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第34話:Executive & Suitable

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若越が部室に到着して早々に、彼の大声が耳に飛び込んできた…。


「…跳哉ぁぁぁぁぁっ!!!!3組の徒競走、誰が走るんだ????」


若越は両耳を押さえた。声の主はもちろん、蘭奈である。


「…うるせえなぁ…。若、うちはこいつが出る。

お前のクラスは誰出るんだ?」


紀良も両耳に手を当てながら、若越にそう問いかけた。


「…男子は俺。女子は杏珠が出るよ。」


若越がそう答えると、蘭奈は大きく項垂れて落胆の声を出した。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ…!!!やっぱりそうか…。陸上部2人ともいるの、やっぱり強ぇなぁ…。

でもな、跳哉。俺は負けねぇぞ!」


蘭奈は予想通りの答えでそう宣言した。

するとそこへ、七槻と伍代が部室に入ってきた。


「…相変わらずうるせぇなぁ、お前は。」


七槻は呆れながらそう言って、荷物を下ろした。


「勝馬さんっ!勝馬さんも体育祭、徒競走でるんすか??」


蘭奈はお構いなしに、七槻にも若越と同じ質問をした。


「…あぁ、出るよ。うちら2年生は3人ともクラス別だからな。みんな出るだろ。なぁ?拝璃。」


「うーん、そうだね。俺は出なくてもいいよって言ったんだけど…俺のクラスのサッカー部の大園、あいつキャプテンになったらしくてさ。体育祭も負けたくねぇって言って俺を走る競技にゴリ押し。

お陰でこっちは都大会後に何本走らされるんだか…。」


七槻と伍代がそう答えた。

どうやらどのクラスも、運動部員の生徒の体育祭への熱は激しいらしい。


「…へぇ…大園が。こりゃ負けてらんねぇなぁ。部活対抗も。」


「「「…部活対抗??」」」


七槻が対抗心を露わにそう呟くと、それに反応した1年生3人が声を合わせて言った。


「…なんだ、知らないのか?

運動部も数多いうちの学校の体育祭、目玉の1つと言えば、部活対抗リレーだ。」


七槻は、鼻高々にそう説明した。

彼の言う通り、部活対抗リレーは毎年運動部による白熱したレースが繰り広げられる。

その熱の入れようから、文化部は蚊帳の外状態となるが、文化部には文化祭において多くの出番が用意されている。


「今年は、束咲さん、俺、満、拝璃で行こうと思うけど…。」


七槻の中では早くもスタメンが決まっていた。

部活動対抗リレーは、1人100m×4人の1周勝負。

つまり、陸上競技における4×100mリレー、通称4継と同様である。

即ち、陸上部は最も有利な部活である為、毎年変わる変わるのハンデを課されるが、そのハンデを羽瀬高陸上部は毎年尽く跳ね除けてきた。


七槻がそう言いかけた時、伍代が練習着に着替えながら会話に加わった。


「勝馬、蘭奈くん出したら?せっかく期待の1年生なんだし。それに、1年生出すっていうハンデってので今年は押し切れば、変なハンデ課されなくて済むしな。

まあ、ただの1年生じゃないから騙す事にはなるけどな。」


伍代はそう言うように、自分の代わりに蘭奈を推薦した。

それは、単純に部活対抗リレーに勝ちたいからという事ではないように思える。


「…まあ、ぶっちゃけ俺は部対抗リレーの勝敗はどうでもいいかなって思ってるんだけど…蘭奈くんを試してみたら。ってのが本心かな。

ここ最近はエントリーできてないけど、次のインハイをはじめ、今後は4継でも出場機会を作れるだろ?」


伍代がそう言う通り、競技者数の減少で近年出場機会が作れなかった4継が、蘭奈と紀良の入部によって短距離選手が拡充された事で復活できる可能性は見えていた。

そのチャンスを、部活対抗リレーで試してみるというのが、伍代の提案である。


「…え!いいんすか!?俺はもちろん、めちゃくちゃ走りたいです!

