「あの、質問をしても良いですか?」
ケヴィン君は私の隣に屈むと、私の顔を覗き込んできた。
「なあに?」
「ジャスミンお姉さんには好きな人がいるんですよね? 誰ですか?」
「え?」
ケヴィン君はどうして私の名前を知っているのだろう。
しかも私に好きな人がいるというのは、どこ情報だろうか。
「あ、えっと、ギルドでお姉さんが好きな人がいるって言ってたのを偶然聞いて、気になって」
私が訝しげな顔をしていたからか、ケヴィン君が慌てた様子でそう付け足した。
「ケヴィン君も今日ギルドにいたの?」
「あー、その、そうです」
そうか、あのときケヴィン君もギルドにいた……だろうか。
成人済みの有象無象ならまだしも、ケヴィン君のようなドストライクの少年に私が気付かないなんてことがあるだろうか。
もしかすると少年たちと触れ合う機会が少ないせいで、いつの間にか私の少年レーダーが鈍ってしまったのかもしれない。
それが良いことなのか悪いことなのかは分からないけど、残念ではある。
たまたまここで出会えたから良かったものの、こんな最高の少年を見逃していたなんて。
「それで、あの、ジャスミンお姉さんの好きな人というのは誰なんですか?」
「えっとね、ここだけの秘密なんだけど……」
私は人差し指を自身の唇に当てながら、小声で囁いた。
「好きな人はいないの」
「いない……んですか?」
「そう。だけど好きな人はいないけどあなたとは付き合えないって言うと、納得してくれない人が多いのよ。だから好きな人がいると言って断ることにしてるの。秘密だよ?」
そう言ってウインクをすると、ケヴィン君は複雑そうな表情になった。
「うん? どうかした?」
「……じゃあ、ジャスミンお姉さんの好きなタイプはどういう人ですか?」
好きなタイプか。どう答えたものだろう。
今ここで「私のタイプは君みたいな子だよ」と言ったら、怯えられてしまうだろうか。
私が答えに悩んでいると、私の代わりにケヴィン君がそわそわしながら口を開いた。
「マッチョですか!? ジャスミンお姉さんは筋骨隆々な男がタイプですか!?」
うーん。可愛い子が筋骨隆々な男へと成長したら、不思議な達成感でいっぱいになる。
見守ってきてよかった、大きくなったね、と幸せになる。
筋骨隆々な男への成長は、一つの到達点なのだ。
しかし筋骨隆々になった後の人間に興味を持てるかと言うと、決してそんなことはない。
筋骨隆々になった時点で、私の少年レーダーは反応しなくなるのだ。
「マッチョはタイプじゃないかも。それよりは細くて可愛らしい子の方が好きかな」
「細い……魔術師とかですか?」
確かに魔術師は戦士と比べて細い。
しかし立派な魔術師になることもまた、一つの到達点なのだ。
成長しきった時点で私の興味は失われる。
「細い方が好きって言うのは魔術師とかそういうことじゃなくて、むしろ『細い』よりも『可愛らしい』の方が重要と言うか……」
「まさか、ジャスミンお姉さんって……」
しまった。
私の少年好きがバレてしまった!?
「ジャスミンお姉さんは、女の人が好きなんですか!?」
ケヴィン君は私の予想を軽く飛び越えた新たな案を提示してくれた。
女の子は考えたことはなかった。
しかしアリかナシかで言うと……アリかもしれない。
うん、悪くない。新たな扉を開きそうだ。
しかしケヴィン君はそういう意図で今の言葉を言ったわけではないだろう。ここは否定するに限る。
「女の子と付き合いたいとかそういうことは考えたことがないかな」
「ええと、じゃあジャスミンお姉さんのタイプは……」
「あのね、私は誰かと付き合うつもりはないんだ。それよりは君みたいな可愛い子と一緒に薬草採りがしたいかな」
そう言って私がケヴィン君に笑いかけると、ケヴィン君の顔がみるみるうちに真っ赤になってしまった。
ああ、可愛い。持ち帰ってしまいたい。
持ち帰って美味しいご飯をいっぱい食べさせて、一緒に訓練をして強く成長するためのお手伝いがしたい。
成長した後はリリースするけど。
「あの、ジャスミンお姉さんは、ケネスのことをどう思いますか?」
「ケネスさんって、ギルドに通ってるあのケネスさん? どうして今、ケネスさんが出てくるの?」
「あ、えっと、僕はケネスさんの知り合いで……」
なるほど。もしかするとケヴィン君はケネスさんから私のタイプを聞いてくるように頼まれたのかもしれない。
子どもにそんなことをさせるなんて、とは思うけど、そのおかげで私はケヴィン君と出会うことが出来たのだから、ケネスさんグッジョブ!と言わざるを得ない。
「ケネスさんのことはギルドに貢献してくれる良い冒険者だと思ってるかな。伸びしろがあるとも思ってる。でも、それ以上でもそれ以下でもないよ」
「今後、それ以上の関係になることは……」
「ないよ!」
私は笑顔で言い切った。
「……じゃあケネスさんと付き合う代わりに、また今みたいに僕の薬草採りに付き合ってくれますか?」
今みたいに薬草採りに付き合って、と言うけど、ケヴィン君は先程から何もしていない。
一から薬草採りを教えてほしいということだろうか。
どんとこい!!!!!
「いいよ、一緒に薬草採りをしよう。どれが薬草か、手取り足取り教えてあげるね!」
「手取り足取り?」
「い、今のは、言葉の綾! 教える体で変なことをしようなんて考えてないから! 間近でハアハアするだけだから!」
ああ、ダメだ。言葉を重ねれば重ねるほどボロが出てくる。
「ハアハアって……ジャスミンお姉さん、もしかして具合が悪いんですか? それなら無理に付き合わなくても」
「私は絶好調よ!? 純粋なケヴィン君、最高!!!」
食い気味にそう言うと、ケヴィン君はややたじろいだようだった。
何をしているの、ジャスミン!
落ち着きなさい! 大人の余裕を見せなさい!
私は一つ咳払いをすると、スッと冷静な態度を作った。
「私は明日からしばらくは仕事が終わった夕方頃にここで薬草採りをするから、暇だったらケヴィン君もおいで。もちろん親御さんに許可を取ってからね」
「はい! ジャスミンお姉さん、約束ですからねー! 絶対一緒に薬草採りをしましょうねー!」
ケヴィン君はキラキラ笑顔で頷くと、大きく手を振って去っていった。
ああ、可愛い。この数分で人生が潤った!!!!!