受付嬢にとって、冒険者の仕事相談も大事な業務だ。
この日、ユリアナは掲示板を眺めていた。
隣で、同じように掲示板を眺めるハークが溜息を吐いた。
「俺さぁ、もうちょっとでランク上がるんだよねぇ。なんか良い依頼、ないもんかね」
ブロンズランクのハークは、あと二つ三つ仕事を受ければシルバーランクに上がれる。
派手さはないが、自分のペースを崩さずに着実に仕事をこなす点をユリアナは評価している。
「そうですねぇ……」
ユリアナは改めて、掲示板の依頼を眺めた。
掲示板とハークを見比べて、口端を上げた。
「ハークさんにはいつもお世話になっていますから、たまには占ってみましょうか?」
掌大の魔晶石を掲げて、ニコリと笑む。
ハークの顔が引き攣った。
「えぇ……。ユリアナちゃんに占ってもらって仕事決めんの? 俺、死んじゃったりしないかな」
中央ギルドが長いハークはユリアナの性格も多少、心得ている。
とはいえ、怯えられるのは心外だ。
ユリアナとしては、不必要な害虫の駆除をしているに過ぎない。
「死んじゃったりしませんよ。ハークさんにはちゃんと生きて帰ってきてもらわないと困ります」
ただでさえ数が足りない冒険者の中でも貴重な、真面な感覚を有した使える冒険者だ。
そういう人材は大事にしたいし、育てたい。
ユリアナは魔晶石を持つ手に手を重ねた。
「光神ルーグよ、ハーク=マクレイガーの未来を灯したまえ」
「あぁ、始めちゃうんだ……」
ハークが何とも言えない顔をしている。
ユリアナは気にせず、魔晶石に魔力をこめた。
手の中の魔晶石から、小さな三つの光が飛び出した。
舞い上がった光が、フワフワと三枚の依頼書をユリアナの手に落とした。
「ローパー討伐に、魔晶石採掘、薬草採取、か。この中だったら魔晶石採掘かなぁ。ギリローパー討伐だけど、仲間が欲しいとこだね」
ハークは基本、一人で仕事をこなす単独冒険者だ。
必要な時だけ臨時に募ったり、他の冒険者の声掛けに応えたりしている。
「三つ総て、お一人で受けていただきます」
「え? 独りで? 全部なの? 薬草採取とかルーキーで良くない?」
ハークの笑顔が引き攣る。
ユリアナはいつもの笑みを返した。
「順番は、薬草採取、魔晶石の採掘、最後にローパー退治ですね。薬草と魔晶石は依頼の倍の量を取ってきてください」
「えー……。長旅になりそうなんだけど」
「採取採掘の量に応じて報酬は引き上がりますから、ハークさんに損はありませんよ」
「そうだけどねぇ……」
ユリアナの変わらない笑顔を眺めていたハークを、息を吐いた。
「わかった、行ってくるよ。ユリアナちゃんに行けって言われたら、断れねぇよなぁ」
諦めた顔のハークが依頼書を三枚、受け取った。
「結局、受けてくださる優しい所、ステキですよ。ハークさんには早くシルバーランクに上がっていただきたいですから」
「ユリアナちゃんの笑顔がずっと怖いんだけど。俺、ロックオンされてる?」
「はい、ロックオンしています」
ひくり、とハークの口元が引き攣った。
「素直に行ってくるから、虐めないでね」
依頼書を手に、ハークはギルドを出て行った。
その背中に手を振って笑顔で見送る。
(ハークさんには、フィンくんとパーティを組んでいただきたいから、早くゴールドランクまでアップしていただかなくてはね)
先日、見付けた金の卵が潰される前に、仲間を宛がって守らなければならない。
優秀な人材を守り育てるのもまた、ユリアナの仕事だ。
ハークの肩書は戦士だが、その実力はジョブに収まらない。
魔晶石の採掘は魔術師や魔具技工士が得意な分野で、むしろ職人ギルドの仕事だ。