それに拝璃先輩の言う通り、今後4継もやりたいっす!!やりましょうよ!」


当然、蘭奈はやる気満々であった。

新たなチャンスを見出し、七槻も納得の表情である。


「…やってみる価値はあるかもな。

ただ、束咲さんに納得してもらう為に、明日からの支部予選の結果次第で考えよう。」


七槻も同意するかと思いきや、その決断を保留の方向で落ち着かせた。

一先ずは、明日からの新人戦支部予選大会。

この大会での記録が、今後の様々な判断の指標となる事は免れなかった。


「…任せてくださいよ。絶対驚かせて見せますよ。」


蘭奈は自信に満ちていた。それは日頃からそうなのだが、高校生初の公式戦を目の前にした今、その自信は周囲にも僅かな確証を与えるかのような…。



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部活動は、支部予選に向けた各自最終調整のメニューが与えられた。

伍代と若越は軽い跳躍練習を行い、明日既に行われる競技に向けての最終準備を整えた。


「…拝璃、足どう?」


伍代が軽い踏み切り動作を行い、ポールを曲げながらマットに向かって落下した。

その様子を見ながら、桃木は心配そうにそう問いかける。


伍代は、マットの上で左足を強く掌で叩きながら自信満々に答えた。


「順調、順調!寧ろ肉離れする前より好調な気がするぜ!」


拳を胸に当てて、どうだと言わんばかりの表情でそう答えるも、桃木の不安そうな表情は変わらない。


「…あんまり調子に乗ってると、また再発するよ?気をつけなよね…。」


伍代の性格を良く知る桃木にとって、再び彼が怪我を負ってしまうリスクに、不安を隠せずにいた。



その様子を、助走路にて跳躍待ちで待っていた若越も目の当たりにしていた。

やはり伍代と桃木が仲良くする様子に、若越は胸が騒つく感覚を覚えていた。


伍代がマットから降りたことを確認すると、若越は深く息を吐いてポールを持ち上げる。

軽い踏み切り動作の確認程度の練習に抑えていたはずであったが、若越の雰囲気は既に大会で助走路に立っているかのようなオーラを放っており、覇気のようなものすら感じられた。


