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第19話:The Chosen, the Unchosen

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駒沢陸上競技場では、インターハイ東京都大会が行われていた。


男子100m予選。

全6組で行われるこのレースでは、各組3着までと+タイム上位6名が明日行われる準決勝へと進む権利を得る。


その予選第1組のレースがたった今終わった。

1着11秒16、2着11秒23、3着11秒47という結果が電光掲示板に表示された。


「…勝馬先輩、支部予選の準決勝レベルで走っても、今回の準決勝通過がいいところか…。」


紀良の見立ては最もであったが、巴月は複雑な心境になった。


「…お兄ちゃん…。」


続く2組目の後ろには、七槻含む第3組が控えていた。

突如吹いた風に、七槻の髪が激しく乱れる。


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2組目の結果は、1着10秒79、2着10秒98、3着11秒04というハイスピードレースとなった。

1組目の4着が11秒58だったのに対し、2組目の4着は11秒10、5着が11秒15と激しい僅差となった。

後続が4組控える中、七槻は着順進出がより確実な準決勝進出条件とも言える状況に追い込まれた。


『…On Your Marks…。』


早くも3組目のスタートの合図が出された。

七槻は第7レーン。比較的外側からのレースを余儀なくされる。



(…伍代だけじゃねぇ…。俺だって上に行けるってところを、見せつけてやるっ!)


七槻の闘志は燃えている。

彼を含む8名の選手がスターティングブロックに両足を掛けて、ゆっくり頭を落とした。



『…Set…。』



競技場を静寂が包み込む。



ピストルの音と同時に、8人がスタートラインを越えて飛び出した。

七槻以外の選手には、3年生もいるし1年生もいる。

それぞれの思いを胸に走り出した者たちは、誰にも止められない。


50mラインを越えた時、まだ8人の差は僅かであった。

七槻の前を行く者が2人いる。七槻の後ろを行く者も2人いる。

七槻含む4人は殆ど横一線である。



勝負が動いたのは、残り20mを迎えた時であった。



七槻の視界には、まだ2人の選手がいた。

このまま駆け抜ければ。七槻自身もそう思っていた。


しかし、そうはならなかった。


七槻の足の回転が遅くなっていくに連れて、一気にその前にいる選手が4人に増えた。


(…まずいっ…!こんなところで…!)