薬草採取は基本、ルーキーレベルの仕事だが、内容によっては治癒術師の分野になる。
マルチに幅広く仕事をこなせるジェネラリスト、それがハークの強みだ。
しかし本人は、それを特技だとも思っていない。
そういうことろも、ユリアナ的には好ましい。
「光神ルーグの御加護があらんことを」
遅ればせながら、ユリアナはハークに加護を送った。
三か月後。
三つの依頼をしっかりこなして、ハークが帰ってきた。
「よくよく確認したら薬草がかなりの希少種だったぜ。これ、冒険者ギルドで受ける依頼じゃねぇよ。魔晶石だって、掻き集めるの大変だったぞ」
愚痴をこぼしながら、ハークがぐったりと受付窓口に突っ伏した。
そんなハークをララクが感心した顔で眺めていた。
「この魔晶石、コナハトでは中津公国との国境沿いにある魔窟でしか取れない石ですね~。神が宿る石とかいう、東の魔王が作ってるとか噂されてる
ララクが手に取った石は光を吸い込んで深い群青に輝いた。
「こんなに大変だと思わなかったぜ」
「あの洞窟、魔獣多いですからねぇ」
ララクがカラカラと笑う。
ハークが恨めしい目でねめつけていた。
「けど、役に立ったでしょう?」
ララクの隣で、ユリアナが小首を傾げる。
ハークが何とも言えない顔をした。
「多めに採掘した魔晶石が薬草を吸い込んで魔法石に進化してくれたお陰で、最後のローパー退治が一瞬だったよ。何十体にも囲まれた時は死んだなと思ったけどね。マジで生きてて良かった」
「お陰で中津公国国境沿いに大量発生したローパーをコナハト側で退治できました。ありがとうございます」
謝礼金とシルバーランクの証明書を手渡す。
「ハークさんでなければ、できないお仕事でしたよ」
占いが導き出した三つの依頼は、ジェネラリストのハークには最適だったと言える。
更に言えば、ユリアナにとっても上々な結果だ。
中津公国の冒険者に魔獣を始末されていたら、大きな恩を売られるところだ。
国境沿いの仕事は、できればコナハト側で対処したい。
「謝礼、多くない? 魔晶石の数が多かったから? 薬草いっぱい採ったから? ローパーいっぱい倒したから?」
「総てです。同時に三つの依頼を受けてくださった分も、追加ボーナスを付けていますから」
「そっか、ありがと。しばらくお休みしよっかなぁ」
「充分な休息を取ったら、次はララクとお仕事に行ってきてください」
「え……。ゴールドランクの特級依頼に付いて行けと? 殺す気?」
ハークが顔を蒼くする。
ユリアナは差し出したシルバーランク証明書を裏返した。
「ララクと一緒に特級依頼を受けてくだされば、ジョブチェンジが可能。その後にもう一つ、大きめの依頼を受けてくださればゴールドランク確定です」
ニコニコと笑むユリアナに、ハークが首を振った。
「いい! 俺は当面、シルバーで良い。緩く長く冒険者したい!」
ハークの逃げる腕をユリアナの手が掴んだ。
「この国で長く、冒険者したいですよね?」
ハークが完全にユリアナの圧に負けた顔をしている。
眺めるララクが気の毒そうな笑みを浮かべた。
「ハークさん、諦めた方がいいですよ~。私と一緒にユリアナさんに使われましょ~」
「ロックオンしましたから。逃がしませんよ」
ユリアナのダメ押しに、ハークが諦めた顔で乾いた笑みをこぼした。
その後、ララクと特級依頼をこなし、戦士から魔具剣士にジョブチェンジさせられたハーク=マクレイガーは、勇者フィン=マックールが創設するフィアナ騎士団の一騎士となり、世界を救う大業に貢献することになる。