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第4話


「そういえばケヴィン君はケネスさんと知り合いなんだよね? ケネスさんは元気?」


「えっと、はい……元気です」


 私に問われたケヴィン君が、もごもごと恥ずかしそうに返事をした。


「そっか、良かった。私のせいで最近ギルドに来なくなっちゃったから、心配してたんだ」


「ジャスミンお姉さんのせいではありませんよ」


「でも私が告白を断った翌日から来なくなっちゃったし……」


 ケヴィン君もそのときの様子を見ていたようだった。きっとあのときギルドにいた他の冒険者たちもケネスさんの告白を見ていたことだろう。

 それゆえに恥ずかしくなったケネスさんはギルドに来なくなってしまったに違いない。


「気にしないでください。ケネスの必要性を感じなくなっただけですから」


 ケヴィン君が不思議な言葉を口にした。


「どういうこと?」


「こっちの話です」


 にこりと笑って話を流そうとするケヴィン君に、私もつられてにこりと笑う。


「今日のケヴィン君は『こっちの話』が多いね」


「魔術師には秘密が多いものですから」


 そう言ってケヴィン君が遠い目をした。

 魔術師の修行については秘匿されていて、魔術師以外が内容を知ることは出来ない。

 そのため必然的に魔術師には秘密が多くなる。

 わずかに知られていることと言えば、魔術師の卵は幼い頃から師匠に弟子入りをするため、親元を離れることが多いのだとか。

 もちろん師匠が親の場合は家で魔術を学ぶことになるのだけど、ケヴィン君はどっちなのだろう。


「ケヴィン君って妙に大人っぽいときがあるよね」


 遠い目をするケヴィン君は年相応の子どもには見えない。

 まるで酸いも甘いも知った大人のようだ。


「魔術師は子どものままではいられないんですよ」


 ケヴィン君が遠い目をしたまま告げた。

 ああ、とても良くない。子どもは子どもらしくあるべきなのに! 黄金の少年時代を短くするなんて断固反対!


「ケヴィン君はまだ子どものままでいいのに! 子どもはゆっくり大人になるべきなのに!」


 私が本音を言うと、ケヴィン君が遠い目やめて私のことを見つめてきた。


「どうかした?」


「ここ数日で気付いたんですけど」


「うん?」


「ジャスミンお姉さんって子どもが好きですよね?」


「なっ!?」


 マズいマズいマズい。

 私のイケナイ趣味がバレてしまった!?

 いやイケナイことをしているわけではないから堂々としていればいいのだけど!

 しかしルーシー曰く他人から見ると健全な趣味には見えないらしいから、今からでもショタ趣味を隠すべきか!?

 でも隠すってどうやって!? 全身からショタ好きの匂いを消すなんて無理!

 だって私はショタが大大大好きなんだもん!


「ジャスミンお姉さんは子どもが好きなのにどうして子どもに関わる仕事ではなく、ギルドの受付嬢をしているんですか?」


 しかし私の不安はケヴィン君の一言で杞憂であることが判明した。


「なんだ、そういう意味か」


「他にどういう意味があるんですか?」


「なんでもない!」


 私は慌てて首と両手を横に振ると、ギルドの受付嬢を始めた理由を話すことで話題をそっちへ持って行く作戦を決行した。


「昔ね、木の実を取りに行ったら、うっかり森の中で迷子になっちゃったの。私一人で森に入ってたから心細くて心細くて。しかもそのとき魔獣が現れて、もう駄目だと思ったときに冒険者の人が助けてくれたんだ。あのときは冒険者がヒーローに見えたよ」


 あのときはもう駄目だと思っていたから、名前も知らない冒険者に後光が差しているようにすら見えた。

 そして私もあんな風に、さらっと誰かを助けられる人になりたいと思った。


「でもね、私も冒険者になろうとしたんだけど……私は弱くて魔獣を倒すなんてとても出来なかったの。小さな魔物が関の山。だからせめて冒険者たちを助ける職業に就こうと思ったんだ」


