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第63話


 マーガレットの部屋を出た私は、本来の目的であったジェーンの部屋へ行くことにした。

 部屋の扉を軽くノックする。


 まだ帰ってきていなかったら、一度自室でシャワーを浴びようかと思ってから、ハッとした。

 町を、しかも細い道や抜け道を使って走り回った私は、砂埃で汚れていた。


「一度シャワーを浴びてから来るべきだったわね。あとマーガレットさんの部屋はきっと汚れたわね」


 部屋の汚れは、先程渡したお金で何とかしてもらおう。


 私がそんなことを考えていると、ドアが開いた。

 数日ぶりに見る、ジェーンだ。


「ローズ様! お会いしたかったです!」


「私もよ。おかえり、ジェーン」


 ジェーンはすぐに私を部屋に入れてくれた。

 砂埃だらけだから廊下で話を済ませようとしたが、ジェーンは後で掃除をすればいいと言って、ぐいぐいと私を部屋に押し込んだ。


「ローズ様、お変わりありませんか?」


「え、ええ」


 まさかジェーンが資料を取りに行くために出掛けてから、ずっと寝てばかりのぐうたら生活をしていたとは言えなかった。


「ジェーンはいつ帰って来たの?」


「ほんの少し前です。学園に到着してすぐに、エドアルド王子殿下に報告に行こうとしたのですが、何やらバタバタとしていたので自室に戻って来ました」


「エドアルド王子殿下がバタバタしていた?」


「はい。町で『死よりの者』が出たらしく、その後処理に追われているとのことでした」


 ああ。ものすごく心当たりのある理由だった。

 町に『死よりの者』が出たこと自体が先程のことなのに、情報が早い。


「あっ、『死よりの者』と言われてもピンと来ないですよね。『死よりの者』というのは、物理攻撃や魔法攻撃が効かない特殊な魔物のことで、以前ローズ様が出会った個体もそれです」


 『死よりの者』なら、よく知っている。

 今日なんて握手もして会話も交わした。


「ローズ様は今日、どこかへ行かれていたのですか? お部屋を訪ねた際にはお留守でしたが」


「……うん、ちょっとね」


 町での『死よりの者』騒動に私が関わっていると知ったら、ジェーンはどんな顔をするだろう。

 そのうち噂になってしまうだろうから、他人の口を通して知るよりは、私の口から今日の出来事を伝えた方が良いとは思う。

 しかし、それは今ではないような気がした。

 元気なように見えるが、ジェーンは長旅で疲れているはずだから。


「そういえば私が夜にジェーンの部屋から女子寮に入った日、ウェンディさんが一人で部屋に転がされていたって言っていたらしいけれど、理由を知ってる?」


 話を逸らそうと思い、適当な話題を口に出した。

 この話題に関しては全く意味が分からない。

 だってあの日は確かにジェーンの部屋にウェンディを運び込んだから。

 目を覚ましたウェンディが、部屋にいるジェーンの存在に気付かなかったのだろうか。


「あー……はい。私の仕業です」


「なんで!? あそこはジェーンの部屋でしょ!?」


 しかし私の予想は裏切られた。

 ウェンディの勘違いではなく、ジェーンが何かをしたらしい。


「実は目を覚ましたウェンディさんに誘拐犯だと疑われたら困るので、丁重な扱いをした方が良いと思ったんです。そこでウェンディさんをベッドに運ぼうとしたのですが…………私には重すぎて運べませんでした」


 これにはガクッと力が抜けた。

 ジェーンはあの細身のウェンディを、床からベッドに移動させられなかったのか。

 たった数秒持ち上げるだけなのに。


「あっははは! ジェーンってば非力すぎ」


「ガリ勉に力を求めないでください」


 ジェーンは自身の腕を私に見せた。

 白くて細い腕には、まったくもって筋肉がついていない。


「それで仕方なく床に転がしておいたのですが、その状態で私がベッドを使うのは目を覚ましたウェンディさんは良い気がしないと思いまして」


「あー……それはそうかも?」


「ですよね!?」


 目を覚ましたら突然知らない部屋にいて、しかもぞんざいな扱いをされていたのでは、ムッとするかもしれない。

 この場合は部屋の持ち主であるジェーンにというよりも、聖力を使わせた挙句、ジェーンの部屋に転がしておしまいにした私に対して怒りを感じるだろうが。

 ジェーンと私の仲が良いことはウェンディも知っているはずだから、直前の肝試しの件と絡めて考えれば、ジェーンの部屋に自分を転がした犯人が私だとすぐに分かるはずだ。


「それに目覚めたウェンディさんに、彼女が私の部屋に運ばれるまでのことをいろいろ聞かれると思いまして……ですが私は何も知らないので答えられません。その態度がますますウェンディさんの気に障ってしまうのではないかと考え……」


「で、気に障らないように、何も聞かれないように、ウェンディを部屋に一人にしておいた、と」


「はい。すみません」


 考えてみると、ジェーンの言う通りだ。

 ウェンディが怒りを感じるのは私に対してだろうが、まずは何があったのかを目覚めて最初に目に入ったジェーンに尋ねるはずだ。

 あの日の私は、そこまで頭が回っていなかった。


「謝らないで。深く考えずにウェンディさんを残して部屋に戻った私が悪かったわ」


「いいえ、ローズ様が謝るようなことでは」


 ジェーンと私は、二人して頭を下げ合った。


「それで、ウェンディさんを部屋に一人にしている間、ジェーンはどこにいたの?」


「クローゼットの中です」


「クローゼットの中!?」


 予想外すぎる場所を告げられて大声が出た。

 ウェンディに何も聞かれないようにするために、ジェーンがそんなことをしているとは夢にも思っていなかった。


「そんな場所で寝たの!? 身体は痛くならなかった?」


「多少は痛くなりましたが、おかげで何事もなく済みました」


 ジェーンは得意げにブイサインをしたが、何事もなくはないだろう。

 変な体勢で寝たジェーンは、身体を痛めたのだから。


「ごめんなさいね。ジェーンがそんなことになるなんて気付かずにウェンディさんを押し付けてしまって」


「いいえ。ローズ様に頼られることは光栄ですので。どんどん私を頼ってください!」


 私は手にジェーンへのプレゼントを持っていたことを思い出し、それを差し出した。


「これは、魔物の資料を家に取りに行ってもらったお礼よ。クローゼットの件は今度また別の形でお礼をさせてちょうだい」


「どちらもお礼なんていらないですよ。そういうつもりでやったわけじゃありませんから」


 お礼のプレゼントを断ろうとするジェーンの手を持って、無理やりプレゼントを握らせた。


「受け取ってくれないと私が困るわ。これはジェーンのために買ってきたものだもの。ジェーンが要らないなら捨てることになるわ」


「捨てるなんてとんでもない! ローズ様の選んだ品物を捨てるなんて、あってはならないことです!」


 途端にジェーンは、捨てられないようにするためかプレゼントを持つ手に力を込めた。


「それなら、もらってくれるわね?」


「はい。ありがとうございます!」


「それと。今度、町にある喫茶店で美味しいスイーツを好きなだけ食べましょう。私の奢りよ」


「ローズ様とお出掛け!? うわあ、楽しみです!」


 クローゼットで寝て身体に負担をかけた分、美味しいスイーツで癒されてほしい。

 プレゼントを開けてはしゃぐジェーンを見ながら、そう思った。




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