「グロリオサさん!」
バジリオを夜間救急クリニックへ届けて店へ戻ったのは、うっすらと東の空が明るくなるころだった。
「ヤダ、みんな起きてたの!?」
グロリオサの帰りを店の中で待っていた三人に、グロリオサは目を丸くする。
「そりゃそうだよ、オーナーが鍵も閉めないで飛び出して行っちまったんだ、誰かが見てないとだろ?」
にっかりと歯を見せて笑うアシルに、グロリオサは微笑む。
「……ありがとう」
そしてカウンターへ回ると、ヒールを脱いでカウンター下にあったスリッパに履き替え、グロリオサはうーん、と伸びをした。
「バジリオさん、大丈夫でしたか」
テオに問われる。グロリオサには傷一つないことは見て分かったが、ここに連れられていないバジリオのことが気にかかったのだろう。
「怪我をしていたからクリニックへ連れてったワ。命に別状はないんだけど、右足の捻挫と右ひじの骨折があるからしばらくはオシゴトは選ばないとかしらね」
「あー……」
ガヴァンがやっぱりねー、と言う顔で頷く。
「スーサイド」
アシルが小さな声でつぶやいた。
「ん」
「覚えてるか、あれ、まだ駆け出しのころの俺にグロリオサが出してくれた酒だ」
「……そうね、そんなこともあったわね」
自分のランクよりも少し難しい依頼に手を出そうとしたアシルに、グロリオサが用意した酒。バジリオは気づいていなかったようだが、アシルは実家が宿を営んでおり、姉がバーの経営もしていたためその手伝いをしていて、カクテル言葉――『自滅』を知っていた。
「俺はわかってたし、あんたの説教もちゃんと聞いたからあの時大怪我をしないで済んだ。あのグリズリー退治は結局俺よりランクが高い奴が行ったけど、そいつでさえ結構な怪我を負って帰ってきたんだ、俺が行ってたら……なあ」
「そうね」
グロリオサはひとりひとりその冒険者に最適な依頼を選び、紹介する。低くも高くもない、ちょうどいい依頼を。
その依頼に難色を示したり、もっと報酬の良い高ランクの依頼が欲しい、とごねる冒険者も少なくない。そういった相手には、それ以上のランクのものはない、と言う。実際にはレターケースの中に高ランクの依頼も入ってはいるが、『アナタに合う』それ以上のランクのものはない、という意味でそう告げるのだ。
そして、その言葉さえも受け入れないものには、最終警告として『スーサイド』を提供する。
――無茶をすると命を落とすわよ。
という言葉を添えて。
「ふあ……さすがのアタシも少し疲れたわ、仮眠とってもいいかしら……」
「え、おい、俺たちも帰るぞ? おい、戸締り……」
慌てるアシルをよそに、グロリオサはカウンターに突っ伏してしまった。
「グロリオサ~、化粧落とさないと肌荒れちゃうよ~」
ガヴァンの声も恐らくもう届いていない。
三人は顔を見合わせた。これはグロリオサが起きるまで店にいることになりそうだ……。
「意図せず夜更かしデーになっちまったなあ」
アシルがテオにコーヒーを淹れてやると、テオはちびちびとそれを飲みながら切り出す。
「グロリオサさんは、冒険者の事を本当に大切にしてくれてるんですね……」
「ああ」
ガヴァンはどこか誇らしげに頷いた。
「……受付嬢さんって、もっと事務的な感じなのかと思ってました」
「うん、普通はそうだな」
アシルはミルクがたっぷり入ったカフェオレを飲みながら答える。
「グロリオサは人一倍『適切な仕事紹介』にこだわってると思うよ」
ガヴァンはカップの中のコーヒーを見つめ、ぽつりとつぶやいた。
「そう、なんですか……?」
「この街には『Bar・Nocturnal』ができる前まではギルドは存在してなかったんだ」
「えっ」
それじゃあ、依頼はどうしてたんですか、というテオにさも当然というようにガヴァンは続ける。
「隣町まで受けに行ってた」
「ああ、なるほど……」
「グロリオサも言ってたろ? この街は小さいから、依頼もそんなに集まらないし冒険者も多くはない。だから経営者がいなかったのさ」
そういうわけでこの街の冒険者はわざわざ片道2時間かけて隣町まで依頼を受けに行ってたわけ、というガヴァンに、テオは頷く。よく考えたら、テオの故郷のモンプレンだって小さな村だ。小規模な村や街なら近くの規模が大きい都市まで仕事を探しに行くのは当たり前と言えば当たり前だった。
「グロリオサさんはどうしてこの街でお店を開いたんでしょう……」
「それは、グロリオサなりの……」
アシルが言いかけた時、グロリオサが顔を上げた。
「なんだ、起きたのか」
「そりゃ、アタシの噂話をそんな大きな声でされたら起きちゃうワ」
「あー……」
「別に秘密にしていることじゃないし……良いワ、そこから先はアタシが直接教えてアゲル」
グロリオサは少し乱れていた髪をさっとかきあげると、静かに語り始めた。