「誰かとパーティーを組むことは考えなかったんですか?」


「うん。私が足を引っ張ったせいで誰かが怪我をするのは嫌だから」


 誰かに怪我をさせるくらいなら、別の形で冒険者をサポートする方が良いと思った。

 そしてその考えはきっと間違っていない。

 手前味噌だけど、ギルドの受付嬢としての私は、知識面で冒険者たちの助けになっているはずだ。


「ジャスミンお姉さんはこのまま一生ギルドの受付嬢でいいんですか?」


「ギルドの受付だって立派な仕事だよ」


「もちろん僕も立派な仕事だと思います。でもジャスミンお姉さんは冒険者になりたいんですよね?」


「そうだけど……無理だよ、私の実力じゃ」


 私がそう言うと、ケヴィン君が私のことを見上げた。


「もし僕がパーティーを組もうと言ったら、ジャスミンお姉さんは僕と一緒にパーティーを組んでくれますか?」


「私が、ケヴィン君と?」


 考えたこともなかった。

 というか、ケヴィン君は冒険者になりたかったのか。

 魔術師は研究者の道を進む人が多いから、薬草採りや魔物退治は趣味でやっているだけだと思っていた。


「ジャスミンお姉さんの知識と僕の魔術があれば、魔獣退治くらい簡単だと思うんです」


「ケヴィン君、今の私の話、聞いてた? 私のせいでケヴィン君が怪我をするなんて嫌なんだよ」


「大丈夫です。僕は怪我をしませんから。これまでだって怪我をして帰ったことはないでしょう?」


「これまで?」


 私が首を傾げると、ケヴィン君が私の手を握ってきた。


 プニプニ小さい手、可愛い!


「それよりもっとジャスミンお姉さんの話を聞かせて下さい。ギルドの受付ではあまり日常会話が出来ませんでしたから」


「あまりも何も、ケヴィン君がギルドの受付に来たことは一度も無いよね?」


「さあどうでしょう」


 今日のケヴィン君は秘密が多い。

 というか、私はケヴィン君のことを何も知らない。

 ある日突然現れて、私の心をかっさらったことしか知らない。

 それにしても私の話か。他人に話せるようなことはそう多くない。

 私を象徴するものと言えば、これだけ。


「私の話……私は可愛らしい子が強くたくましく成長する姿を見守ることが好きなの。その子は私が目を付けてた子なんだ、やっぱり強くなった!って鼻高々になりたいのかも」


「子どもには強くなってほしいということですか?」


「うん。すくすくと成長をして欲しいなと思ってるの。成長した後は興味が無くなっちゃうんだけどね」


「成長してほしいのに、成長したら捨てるんですか!?」


 ケヴィン君が信じられないものを見るような目を私に向けてきた。

 やめて、可愛い子にそんな目で見られると落ち込むから。


「捨てるのとは違うかも。もともと私は遠くから見守ってるだけだからね」


「大人になったらダメなんですね。なるほど……」


 待って、ケヴィン君。

 その言い方はまるで私が子どもにしか興味の無い異常性癖を持っているみたい……いや、みたいというかその通りなのだけど!

 でもケヴィン君にそう思われるのは嫌!

