟くハークの後ろを、魔術師風の男がするりと抜けていった。

 その男がわずかに残した気配を、ユリアナは見逃さなかった。


「どす黒い赤に流れる魔力。禁忌術に手を染めている可能性が高いわね」


 ユリアナはもう一度、手配書に目を落とした。

 禁忌術を扱う魔術師は、戦士狩りをしている。


「狙われた戦士は中程度の実力者、何故か好青年や紳士的な戦士ばかりなのよね。是非、理由を聞いてみたいわ。ねぇ、ドラクナさん」


 すぃと後ろに目を流す。

 黒い衣をまとった女性が、闇に紛れて立っていた。

 彼女はコナハト皇国が抱える優秀な間諜である。中央ギルドに登録してあるジョブは暗殺者だ。


「中央ギルドから依頼を出します。ラグナパーティの護衛をお願いします。もしラグナ他パーティの面々及び依頼者が一ミリでも傷を負ったら捕縛してください。殺してはダメよ」


 ドラクナが不服そうな顔をした。


「だって、聞いてみたいじゃない。好青年ばっかり狙う理由は、なぁにって」

「聞いた後は?」

「本当に禁忌術に手を出しているなら、何をしていたのかって、聞かなきゃね。口を割りたくなるぐらい可愛がってもらう分には問題ないのよ。けど、殺してはダメ。たとえ、達磨さんにしちゃってもね」

「わかった」


 ドラクナが出て行った。

 ユリアナは水晶球に目を向けた。

 ギルド内は、過ぎ去った暴動などなかったように、いつも通りだ。

 他に悪い気配がないのを確認して、水晶球の魔力を収めた。

 ギルドに出入りする無法者や犯罪者を見つけ出し裁くのも、受付嬢ユリアナの仕事である。

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