「ジャスミンさんのオススメしてくれた依頼、全力でこなして来ます! 行ってきます!」
「はい、いってらっしゃい」
意気揚々と飛び出したケネスさんに向かって笑顔で手を振る。あの様子ならすぐに依頼を終わらせて帰って来そうだ。もう少し難しい依頼を勧めるべきだっただろうか。
いや、ケネスさんの実力ならあのレベルの依頼が最適なはずだ。無茶な依頼を渡したせいで大怪我をするくらいなら、もう少し地道に経験を積んでもらった方がいいだろう。
地道に経験を積んで行けば、彼ならきっと数年で高難易度の依頼を渡せるようになる。
「おっと、もう時間だ」
休憩の時間になったため、受付から引っ込んで休憩室へと移動をする。
そして休憩室に到着した途端に嘆く。
「彼があと十五歳、せめて十歳若ければなあーーっ! 二十越えてる男に魅力なんか感じないよーーっ!」
休憩室に入るなりそんな声を上げる私に、同僚のルーシーが冷ややかな視線を送ってくる。
「ジャスミン、頼むから未成年に手は出さないでよね」
「手なんか出すわけないでしょ! 私はそういう目で少年を見てないのっ!」
ルーシーはまったくもって分かっていない。
私はギルドにやって来る少年を性的な目では見ていないのだ。
ではどういう目で見ているのかと言うと。
「あのね、ルーシー。少年には無限の可能性があるの。私はその可能性が花開くところを間近で見たいのよ。簡単な薬草採りしか出来なかった少年が、魔獣を倒せるくらいに強くたくましくなっていく成長過程が至高なの! ルーシーだって大事に育ててきた植物が花開いたら嬉しいでしょ!?」
「ちょっ、圧が強いわよ」
ルーシーが私のことを手で払った。そんなに邪険にしなくても良いのに。
だけどそんな雑な扱いをしつつ、私の分の紅茶を淹れてくれている。優しい。
「大体ね、大事に育ててきたと言うけれど、ジャスミンはその少年の母親でもなければ姉でもないでしょう!? ただのギルドの受付嬢なのよ、あんたは!」
「私はギルドの受付嬢として数多の少年たちを見守ってるの。ふふっ、ふふふっ」
「……はあ。あたしはジャスミンがいつ間違いを起こすのか気が気じゃないわよ。同僚のあたしまで変な目で見られそうだから自重してよね」
「自重は……してるよ、否応なく」
本当はもっともっとハアハアしながら少年を見守りたいのに、ギルドにやって来るのは少年とは言えない年齢の人ばかり。だから間違いを起こそうにも適した相手がいないのだ。
こちとら成長しきった男に興味はないと言うのに。
あ、いや、たとえ少年がギルドに来ても、ハアハアするだけで手を出すつもりはないのだけど。
「このギルドに来るのは大人の男ばっかりで嫌になっちゃう。少年だけが来るショタギルドがあるならすぐにそっちに転勤したいよ。思う存分、少年たちの成長を見守りたい」
「成長成長って、大人だって成長はするでしょ。さっきのケネスさんなんか伸びしろがあると思うわよ」
「そうなんだけど。なーんか惹かれないんだよね、身体的成長の終わった年齢の男って」
私の言葉には同意しかねると、ルーシーが肩をすくめた。
「知っていると思うけれど、ジャスミンのファンって結構いるのよ。そっちに目を向けたらどう? もったいないわよ」
「げえっ。どうせ成長しきった発情中の男でしょ? ナイナイ、全員お断り!」
「成長しきった発情中の男って、あんたね……少年を性的な目で見ていないなら、付き合う男の好みは別にあるんでしょう?」
どうして女同士が会話をするとすぐに恋愛の話になるのだろう。
私は誰とも結婚せずに、少年たちの成長を見守りながら大往生を迎える選択もアリだと思っているのに。
「さっきのケネスさんなんか一途そうで良いと思うわよ。Sランク冒険者とまではいかないけれど、冒険者としての腕も確かだからお金に困ることはないだろうし。優良物件じゃない」
「優良物件だとしても、築年数がね」
「このショタコン!」
ルーシーが紅茶をグイっと喉に流し込んだ。
私もルーシーに淹れてもらった紅茶を飲む。高級な茶葉ではないものの、ルーシーの淹れ方が良いおかげかとても美味しい。
「そういえばジャスミン自身も冒険者登録をしたって聞いたけど、本当?」
「うん。せっかくギルドで知識を付けたのに、受付嬢だけをやってるのはもったいないかなと思って」
「本音は?」
「少年たちの隣で一緒に薬草採りがしたい!」
「……もういちいちツッコまないけれど、問題だけは起こさないでよね」
