テオは目をまん丸くしたまま、ぽつりと零した。
「お友達が……」
そして、まるで自分の事のようにしょげてしまう。泣いてしまいそうになったが、泣くのは違う、と思った。その悲しみを抱えてずっと生きているのは、今一番泣きたいのはグロリオサのはずだから。
「テオ、いいのよ」
「う……」
瞳がうるんでいるテオに気づいて、グロリオサはテオの手をそっと包む。ぶわりとテオの瞳から涙がこぼれた。
「ごめんなさい、僕、……本当につらいのは」
「いいの、アタシの代わりにあの人のために泣いて」
アタシはもう涙も枯れちゃったから。
そう言って、グロリオサは微笑む。
「ここで店を開いたのはね、アタシなりの罪滅ぼしみたいなものよ。もう、レオみたいに自分の力量を見誤った依頼を受けて、……」
命を、落とす、と言いかけ、グロリオサは言葉を詰まらせた。
「なあ、レオナールさんは死んだとは限らないんだろ……」
さすがのアシルも表情が曇っている。グロリオサは自嘲気味に笑った。
「……そうね、帰ってきていないだけ。……案外、ひょこっと戻ってくるかもね」
帰ってきたレオにすぐに会えるように、レオの故郷のここ、サンルヴェイルで受付嬢をしようって、そう思い立ったんだったワ。そう言って、グロリオサは小さくため息をついた。
「バカよね」
少しの沈黙。
気まずくなってしまったと感じたのか、グロリオサはパッと顔を上げた。
「そうそう、アタシが元はカッチリした冒険者だったって知って、驚いた?」
珍しいSSランク冒険者証、良かったらみる? なんて言いながら、ギルベルトと刻まれた金属のカードを外套のポケットから取り出す。
「お、俺も初めて見せてもらった~」
ガヴァンが、もっとよく見せてよ、なんて言ってカードを手に取る。
「ほぁ~、これがSS……」
本物は重たいな~、といいながら、ガヴァンは酒の続きを煽る。
「ね、テオはどうしてアタシがギルベルトって名前を捨ててこうして姿も変えてシゴトしてるか、聞いてくれる?」
「お聞きしても……?」
こくり、とグロリオサは頷く。
「当時はね、受付嬢って女性しか就職できなかったの」
「え」
「それだけ」
「ええ!?」
「今は男女の雇用機会についてとか権利についてとか、いろいろ変わったから男性の受付係もいるけど、五年前は『受付嬢』って名称しかなかったのよ」
アシルとガヴァンが吹き出す。
「そうはいっても、名称がそれなだけで男性の受付係も五年前くらいから増え始めてたけどな!?」
「あら? そうなの!?」
モンタヴィエと中央、そして北部では女性しかいなかったワ、というグロリオサにガヴァンは苦笑い。
「うん~、現在も圧倒的に女性の方が多いけどさ」
「そ、そうだったんですね……」
てことは、今はもうギルベルトさんに戻ってもいいのでは? そういったテオに、グロリオサはきっぱりと「いいえ」と答えた。どうして? と首を傾げたテオに、即答する。
「なんというか、この姿気に入っちゃって」
「うん、似合ってますけど……」
筋骨隆々、スーパーモデル顔負けの長い手足、整った顔。女装をしていると『デカい』という感想が真っ先に来るが、その次の感想は『美しい』で間違いないとテオは思った。
「あら、そ? ありがと」
ふふふ、と笑い、グロリオサは肩を竦める。
「ギルベルトって名前と、過去の自分の姿を気に入ってないわけじゃないの。ただ、今はこの姿で皆を送り出すのが好きだし、初見の冒険者さんを緊張させなくて済む。もとのアタシ、結構きつめの顔立ちって言われてたから」
レオナールはたれ目がちでふわふわした印象だったから、二人でセットでちょうどよかったのかも、といって、またレオナールを思い出してしまったことに苦笑いを一つ。
「……あの日ギルベルトは、レオナールと一緒に……」
その次の言葉を飲み込むと、グロリオサは立ち上がった。
「ダメね、こんなこと言っちゃ! レオに叱られちゃうわ。……アタシは、レオをここで待たなくちゃ。そして、皆の事を守れる『受付嬢』でいなくちゃね」