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第62話


 聖力を使って眠ったウェンディは、ルドガーが背負って学園まで連れて帰ることになった。

 帰る際、町でのデートを邪魔したからか、ルドガーに睨まれてしまった。

 その件に関しては、素直にごめんと謝った。

 私もまさか今日、二人のデートを邪魔する羽目になるとは思わなかったのだ。


「ミゲルのおかげで助かったわ。ありがとう」


「あんたは一体……ううん。どういたしまして」


 ミゲルは何か言いたそうだったが、疑問を飲み込むことにしたようだ。

 脱いでいた猫もまた被っている。

 これまで孤児として生き抜いてきただけあって賢い。


「ナッシュ、財布を」


「はい。お嬢様」


 受け取った財布の中身をすべて、汚れたテーブルの上にじゃらじゃらと出す。

 その中から金貨と銀貨だけを財布に戻して、テーブルの上に銅貨だけが乗っている状態にする。

 そこに一枚だけ、銀貨を置いた。


「子どもでは金貨や銀貨は使いづらいでしょう。これが今日の報酬よ」


「こんなにいいの?」


「町の案内料と、魔物から逃げてここへ連れて来てくれた報酬よ」


 ミゲルはテーブルの上に置かれた銀貨と銅貨を、自身のポケットにしまった。


「報酬を一気に渡すと、悪者に強奪された場合に辛いだろうから、残りはまた今度ね」


 そう言って私は自身の脚を指差し、その指を唇に付けた。


 今ミゲルに渡した報酬には、私の足を治療魔法で治したお礼と、『死よりの者』と会話をした件の口止め料は入っていない。

 ミゲルも私の言葉の意味を理解したようだった。


「でも次にまた会えるかどうかなんて分からないよ」


「分かるわ。私たちはきっとまた会える。いいえ、会う運命よ」


 なぜならミゲルは攻略対象だから。

 これで終わりだとは、とても思えない。


「よく分からないけど、お姉ちゃんが言うならきっとそうなんだね」


「そうよ。楽しみにしていてね」


 ふと傍に控えているナッシュを見ると、私がミゲルに使いやすい銅貨を報酬として渡すという気遣いをしたことに感涙していた。



   *   *   *



「あら、あなたは……」


 女子寮に戻ると、今日何度も思い出した顔と出くわした。

 マーガレットだ。


 そういえばマーガレットにお土産を買おうと思ったのに、『死よりの者』の件ですっかり忘れていた。

 あまりにも『死よりの者』の言葉が衝撃的だったから。


「マーガレットさんにもお土産を買おうと思っていたのに忘れちゃったわ。ごめんなさいね」


 私は片手に持っていた箱をサッと後ろに隠した。

 これはジェーンへのプレゼントだ。


「お土産? 何の話ですの?」


 思っていたことをそのまま言葉にしたが、確かにこれだけを聞いたのでは意味が分からない。

 そのためマーガレットに簡潔な説明をすることにした。


「今日、町へ行ったのよ。そのお土産をマーガレットさんにも……あ、今日は買ってないのだけれど」


「部屋に入ってくださる?」


「え?」


「早くわたくしの部屋に入って!」


 マーガレットは声を潜めながら、私の腕を引っ張って自身の部屋の中へと連れ込んだ。


「びっくりした。マーガレットさんって意外と強引なのね。ちょっとドキドキしちゃったわ」


「そういうつもりで連れ込んだわけではありませんわ!」


 マーガレットは自室だというのに、若干声を潜めながらそう言った。


「ローズさん。あなた、登校するつもりなら大変ですわよ」


「大変って、何が?」


 心当たりが無かったため尋ねると、マーガレットは大きな溜息を吐いた。


「聖女様が、旧校舎であなたに魔物を倒すように命令されたとクラスメイトに吹聴していますの」


「あー……そうね。命令したわね」


「事実だったんですの!?」


 事実か事実じゃないかで言えば、事実だ。

 私としては命令ではなくお願いをしたつもりだったのだが、ウェンディ本人が命令と感じたのなら命令したと言われても仕方がない。


「ローズさんあなた、その上聖女様と一緒に遊んだ日に、聖女様のことを誰もいない部屋に放置したらしいですわね」


「誰もいない部屋? 私がウェンディさんを放り込んだのは、ジェーンの部屋だけど……」


「そうだとしても、聖女様は誰もいない部屋に放り込まれていたと泣いていましたわ」


「へえ」


「へえ、ではありませんわ!」


 マーガレットが自身の腰に手を当てながら詰め寄ってきた。


「今日だって町で聖女様を魔物の前に引っ張ってきて、魔物退治をさせたそうじゃありませんか。これは聖女様本人ではなく、ただの噂ですが……」


「させた、わね」


「これも事実なんですの!?」


 マーガレットが呆れたと言いたげな声を出した。


 どうにもおかしい。

 先程から私がマーガレットの言葉を肯定すると、やたらと驚いているように見える。

 これでは、まるで。


「先程からマーガレットさんの物言いは、ウェンディさんの言葉が嘘だと思っているみたいに聞こえるわ」


「それはっ」


 マーガレットは動揺を隠せずに声を裏返らせた。


「もしもあなたが謂れの無い罪で貶されているのなら、金額次第でわたくしが弁護をしてあげても良いかと思っただけですわ」


「ここまでハッキリ金銭目的だと、清々しくていいわね」


 マーガレットはウェンディの言葉を嘘だと思っていたわけではなく、嘘だったらいいなと思っていたらしい。

 もし嘘なら、私を弁護することが出来るから。

 弁護をするなら、私からお金をもらえるだろうから。


 しかし気になるのは、マーガレットがここまでお金に困っている点だ。

 前にもお金を握らせたらすんなりと引き下がっていたし、何か事情を抱えているのだろうか。


「ねえマーガレットさん。あなたって貴族でしょ? お金が必要な事情でもあるの?」


「わたくしのことはどうでもいいですわ」


「せっかく知り合ったんだもの。あなたのことを知りたいわ」


「…………そのうち、もし万が一、仲良くなりましたら、ね」


 優しい調子で言うと、マーガレットは私を拒絶はしなかった。

 ただ、まだ事情を話すには親密度が足りないらしい。


 マーガレットはそれ以上何も言わなかったが、黙って両手を前に出した。

 手を伸ばしたまま、私を見つめている。


「なあに?」


「聖女様の振る舞いを密告したわたくしに、ご褒美があってもいいのではないかしら?」


「ホント清々しいわね!?」




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