 どうにかしてショタコン疑惑を揉み消さなくては。


 私が何とか足掻こうとした、そのとき。


「なんでこんなところに!?」


 目の前に大型の魔獣が現れた。あれは巨大イボイノシシだ。

 あれは私の手には負えない。一刻も早く逃げなくては。


「追い払ったのに戻って来ちゃいましたか」


 しかしケヴィン君は焦った様子もなく巨大イボイノシシを見つめている。

 そして懐から取り出した杖で巨大イボイノシシに向かって魔法を放った……けど、それは悪手だ。


「ダメだよ、ケヴィン君。その魔獣は魔術攻撃に強いんだよ」


 巨大イボイノシシは私たちのことを明確に敵と認識したみたいだ。

 鼻息を荒くして今にも私たちに襲いかかろうとしている。


「通りでさっきはなかなか追い払えなかったわけですね。では、物理攻撃ならどうですか?」


「物理攻撃は普通に効くだろうけど……さすがにケヴィン君の腕力じゃ無理だよ。早く逃げよう」


「いいえ、問題ありません」


 ケヴィン君は自身に杖を向けると、何やら呪文を唱え始めた。

 そして次の瞬間。


「ええっ!? ケネスさん!?」


 ケヴィン君の立っていた場所からケネスさんが出現した。

 そしてケネスさんは近くに落ちていた石を拾うと、それを力いっぱい巨大イボイノシシの顔面目がけて投げた。

 次から次へと石を投げつけている。どうやらかなりの力で石を投げつけているようで、巨大イボイノシシは悲鳴を上げながら森の奥へと逃げて行った。


「ケヴィン君……ケネスさん? これは一体……」


 安心した私は、へなへなと崩れながら尋ねた。


「えへへ。実はこういうことだったんですよね」


 ケネスさんが杖を一振りすると、ケネスさんの姿がまたケヴィン君に戻った。


「こういうことって……ケネスさんが私の好みに合わせて子どもの姿になってたってこと!?」


「逆ですよ。ギルドの受付をやっているジャスミンお姉さんに会うために、大人の姿に変身していたんです」


 そんな。ケネスさんがケヴィン君だったなんて。

 驚く私に、ケヴィン君が笑いかけた。


「このままの姿の方がジャスミンお姉さんの好みに合致していたというのは皮肉ですけどね」


「……そんな、うそ」


「本当ですよ」


 そう言ってケヴィン君が、私に向かって手を伸ばした。


「ジャスミンお姉さん。ギルドの受付嬢をやめて僕とパーティーを組みませんか?」


 ケヴィン君は冗談で私を誘っているわけではなさそうだ。

 彼の目からは真剣な色が見て取れる。だけど。


「今、私が役立たずだったのを見たよね? 私はケヴィン君の足を引っ張っちゃうの」


「いいえ、ジャスミンお姉さんこそ見たでしょう? ジャスミンお姉さんが指示を出して僕が戦えば、問題なく魔獣を倒せるんです」


「でも……今から冒険者一本でやる勇気は無いよ」


 パーティーの誘いはありがたいけど、即決できる提案ではない。

 私にはすでに冒険者たちをサポートする、ギルドの受付嬢という仕事がある。


「じゃあ週末だけ、冒険者として活動しましょう」


 私の言葉を聞いたケヴィン君が譲歩をしてきた。

 週末だけか。週末だけの冒険者。

 なるほど、それならリスクは少ない。


 ……というか好条件すぎる。こんな好条件で至高のショタとパーティーが組めるなんて!

 いや具体的な条件はまだ何も話していないけど!

 でも私にとっては、ギルドの受付嬢の仕事をしながらケヴィン君とパーティーが組めるなら、報酬すべて没収が条件だったとしても好条件の範囲内だ。

 追加料金が発生しないだけで最高の条件だ!


「……えっと、週末だけなら、いいかも? でも、ケヴィン君はそれで良いの?」


「いいから提案しているんですよ。むしろそれが良いかもです。僕は魔術の研究もしなくてはなりませんから」


「じゃあ、えっと、よろしくお願いします?」


 ケヴィン君の手を取ると、ケヴィン君は嬉しそうに笑った。


「冒険者もやっているギルドの受付嬢なんてカッコイイですね!」


「やるからには、私、頑張るね」


「僕も頑張ります。成長してもジャスミンお姉さんに捨てられないように」


 別にそういう意味で少年が好きなわけではないはずなのに、自身の頬が赤くなっていくことを止められなかった。


「あっ。ジャスミンお姉さん、顔が真っ赤」


 真っ赤にもなるよ、こんな夢みたいなことが起こったら!

 ショタとパーティーが組めるなんて、生きてて良かった!!!!!


 至高のショタことケヴィン君が、吹き出す私の鼻血からスッと避けた。







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