七槻も必死に喰らいつくが、次第に引き剥がされていく。



最後尾の選手までが、ゴールラインを越えた。

七槻の着順は5着。

1着の選手は僅かに前に出てゴールし、その記録は10秒98。


電光掲示板に、3着までの選手のタイムが映し出された。

3着のタイムは、11秒10…。



「…11秒…36…。」



巴月はストップウォッチを握りしめたまま立ち上がった。


トラックでは、ゴールラインを15m程越えたところで、兄、勝馬が電光掲示板を見上げて呆然と立ち尽くしている…。


「…まだどうなるか分からないが、現状タイム順4位…。あと3組…か。」


室井は感情を表に出しはしなかったが、七槻の結果に対する焦りを露わにしれいた。


続く第4組。この組には、継聖学院の都築が出場する。

支部予選で泊麻に0.01秒差で勝った都築のレースに、羽瀬高メンバーも注目した。


結果は、10秒72で都築が1着。

支部予選よりも好タイムを叩き出す都築に、圧倒される他ない。

続く2着は10秒94、3着は11秒09を記録している。


「…5着で、11秒21…。」


都築のハイスピードなレース展開により、第4組の結果は残る2組に大きなプレッシャーを与えた。

…それだけではない。この時点で七槻のタイム順は6位。

残るレースが2組あることを考えても、準決勝進出は厳しい状況となっていた。


そして第5組。

1着10秒89、2着11秒00、3着11秒08、4着11秒13と、非常に大混戦のレースが展開された。

これにより、七槻の予選敗退が決定。

そして、泊麻は11秒20を切るタイムを求められることとなった。



予選最終第6組。泊麻は第5レーンにてレースを行う。

この組には、泊麻以外の自己ベストタイムが10秒代の選手が2人、11秒20を切る選手が2人存在する。

予選とはいえ、生半可なレースでは厳しい状況に追い込まれていた…。




ゴールを見つめる泊麻は、思いの外落ち着いていた。

8名の選手が、横一線にスタートラインに立つ…。



『…On Your Marks…。』



場内が静寂に包まれる。

スターティングブロックに両足を合わせて、泊麻は深呼吸しながら俯いた。


(……。大層な口を叩く蘭奈や若越後輩たちに…。)




『…Set…。』



パァァァァァァァァン!!!!!!!!



静寂に包まれていた競技場に、スターターピストルの乾いた小爆発音が鳴り響いた…。



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レースを終えた泊麻と七槻が、競技場外の羽瀬高の待機ベンチに帰ってきた。



