それから数日が経ち、ある日の夕方、OPENの札をかけてすぐの事だった。『Bar・Nocturnal』の扉を、ゆっくりと静かに開けたのは……。
「あら」
そろり、と入ってきたのは、右腕を三角巾で吊ったバジリオだった。左手には、何かを持っている。
「バジリオ、もう怪我は良いの? お見舞いに行けてなくて、ごめんなさいね」
グロリオサが扉の方へ駆け寄る。
「あの、その節はご迷惑をおかけしました……」
己のしたことを反省し、そして恥じたのであろうバジリオは、深く頭を下げる。
「あらっ、あら、いいのよそんな……きちんと立ち入り禁止の理由を説明せずに送り出したアタシの方にも責任がある。ごめんなさい」
グロリオサも頭を下げた。まだ頭を下げたままのバジリオに、そっと頼みこむ。
「ねえ、顔を上げて頂戴、……元気な顔を見せて?」
左肩をそっと撫でると、やっとバジリオは顔をあげて、そして手にしていた小さな花束をグロリオサの目の前に差し出した。
「あの、お詫びと、お礼です」
「え……?」
「あなたの、名前の……」
グロリオサと薔薇の花束。
「グロリオサ……この季節に……」
春先に咲く花ではない。
「まさか!」
南の方へ? とグロリオサは問う。バジリオは首を横に振った。
「いえ、今は安静にしろってことだったので、街からは出ていません。行商人から購入しました」
グロリオサは少し呆れたような表情で、ほっと胸をなでおろす。
「……また無茶したんじゃないかと思ったじゃない」
「流石の俺もそこまで馬鹿ではないです」
バジリオは口を尖らせる。
「ふふ、ごめんね。お花、ありがたく頂くワ。……綺麗ね、どこに飾ろうかしら」
花束を受け取り、グロリオサは薔薇の香りを胸いっぱいに吸い込む。
お料理の邪魔をしないように、そしてよく陽が当たるように、入口近くの窓際がいいかしら、なんて考えながら花瓶を取り出した。
――燃え盛るような、グロリオサ。その根には、猛毒がある。
「さ、何か飲む?」
花瓶に花を生けると、グロリオサはくるりと振り返って蠱惑的な微笑みを浮かべた。今日のルージュはグロリオサの花と同じ、スカーレット。ボルドーのドレスによく映える。
「お酒は控えるように医者に言われました」
「そうよね、ごめんなさい。それじゃあ……」
アルコールが入っていないものと、アナタの好きな食べ物を作りましょう、少し早いけれど快気祝いよ、というグロリオサに、バジリオは頷く。
カラン、とドアベルの音が響いた。
カップにコーヒーを注ぎながら、グロリオサは扉の方へ視線を向ける。
――いらっしゃい。あら、見ない顔ね。この街は初めて? 大丈夫よ、アタシがちゃんとアナタにピッタリのオシゴト、紹介するわ。まずは1杯いかが?