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第5話 休憩談話

 世界各国に置かれた冒険者ギルドは一つのネットワークでつながっている。

 旅をしながら依頼をこなす冒険者も多いので、どのギルドに立ち寄っても同じサービスと身分確認ができるシステムが構築されている。

 商人護衛などで国を跨いだ依頼も多い。

 依頼達成の確認や報酬の支払い状況などを確認するシステムの構築維持はギルドの魔術部署が請け負っている。

 商人ギルドや職人ギルドより全世界的なネットワークに長けているのは、自由度が高い冒険者ギルドならではといえる。


 方々に旅する冒険者がいる一方で、一つ国に留まり依頼をこなす冒険者も多い。

 長らくギルドに通えば受付嬢と顔見知りにもなる。

 ラグナやハークのような面々だ。

 冒険者をしながら受付嬢をするララクや、裏側で仕事するドラクナのように、国の騎士団を兼任している場合もある。


 様々な働き方を支えている冒険者ギルドだが、目下の問題は。


「冒険者の質が悪いわね」


 という一点に尽きる。

 数が少ないという理由で簡単な試験さえ通過すれば、誰でもなれる。

 国によってはコナハトのような試験すらなく、ギルドに登録するだけで肩書を得られる。

 素養があって勤勉な冒険者など、全体の二割にも満たない。

 その中で実力者となると、更に一握りだ。


「ブロンズかシルバーの依頼で心が折れたり命を落として引退される方も多いけれど。妙な知恵を付けて実力が伴わずに上がっていく冒険者も少なくないわ」


 ユリアナは息を吐いた。

 それなりに法整備しているコナハトですら、そういう冒険者がいる。

 無法地帯の国からやってくる冒険者は、もっと質が悪い。

 冒険者を喰い物にする冒険者も少なくない。


「ゴミやクズは生き残ってもユリアナさんが掃除してくれますから~。ウチの国は問題ないですよ~」


 コーヒーを片手に、ララクが能天気に笑う。


「ゴミやクズは掃除してもなくならないから、厄介なのよ」


 ユリアナはまた深く息を吐いた。

 二割しかいない有能な冒険者を伸ばし、ゴミクズに利用されない環境を維持しなければならない。


「最近、お隣のリンデル王国から移ってくる冒険者、増えましたもんね~」

「リンデルに流出する冒険者も増えたわ。それはそれで構わないのだけれどね」


 リンデル王国やコナハト皇国があるユーリィン大陸には、東西南北に四人の魔王が存在する。

 最も人に害をなす北の魔王とリンデル王国は常に睨み合いの状況だ。

 しかし、最近は戦況が変わってきた。


「リンデル王国が魔王討伐に躍起になって金バラまいてますからね~。自国の皇子を勇者として送り込む算段しているみたいだけど、勝てるかな~」


 ララクが笑う。

 無理だと言葉の裏で言いきっている。


「北は、四人の魔王の中で最も多く人を殺してきた最凶だもの。簡単にはいかないでしょうね」

「コナハトとは感覚が違いますよね~」


 コナハトの領土内には南の魔王、ロヴァイアタルが住んでいる。

 魔王だ魔女だと呼ばれる彼女は、皇帝メイヴと仲が良い。

 性格に難はあるが、直接的に人を殺しはしない。

 国として良い距離感を持って共存している。


 一方、リンデル王国は広い領土に北と西、二人の魔王の居城が存在する。

 西の魔王は魔獣の王と呼ばれる竜王だ。


 北の魔王は魔族の王と呼ばれる。

 魔族は人を捕食する。

 故に大昔からリンデル王国では、人間と魔王の戦が続いてきた。


「そもそもリンデルって、魔族の餌場だった土地ですもんね~。また負けるのは、嫌ですよね~」


 リンデル王国自体、三千年前は魔族と魔獣の国だった。

 魔族に餌として飼われていた人間が奮起して、人権を奪取した。

 その時のリーダーが立国し、今のリンデル王国の王族となった。

 だからこそ、小競り合いはなくならない。


「三千年前のリンデルハントの戦いね。人間を救い出した英雄の歴史よ。リンデルから流れてきた冒険者の前で、今のような言い回しは禁物よ」


 最近のリンデル王国が魔王討伐に目の色を変えている情勢は、コナハトにも届いている。

 だからこそ、魔王との戦況と国内情勢を見据えて、コナハトに籍を移す冒険者が増えている。


「リンデルの民ってプライドだけは高いですもんね~。マジめんど~い」

「嫌いなのはわかるけど、言ってはダメ」

「は~い。ユリアナさんもその辺は、気を遣うんですね」

「当然よ。ララクは国の騎士団員でコナハトを代表する冒険者なのだから、態度には気を付けて」

「わかってますって~」


 いつもの調子で、ララクが良い笑顔を見せる。

 なんのかんの社交性はあるから、心配はしていないが。


「リンデル王国が防波堤になってくれるお陰で、魔族の捕食がコナハトにまで届かないのは事実なんだもの。感謝しなくてはね」


 西の魔王の居城は国境から近いが、竜王の統率のお陰で、魔獣たちも大人しい。

 常に殺伐としているリンデル王国に比べれば、コナハト皇国は平和な国だ。


「それが本音ですか。ロヴァイアタル様の影響も大きいでしょうけどね~」

「そうね」


 北の魔王と人食の調節を付けてくれているのは、南の魔王・ロヴァイアタルだ。

 メイヴの親友である彼女は今のところ、人間に手心を加えてくれる存在だ。

 大昔からコナハトの皇室は、南の魔王との良好な関係を維持することで、国を守ってきた。


「魔王がこのユーリィン大陸においてどんな存在なのか、リンデルの民が忘れていなければいいのだけど」


 畏怖と崇敬、二つの信仰を持つ魔王の存在は神に等しい。

 抗っても滅ぼしてはいけない、自然の一部だ。


「どうでしょうね~。リンデルの冒険者って、魔王を目の敵にしてるとこ、あるし」

「小競り合いくらいなら、何千年続けようが、構わないわ。嫌な予感が、するのよね」


 思案するように視線を落としたユリアナを、ララクがちらりと横目に眺めた。

 この時のユリアナの小さな懸念は的中する。


 勇者として北の魔王に挑んだリンデル王国の三皇子は、揃って惨敗する。

 直後、リンデル王国は国政として、北のみでなく四人の魔王討伐を掲げ、騎士団を組織する。

 異世界から救世主を召喚し、勇者に仕上げて騎士団長に配した。


 北の魔王とリンデルの小競り合いでしかなかった戦は、国境を越えユーリィン大陸全土、更には四人の魔王までを巻き込む大陸大戦に発展していく。


 西の魔王、魔獣を統べる竜王ファフニールが、リンデルが召喚した勇者に討ちとられるまで、あと二年。

 開戦の狼煙は、すぐそこまで迫っていた。

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