「…行きますっ!」


若越がそう合図をすると、伍代と桃木がそれに応えた。

2人の声が聞こえたことで、トラックのゴールラインで短距離ブロックのタイムを測っていた巴月も、棒高跳びピットに目線を向けた。



若越が力強くテンポを刻みながら走っていく。

インターハイ予選の時より、僅かにそのスピードとパワーは上がっているように見えた。


ポールを斜め上に突き出して、勢いよく左足で踏切をする。

若越のその姿に、伍代は少し眉をしかめながら見守った。


見事な湾曲を描くポールに手応えを感じたのか、若越はそのまま下半身を振り上げて、4m80cmの高さに設置した練習用のゴムバーの上目掛けて跳び上がった。


自然と体が上に上に向かっていくのを感じた。

気がつけば、目視でもゴムバーが見える程高く跳んでおり、バーとの差は20cm程開いていた。


ポールから離した右手を、素早くバーの上に通過させると、若越はそのままマットに勢いよく落下した。



「「…えっ…。」」


伍代と桃木は、予想外の出来事に互いに顔を見合わせて、全く同じタイミングでそう呟いた。


若越はゆっくり立ち上がると、マットの上に倒れ掛かったポールを拾い上げて、慎重にマットから降りた。


「…5ヶ月前と違って、ちゃんと基礎能力を付けてきた分、中学の時よりマシな跳躍が出来るようになった気がします。

明日は予選とはいえ、1位通過する気なんで。」


若越は踏み切り動作を確認しながら、伍代と桃木にそう宣言した。



その様子を、短距離ブロックの練習そっちのけで見ていた巴月の目の前を、蘭奈が走り抜けた。

少し遅れて、紀良も走り抜ける。


「…はぁ…はぁ…巴月っ!タイムはっ?」


蘭奈は大きく呼吸しながら、そう言って巴月を見た。

巴月は慌てて手元のストップウォッチを見たが、数字は止まらず進み続けている。


「…ごっめーん、上手く計れてなかった…。」


巴月はそう言って蘭奈に平謝りした。

「大事な試合前なんだからしっかりやってくれ。」などと蘭奈に怒られる事を覚悟した巴月であったが…。


「…跳哉、調子良さそうなのか?」


巴月の視線の先に気がついていたのか、蘭奈は棒高跳びピットにいる若越たちに視線を向けながらそう言った。

蘭奈も、どこか若越のことが気がかりだったのだろう。同じような境遇であった蘭奈は、唯一若越の最も有力な理解者とも言えた。


「…うーん…そんな感じなんだけど…ね…。」


ふと、蘭奈はそう答える巴月の視線の先を辿った。

そこには、伍代と桃木もいる。巴月が答えを濁した理由が、この2人にあるのだということを蘭奈は直感的に察した。


「…はぁ…はぁ…。七、タイム、どうだった?」


そこに遅れて、紀良もやってきた。蘭奈の調整メニューに付き合わされていた彼は、既にヘトヘトな様子である。


「…ごめ…。」


「あぁ、ストップウォッチが上手く止まんなかったみたいだ。もう1本行くぞ!光季っ!」


巴月が紀良に謝ろうとした瞬間、蘭奈はそう言って巴月のミスを誤魔化した。


「…えー?もう勘弁してくれよ…明日、走れないって…。」


「うるせぇ!行くぞ!!」


弱音を吐きまくる紀良を無理矢理引っ張り、蘭奈はもう一度スタートラインに戻っていった。


(…陸…何で…?)


巴月は、蘭奈の行動の意図が分からずに困惑していた。

その胸中で、何かが少し動く感覚を感じながら…。



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次の日。


世田谷陸上競技場は、大歓声に包まれていた。

各校、3年生が抜けたことで常連だった選手たちがいなくなり、新たな選手がその実力を発揮するチャンスを手に入れていた。



「…おいおい…新生羽瀬高、こんな隠し玉を2も持ってたのかよ…。」


「バカ言え。棒高の若越はインハイ予選も出てたぜ?

…だけど、あの時は記録無しで終わってたやつが、まさかな…。」


「知らないのか?若越は全中チャンピオン。しかも中学生記録保持者だぜ?」


「…若越はある意味有名人だろ。父親、あの日本代表にもなった若越 浮地郎だろ?」


「いやぁ…それにしても、問題はもう1人…。」


「あんなスプリンターがいたなんてな…。しかも彼も、全中出場者だろ?」


「…蘭奈 陸…ねぇ…。ありゃ泊麻や七槻よりも強くなるぜ…。」


観客席から観戦する、各校の選手やコーチ、監督、関係者、そして一般の観客たちは、2人の選手に大きな注目を集めていた。


インターネットが発達した現代において、その情報スピード、拡散力は人間の知り得ない程に大きくなっている。



同時刻、北九州市にある本城ほんじょう陸上競技場。

既に競技を終えた2人の選手が、長いポールの入った筒を競技場の外に運びながら会話を交わしていた。


「おーい、光軌こうきー。スマホばっかり見よると、転んで怪我するぞ?」


並んで歩く前を行く男子選手は、後方でスマートフォンを操作しながら歩くもう1人の男子選手にそう声をかけた。


「…おいおい、まじかちゃ。面白れぇことになっちょるやんか。」


後方を歩く男子選手は、仲間の注意を他所にそう呟いた。

そして漸く顔を上げると、前を行く男子選手に声をかけた。


「エジルーっ!東京の新人予選、面白い結果になりそうやぞ!」


そう言った辺りで、彼らの学校の集合場所に辿り着いた。

2人はゆっくりポールのケースを地面に置くと、すぐさま覗き込んでスマートフォンの画面を見た。


「…やっぱし現れたか。若越 跳哉。こりゃ来年が楽しみやなぁ…?」


そう言って2人が顔を見合わせて満足そうな表情を見せると、そこに1人の女子部員が現れた。


「こーちゃん、エジくん、お疲れ様ー!

流石2人とも。来年のインターハイ、上位狙えそうやなぁ?」


彼女は、長めの茶髪に天然パーマで、175cm程の少し細身な男子選手に"こーちゃん"と、

天然の綺麗な金髪をセンター分けにした、同じく175cm程の少し細身なハーフの男子選手に"エジくん"、とそれぞれ呼んだ。

そして彼女は黒髪のポニーテールを揺らし、150cmほどの背丈で少し細身ながら、しっかりと筋肉のついた体つきであることから、彼女も選手のようであった。


「おう、百華ももか。まぁ、当然の結果やろ。ただ、インハイはまだ早い。

…やべぇ奴がおるんちゃ。東京にな。」


"こーちゃん"こと千賀 光軌せんが こうきは、福岡国際高校陸上部のチームメイト、十和味 百華とわみ ももかにそう言った。


「…日本記録保持者の息子で、自身も中学記録保持者。自己ベストはその中学記録の4m97cm。

シーズンベストは分からんが、こりゃ楽しみやな。来年が。」


"エジくん"こと万ヶ峯 エジルばんがみね えじるも、期待の胸の内をそう明かした。


遠く離れた地でも、その期待を寄せられている。

そんなことは露知らず、若越にとってのリベンジマッチとなる、新人戦東京都支部予選がはじまる…。







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