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第3話


 数日後。休憩室で休んでいると、ルーシーがぷりぷりしながら私に詰め寄って来た。


「ちょっとジャスミン。あんたがフるからケネスさんがギルドに来なくなっちゃったじゃない。可哀想に」


「えっ、私が悪いの?」


「他に悪い人がいる!? 試しに付き合ってあげればよかったじゃない。あんなにあんたにご執心だったんだから」


 試しに付き合ってみればと言われても、試しに付き合ってみたところで結果は目に見えている。

 私が成長しきったケネスさんを好きになることはない。


「そんなこと言って、ルーシーだってあのときは魔性の女って笑ってたでしょ!?」


「あのときはケネスさんがこんなに落ち込むとは思っていなかったのよ。我ながら酷い話だけれど。はあ。彼を励ましてあげれば良かったわ。ついでにあたしと付き合う方向に誘導すれば良かった」


「ルーシーってケネスさんが好きだったの?」


「あたしはジャスミンと違ってストライクゾーンが広いのよ。誠実な男なら誰でも大歓迎!」


 それもそれでどうだろう。


「と・に・か・く。今度ケネスさんがギルドに来たら、『やっぱり付き合う』って言いなさいよ! ……来るかは分からないけれど」


「好きになる見込みがないのに付き合うのは失礼だと思うよ」


「あんたねえ……たとえ少年と付き合ったとしても、月日が経ったら少年は大人になるのよ。そのたびに付き合う相手を変えるつもり!?」


「だから少年は付き合うとかそういうのじゃないんだってば。遠くから見守ることが幸せというか……単なる趣味なの! だから恋愛には発展しないの!」


 私の言葉を聞いたルーシーは盛大に溜息を吐いた。


「ジャスミン、あんたこのままだと一生誰とも結婚できないわよ。ショタコン女なんて、いつ罪を犯すか分からないから嫁の貰い手が無いわ」


「結婚出来ないなら出来ないで、誰を気にすることもなく少年を愛で続けられるから良いもん」


「……まったく、あんたは。同僚として心配してあげているのに」


 ルーシーは額に手を当てると、疲れたように天を仰いだ。


 同僚である私のことを心配してくれるのはありがたいけど、ルーシーと私は価値観が違いすぎるから、そっとしておいてほしい。

 心配してくれることは、本当にありがたいのだけど。


「それにしても、ジャスミン。最近ご機嫌ね」


「えへへ、気付いた?」


 ここ数日の私は、心の底からハッピーなのだ。

 毎日いつも以上にご飯が美味しいし、何気ない風景が輝いて見える。

 理由は簡単。


「ちょっと前から勤務後に、近くの草原で可愛らしい少年と一緒に薬草採りをしてるんだ」


 私が頬を弛ませながらそう言うと、私の言葉を聞いたルーシーはとんでもないものを見たという顔をしていた。


「ジャスミン、あんたまさか……ついに少年に手を出したの!?」


 失礼な。

 私はあくまでも健全に少年と戯れているだけだ!


「薬草採りだって言ってるでしょ! 文字通り、少年と一緒に薬草採りをしてるだけだよ」


「本当に?」


「本当だよ! しかもケヴィン君は物覚えが早くてね、魔術も得意だから、今度の休日には朝から一緒に魔物を狩りに行くんだ。弱いやつだけどね」


 ルーシーが私を嫌な目で見つめた後、ぼそりと呟いた。


「事案だわ」


「事案じゃないってば!」



   *   *   *



 待ちに待った休日。

 朝からケヴィン君のショタ要素を摂取できるなんて、今日はなんて良い日なんだろう!


「ケヴィン君、お待たせ」


「おはようございます。ジャスミンお姉さん」


 待ち合わせ場所へ行くと、集合時間よりもずっと早く到着したのに、すでにケヴィン君はそこにいた。

 もしかしてケヴィン君も私との魔物狩りが楽しみすぎて早く来ちゃってたり……なんてね!


「まだ時間前なのに早いね、ケヴィン君」


 そして今日も相変わらず可愛いね。

 サラサラの銀髪が陽の光を浴びて煌いているよ。もしかして君は天使様なのかな?


「早く来て、先に危険な魔獣を遠ざけておかないといけないので」


「へ?」


「いいえ、こっちの話です」


 ケヴィン君は意味の分からないことを言うと、にこりと笑った。

 よく分からないが、ケヴィン君が可愛いことだけは分かる。それが分かれば十分だ。




 私たちはさっそく魔物の出る森の中へと進んだ。

 森の深いところまで行くと魔獣が出るものの、町に近いあたりなら凶悪な魔獣は滅多に出ないから安全だ。

 安全に、弱い魔物だけを狩ろう。


「ケヴィン君、今日狙うのは、一角ウサギのツノだよ。一角ウサギは弱い割に角が高価なんだよね。あのツノはいろんな薬に使えるから」


 私は昨晩描いてきた一角ウサギの絵を見せながらそう言った。


「可愛らしい絵ですね」


「可愛らしいのはケヴィン君の方だよ! 理想的過ぎる可愛らしさだよ!」


「えっ」


「違う、えーっと……可愛い服を着てるねって話!」


 慌ててそう誤魔化したけど、ケヴィン君は納得していない顔だ。


「今日着ているのはただの無地の服ですが」


「ただの無地の服でその可愛さは反則! ……じゃなくて、そう、今度ケヴィン君に可愛い服を買ってあげたいなって思ったの!」


「可愛い服、ですか。僕はあまり可愛い服は好みではないのですが……その前にジャスミンお姉さんに服を買ってもらう理由は無いですし」


 ケヴィン君ったら常識人!

 ケヴィン君が着てくれるなら服の十着や二十着くらい喜んでプレゼントするつもりだけど、そんなことをしたら常識人のケヴィン君が困っちゃいそうだから自重しなくちゃ。

 私だって大人だからそのくらいは分かるのだ。

 本当はケヴィン君に私の選んだ服を着てほしいけど!!!!!


「ええと……では、魔物狩りと言うよりも素材集めみたいな感じですかね? ツノを手に入れたら一角ウサギはリリースするんですよね?」


「そう。一角ウサギのツノは時間が経てばまた生えてくるからね。殺しちゃうよりも逃がした方が私たちにとっても得なの」


 だから殺生をしなくても良い一角ウサギのツノ集めは、可愛いケヴィン君にピッタリの魔物狩りなのだ。


 ギルドでも、魔物狩り初心者には一角ウサギのツノ集めを勧めている。

 一角ウサギは誰にとっても、怪我をせずに経験を積める、ちょうどいい相手だから。


「ジャスミンお姉さんは魔物に詳しいですね。さすがはギルドの受付嬢です」


「あはは。知識だけなら並の冒険者には負けないつもりだよ」


 そう、知識だけなら。

 戦闘の腕を考えると、私は冒険者たちの足元にも及ばないが。

 だからこそ、私は冒険者ではなくギルドの受付嬢をやっている。




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