「…つーちゃんやったじゃん!!!」


泊麻の姿を見つけると、真っ先に諸橋が泊麻の下に駆け寄った。


「…あんた見直したよ…。いつもそう真面目にやればもっと良いのに…。」


紡井は少し厳しい言葉ながらも、泊麻を称賛した。

2人がそう出迎えたように、泊麻は無事に予選を通過した。

記録は10秒81で2着。1着との差は僅か0.03秒という僅差であった。


「…いやまぁ…本番はこれからだし…。」


自分以上に喜ぶ2人の姿に戸惑いながらも、泊麻は満更でもなさそうな様子であった。

その様子に、泊麻の隣にいた七槻はそそくさと彼の元を離れるが、そこへ音木と巴月が現れる。


「…お疲れ様。」


「…お兄ちゃん…。」


巴月は目に涙を浮かべながら兄に抱きついた。

その様子に勝馬は驚いたが、すぐに優しい目で妹を見た。


「…別に全部終わったわけじゃねぇからな。次は絶対勝つから。」


そう言う七槻の姿を、スポーツドリンクを差し出しながら桃木がニヤニヤして見ていた。


「…お疲れ様、勝ちゃん。スタートから50mまでのタイムは過去最速。活路が見えてきたかもね。」


桃木の言う通り、結果は負けた七槻の走りは何も全てが負けていたわけではない。

七槻は納得したように、そうか。と言う。


「…自分での感覚も明らかに違った。良い意味でな。

俺も拝璃に置いていかれないようにもっと頑張らねぇとなぁ。」


七槻はそう言って伍代を見た。伍代は自分を引き合いに出されて驚いた表情をしている。


「…んなことねぇよ。お前は十分頑張ってる。」


七槻を労うように言った伍代の言葉は、どこか伍代自身が自分に言い聞かせている言葉のようにも聞こえた。




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午後に行われた男子砲丸投げ決勝。

結果は室井が16m13の大会新記録にて優勝を果たした。

圧倒的実力差を見せつけた室井は、次なる南関東大会に大きな期待を募らせることとなった。


次の日、男子100m準決勝に出場した泊麻。

全3組の中、各組上位2名とタイム順2名が決勝進出条件を満たす。


泊麻は第2組を2着通過。

そのまま決勝に進出し、上位6名が南関東大会への切符を手に入れられるという中、見事4位入賞を果たした。


優勝は都築に奪われたものの、次のステージへと負けずに喰らい付いた結果が見事に現れた。



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そして、大会3日目となる翌週の土曜。

男子棒高跳びは、伍代たち4名に加えて第3支部から2名の選手が参加。

計6名での競技が行われる事となった。


東京都予選大会での上位6名には、次なる南関東大会への出場権が与えられるが、参加人数6名の時点で跳躍記録さえ出せば上位進出の条件は満たされている。


しかし、選手たちが求めているのはではなかった。




競技開始は10:00からとなっている。

1時間前となる現在9:00時点で、既に伍代と宙一たち継聖学院メンバーは棒高跳びピットに現れていた。



「やぁ、伍代。」


宙一はそう言うと、笑顔で伍代に手を挙げた。

しかしその顔は、どこか不敵な笑みとも取れるような怪しい表情である。


「ん、おう。今日もがんばろーなぁ。」


伍代は何処か軽い雰囲気を醸し出していた。

まるで、宙一たちを気に留めていないかのように…。




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大会前日…。



都大会を控える伍代以外のメンバーは、土日に都大会観戦があるが故に平日の練習により一層力を入れていた。


一方の伍代は、自分で調整プログラムをこなしながら、ゆっくり体を動かしていた。


そして、跳躍練習を数本終えるとすぐにクールダウンに向かってしまった。

共に跳躍練習をしていた若越は、普段試合前日でも10本程度は跳躍調整をこなしていた前回とは違う様子に、少し不思議そうではあったが、自分の練習に集中した。



練習後も、普段であれば大会前日でも少し仲間たちと会話してから帰宅するのだが、その日の伍代はそそくさと帰ってしまった。



「…どうした?拝璃。まさか都大会前に緊張してんのか?」


部室を出る伍代に、七槻がそう声をかけた。


「…いや、別に?多分大丈夫だよ。明日も。」


伍代の言葉の意味をよく理解出来ていなかったが、気をつけて帰れよー!と七槻は伍代を見送った。


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宙一が伍代との素っ気ない会話を交わしていると、そこへフォレストグリーンのジャージ姿の2人の選手が現れた。

彼らは共に、肩にポールを入れた筒を担いでいる。


1人は高身長で背丈は皇次程ある眼鏡を掛けた目付きの鋭い男子選手。


もう1人は少し小柄で165cm程の背丈であり、彼もまた鋭い目付きをした男子選手であった。


「…おはようございます。お久しぶりですね。。」


伍代は彼らの姿を見るとそう挨拶をした。

高身長の男子選手は、練馬区にある緑川学園みどりかわがくえん高校の3年生、六織 京次むしき きょうじ

そして、彼と共にしているのは、同じく緑川学園の2年生、田伏 研たぶせ けんであった。



「…よぉ、伍代に高薙。今年は楽しませてくれよ?

まあ、どちらにせよ俺は今年も勝つ。」


六織はそう言って人差し指で眼鏡を持ち上げた。

一見、挑発的な態度にも思えるその仕草も、彼の実力からは圧倒的強者の雰囲気として感じられた。




六織は今季、自己ベスト5m00を持って大会に挑んでいる。

その実力からも、現状の伍代や宙一に軍配が上がる確率は低いとも思えた…。



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10:00を迎え、男子棒高跳びの決勝の競技が開始される。


空には前週に引き続き、鼠色の雲が一面に広がる曇り空であった。

しかし、風が少し強く乱れながら吹いている。

吹き流しは、中々風向きが定まらずにいた。



同時刻に男子5000mの予選が行われる事もあり、長距離メンバーと室井、倉敷、諸橋、紡井の3年生組はそちらの応援に行っていた。


観客席には、残った短距離ブロック組と若越、桃木、巴月が伍代の姿を見守っていた。



「…雨、降るかもしれないですね。」


若越は、乱れ吹く風と上空の様子を見上げてそう呟いた。


「えっ、そうなの?でも、天気予報は曇りのままだったような…。」


桃木はそう言いながら、スマートフォンで天気予報を調べた。確かに終日曇りのマークが示されている。


「…いや、この感じだと一時的に。それがどのタイミングかは分かりませんが…競技中に降られると厄介ですね…。」




バーの高さが早くも4m50cmに上げられていた。

挑戦しているのは、田伏と江國の2人で伍代、宙一、皇次、六織の4人はこの高さをパスしていた。



若越の予感が当たるか当たらないか。

その答えはあっさりと出てしまった…。





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