ルーシーは自身の分のティーカップを片付けて、さっさと休憩室を出て行ってしまった。
「こんな私でも、ギルドの受付の仕事はちゃんとやってるんだけどなあ」
* * *
夕方頃、ケネスさんが元気に手を振りながらギルドに戻ってきた。
「ジャスミンさーん、依頼を終わらせてきましたよー!」
「おかえりなさい」
定型文の挨拶を済ませ、ケネスさんが入手してきた素材を確認する。
「どれも綺麗な状態の牙ですね。それもこんなにたくさん」
「ジャスミンさんの紹介だから頑張っちゃいました」
ケネスさんは照れたように笑いながら、背中側に隠していた左手を私に向けて差し出した。手には色とりどりの花が握られている。
「ジャスミンさん、僕と付き合ってください!」
「……ごめんなさい」
これまた定型文の返事をする。
実のところ、受付でこういった告白をされることはしばしばある。そのためお断りの返事にも慣れてしまった。
「どうしてダメなんですか!? 僕では頼りないですか!?」
頼りないと言うよりも、頼れそうなところがアウトと言いますか……。
私はもっと頼りない感じの少年が好みと言いますか……。
しかしそんなことを言うわけにもいかないので、無難な言葉でやり過ごすことにした。
「実は私には好きな人がいるんです。だから、ごめんなさい」
「誰ですか!? どんな人なんですか!?」
「それは……秘密です」
どんな人かと聞かれて何も思い付かなかった私は、秘密というセリフで逃げることにした。
すると私の言葉を聞いたケネスさんの目にみるみるうちに水が溜まっていく。
「うわーん! 僕は絶対に諦めませんからー!」
ケネスさんは報酬を受け取るや否や、泣きながらギルドを出て行ってしまった。
……大の男が失恋くらいで泣かなくても良いのに。
でも告白を定型文で断るなんて、悪いことをしてしまっただろうか。
「あーあ、ジャスミンが泣かせたー。いーけないんだー」
隣の席で受付をしているルーシーがニヤニヤしながら私のことを見ている。
「さすがに泣くとは思わなくて」
「ジャスミンってば、魔性の女ねー」
魔性の女!?
失礼な。
私はただの、少年の成長を見守りたいだけの受付嬢だ! それ以上でもそれ以下でもない!
* * *
夕暮れの草原で、一人黙々と薬草を採取する。
あのあと少し遅れて罪悪感の押し寄せてきた私は、そのまま家に帰る気にもなれず、薬草を採る単純作業をしながら気持ちをクールダウンさせることにしたのだ。
「別に嫌いではないけど、ケネスさんは成長し過ぎてるし……泣きながら去っていく姿はちょっと可愛かったけど……って、これは私が言っちゃダメだ。私が泣かせたんだから……」
ぶつぶつと呟きながら、テキパキと薬草を採集していく。
ギルドの受付をやっている私にかかれば、薬草とそうでないものを見分けることなど簡単なのだ。
そのとき、自身の上に何かの影が落ちた。
不思議に思って顔を上げると、目の前には可愛らしい少年が立っていた。
「こんなところで何をしているんですか?」
「至高っ!? ……じゃなくて、どうしたの。もう帰らないと親御さんが心配する時間だよ」
「お姉さんも早く帰らないと危険ですよ」
少年は十歳前後くらいだろうか。大きな蒼色の目にサラサラの銀髪が眩しい。
「君の方が危険だよ。こんなに可愛いんだから。早く帰らないと、誰かにお持ち帰りされちゃうよ!?」
誰も持ち帰らないなら私が持ち帰りたい。
いや持ち帰らないけど! 犯罪者にはなりたくないし!
いや待って、私が持ち帰って少年を保護した方が安全なのでは!?
「僕は大丈夫です。魔術師なので」
私が一人で混乱していると、少年が懐から杖を取り出した。
杖は魔術師の証だ。
力の強い魔術師であれば、少年でも大人に匹敵する力を持つと言われている。
「魔術師なら同年代の子たちよりも強いんだろうけど、でも相手が正々堂々戦ってくれるとは限らないよ。後ろから殴られて杖を奪い取られちゃうかもしれないよ」
「ああ、それは困りますね」
少年はそうは言うものの、立ち去ろうとはしなかった。
だから私はついに胸のウズウズをこらえきれずに少年に尋ねてしまった。
「君の名前は?」
「えっと、ケヴィンです」
「ケヴィン君かあ。可愛いねえ」
……ハッ!? 口が勝手に!?
でもこのくらいなら、事案にはならないよね!?
名前を聞いただけだもんね!?
それにしてもケヴィン君かあ。可愛らしい顔にピッタリのこれまた可愛い名前だなあ。将来が楽しみすぎるっ、ハアハア。