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第4話 豪快に丁寧に解体ショー

「ち、ちょっとぉォ~! 獣臭がひっどいわよォ何狩ってきたの!?」

 荷車を引っ張ってきたのに気づいたグロリオサが店の前に出迎えに来てくれたのは良いのだが、その眉間には深く深くしわが刻まれており、口元はレースのハンカチで抑えられている。無理もない。討伐した巨大イノシシの上に掻っ捌いた後の鹿の皮だの頭だのが乗っかっているのだ。街中もちょっとした異臭騒ぎになっていた。

「大食いイノシシに出くわしちまったもんでさ」

「あら、ほんと……お肉の納品はしてきた?」

「ああ、おかみさん喜んでたよ。ロースの部分少し分けてくれた」

「まあ~、ありがたいわね、あとでお礼に行かなくちゃ」

 それで……、とグロリオサは丸々と肥えたイノシシに視線を移す。

「……向こうで捌いてこなかったってことはこれ、アタシにやれって言うのね」

「頼むよ」

 アシルは顔の前で手を合わせる。グロリオサはため息をつくと、イノシシを店の裏の倉庫に運ぶように言った。テオはその後ろをとことこと着いていく。

「お手伝いできることありますか?」

「あら、いいの? ちょっと重労働だけど……」

 そこの水道にホースをくっつけて、倉庫までホースの先を出してほしいの、と言うと、グロリオサはちょっと着替えてくる、と店の中へ入っていった。


 ――グロリオサはクマの肉を美味い料理にしてくれたことがあったよな。


 イノシシを討伐した後のアシルの言葉を思い出す。

 今、倉庫に転がすのは巨体のイノシシなのだが、肉食獣である熊を上手に料理できるということは恐らく肉食になってしまったイノシシの肉もおいしく頂けるのではないかという話だ。


 テオがホースの先を持って倉庫へ行くと、そこには作業着にレインコートを羽織ったグロリオサがいた。あの金髪は後頭部できゅっと丸くまとめられている。そして、その手には巨大な鉈。

「向こうでも一応洗ってくれただろうけど、もう一回流しときましょう」

 グロリオサはテオに持っているホースのバルブを捻るよう指示を出す。

「血抜きは一応やってくれたのね……」

 あとは内臓を抜いて、頭を落として、皮を剥いで部位ごとに切り分けてと言うところか。

「骨が固いから、俺らじゃ頭は落とせなかった」

 これだけ大きなイノシシとなると、ハンタートロフィーとしての価値が出そうだから、とガヴァンが言う。

「良いわ、任せて」

 グロリオサは三人に離れるように言って、それから大きく振りかぶると大鉈を勢いよくイノシシの首に振り下ろした。

「おお」

 分厚い皮が、肉が、硬い骨が切断される音がした。

 テオは再度ホースの先のバルブを捻って水を出す。石造りの倉庫の床面にできた血だまりが押し流されていった。

「すごい……三人がかりでやっても切れなかったのに」

 テオがグロリオサの鮮やかな手際を見ていると、アシルは笑う。

「グロリオサの腕力は恐らくこの街じゃ一番だからな」

「腕力だけじゃないわよ」

 いつの間にかイノシシの腹部に丁寧に切れ込みを入れて内臓を抜きながら、グロリオサはそう言った。

「額の弾痕もいい味になってるわね」

 ど真ん中を弾丸が貫いた跡があるとなると、この大きな獲物を散弾銃ではなくスラッグ弾を込めたハーフライフルで『確実に』仕留めたということが伝わる。傷のある頭はハンタートロフィーとしての価値は大丈夫なのか、と問うたテオに、グロリオサは「むしろガヴァンのハンターとしての等級を上げるチャンスとして使えるかも」と答えた。


 残っている血を洗わないと臭みが抜けないから、とテオにはホースから水を流し続けさせる。

 ややかかって、イノシシの内臓を抜き終わると次は肉を部位ごとに分けていった。的確な場所に刃を入れて軟骨を切断し、骨を取り除いて切り分けていくグロリオサを、テオは口を半開きにしてみていることしかできない。

 大食いイノシシの大解体ショーは、3時間弱かかってようやっと終わった。

「イノシシの解体ってすごく時間がかかるんですね……」

「いや、これ早い方だよ。普通のイノシシの解体にかかる時間だよ」

 へ、と目を丸くしたテオにガヴァンは笑う。

「こんなバカみたいなサイズのイノシシ、俺らなら二倍はかかるね」

 グロリオサは色々と規格外だから出来ちゃうのさ、と続けると、肉を氷の入ったバケツに投げ込みながらグロリオサが答えた。

「なーにが規格外ですって? 美しさ?」

「そーお、美しさ!」

 けらけらと笑ってガヴァンはバケツを持ち上げる。

「まったく失礼しちゃうワ。さて……みんなお疲れ様。今日はこのお肉でお鍋でもしましょうか。貰った鹿のロースはステーキかしらね……」

 鼻歌交じりにレインコートを脱ぎながら、グロリオサは肉と氷が入ったバケツを両手でひょいと持ち上げる。テオも手伝おうとバケツの一つを持ってみたが、両手でハンドルを掴んで持ち上げるので精いっぱいだった。

「俺、前に作ってくれたジャーキーも食べたいな」

「あらいいわね、お酒のつまみには持ってこいだわ。熟成させて仕込みましょうね」

 お店の方で報酬の勘定やって良いわよ、と言うと、グロリオサは足取り軽く肉のバケツを運んでいくのだった。

「……すご」

 テオはちらりとアシルの方へ視線を向ける。あの筋肉だるまのアシルでも、グロリオサほど軽やかにバケツを運ぶことは出来ていない。

(グロリオサさんって、ほんとに規格外なんだ……)

 そう思っても、口に出すことは無かった。


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