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第2話

「へえ、なるほどね、幼いころに読んだ英雄譚に憧れて、冒険者を志したの」

「はい、僕は体も小さいし、童顔で頼りないって言われちゃうんですけど……」

 グロリオサは片眉を吊り上げる。

「あらん? そうなの? 見た目は本質じゃないわ。大事なのはココ」

 そして、胸筋でパツパツになっているドレスの胸元を真っ赤なネイルでトントンと指さして見せた。

「アシルみたいに、アナタが可愛らしいからって幼い、か弱いと決めつけるのはナンセンスだわ」

「悪かったよ、俺ぁボウズの腕っぷしをまだ見てねえってのにからかっちまってよ」


 アシルがテオの横にどっかと腰かける。そして、つまんでいたサラミの皿を差し出した。

「好きなモン頼め、詫びとボウズの門出ってことでおごってやるぜ」

 結構いける口っぽいしな、と言ってアシルはジョッキのビールを煽った。つられるようにテオも三杯目のハイボールを飲み干すと、アシルに礼を言ってサラミを一つ口へ運んだ。



 酔いが回って、それから少し醒めて。グロリオサはテオが顔色一つ変えずに呑み続けていることを確認した。話している内容もしっかりしている。

「グロリオサさん、今、僕でも受けられる依頼はありますか?」

 場の雰囲気に馴染んだところで、やっとテオは本題に入ることができた。

 グロリオサは、テオの全身を改めて確認する。

 まだ十分に鍛えられていないであろう細い体、村から出てきたばかりだから、揃っていない装備、ビギナーが入手しやすい銅の剣……。

「そうね、初の依頼なら……食材を狩りにいくのはどう?」

 街から西にある森での狩猟の依頼書を引き出しから取り出すと、グロリオサはテオに差し出す。

「鹿狩り……」

 テオは依頼書に目を通すと頷く。

「これなら、僕にも」

 相手は草食獣、万が一にもこちらが重症を負うことは考えられない。ただ、森に分け入っていくので、依頼書に書いてある動物以外にも遭遇する可能性はある。例えば、熊。

「鹿がいるところには稀に熊が降りてくるんだけど、それについては……アシル、アンタ行ける?」

 横で大酒かっくらってウトウトしていたアシルが顔を上げる。

「んお? どれ、見せてみろ……」

 日付は明後日の夕に納品なので、早朝行くのがよさそうだ。アシルは胸ポケットからしわしわの手帳を取り出すと、カレンダーを確認して頷いた。

「明後日は俺はフリー。いいぜ、ついて行ってやる」

「本当ですか! ありがとうございます」

 アシルは荒っぽくテオの頭を撫でると、がははと笑った。

「おう、大船に乗ったつもりで任しとけ」

 グロリオサは二人の様子を見て安心したように笑顔を浮かべた。

「アシルは図体がデカいからね、鹿に気づかれやすいわ。有事の時に出てきてもらうくらいで良いわね。あとは……」

 テーブル席でピザを切っていた男が手を上げる。

「俺も明後日あいてるよ」

 長髪をオールバックにして一つに結んだ無精ひげの男、名を、ガヴァンといった。聞けば、彼はぼんやりした顔とは裏腹に猟銃を扱わせれば一流らしく、この街の狩人として活躍している人物らしい。この街の食は彼の狩りの腕と統率力に支えられているといっても過言ではないというから驚きだ。

「あら、ガヴァンがいるなら目標数少し上げても大丈夫そうね」

「おいおいグロリオサ、人遣いが荒いぞ」

「報酬は弾むからい~っぱい取ってきて頂戴」


 もう一度乾杯をして、その日はお開きとなった。

 店の外は宵闇に染まり、春の風はまだ少し冷たい。

 ふる、と肩を震わせたテオに、店の外まで見送りに出たグロリオサはストールをかけてやった。


「えっ、グロリオサさん」

「宿はどこ?」

「向こうの通りを曲がったところです」

「ああ、ハワードさんのところね。少し歩くでしょ。いいわ、それ貸してあげるから、明後日の狩りが終わってから返してね」

「ありがとうございます」

 グロリオサはテオの両肩をとん、と優しくたたき手を振った。そして、彼が角を曲がるのを見届けると、店の前にぶら下げたランプを消して、ドアベルをからんと鳴らして店へ戻る。


 二階の奥の部屋へ戻る前に、火の元を確認して水を飲むと、グロリオサは化粧落としを持ってバスルームへ向かった。

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