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第61話


「ミゲル。取引をしましょう」


 私は『死よりの者』から目を離し、ミゲルに話しかけた。

 ミゲルは目の端で私の姿をとらえながらも、『死よりの者』を睨み続けている。


「こんなときに何言ってんだよ」


「あなたが治療魔法を使えることを口外しない代わりに、これから見ることは誰にも言わないでちょうだい」


「何を言って……」


 私はミゲルの前に立つと、『死よりの者』に背を向けて、ミゲルの顔を正面から見つめた。


「何してんだよ!?」


「あなたに拒否権は無いはずよ。約束して」


「……ああもう、分かったよ! 黙ってればいいんだろ!?」


 ミゲルから言質を取った私は、『死よりの者』に向き直った。

 そして『死よりの者』に話しかける。


「少し話がしたいのだけれど、いいかしら」


 そして一歩、二歩と前に踏み出し……『死よりの者』と握手をした。

 この『死よりの者』は手を何本も持っていたが、そのうちの二本で私の手をしっかりと握っている。


≪ “扉”が握手してくれた! 嬉しい! 我も“扉”と話がしたい! ≫


 『死よりの者』はウキウキという表現が似合う浮かれた動きをした。

 なんだかアイドルにでもなった気分だ。


「あなたは、あなたたちは、どうして私に執着するの? 私が扉を開けるから?」


≪ 我は “扉”に会いたかった。“扉”がいるって知ってから、ずっと会いたかった。 ≫


 イマイチ回答になっていない。

 どうやらこの個体は、前に会った『死よりの者』よりも知能が低いみたいだ。

 見た目はカマキリのような大きな鎌を持っていて恐ろしいが、言動がまるで子どもだ。


「私のことを、誰に聞いたの?」


≪ 我らはみんな同じ情報を持っている。だから“扉”と出会った仲間から情報をもらった。 ≫


「どうして私に会いたかったの?」


≪ “扉”は、我らの救世主だから。もし外に出られたら、直接お礼が言いたかった。 ≫


「あんた……魔物と喋って……!?」


 私の後ろにいるミゲルが、混乱した様子で言葉を発した。


「ねえ、ミゲルはこの子が何を言ってるか聞こえる?」


「この子って……もしかして魔物のことか? 聞こえるわけがないだろ!」


「じゃあ私が何を言っているかは分かる? もしかして無意識に魔物語を使っていたりするかしら?」


「いやあんたは普通に喋ってる」


 どうやら私は『死よりの者』と会話をする際、魔物語のような特殊な言語は使っていないらしい。

 しかし『死よりの者』と話は通じる。

 ということは、『死よりの者』は人間の言葉が分かっている。


 一方で『死よりの者』の言葉はミゲルには通じていない。

 もしかすると、テレパシーのようなもので会話をしているのかもしれない。


 テレパシーだとしても、以前別の『死よりの者』が、私と会話ができることを驚いていた。

 それに本物のローズは『死よりの者』と会話が出来ないようだった。


 ……それなら、私はどうして会話が出来るの?

 本物のローズとの違いは何?


≪ ありがとう、“扉”。我を、我らを、外に出してくれて。本当にありがとう。“扉”、ありがとう。 ≫


 私が考え込んでいると、『死よりの者』がまた話しかけてきた。

 何度も何度も私に対するお礼を述べている。


「……あなたは少しも悪い魔物には見えないわ。それなのに、どうして人間を襲うの?」


≪ 人間を襲えば救われるから。過去にそう学んだから。学んだ仲間に情報をもらったから。 ≫


「どういう意味……?」


 人間を救えば救われる?

 過去にそう学んだ?


「人間を襲えば救われるって、一体どういうこと……」


 そのとき、複数の足音が廃屋の中に響いてきた。

 ナッシュがウェンディを連れて来たようだ。

 当然のようにルドガーもついて来ている。


「お嬢様ーーー!!」


 『死よりの者』の間近にいる私を見たナッシュが悲鳴に近い叫び声を上げた。

 その横では……ウェンディが聖力を放とうと力を溜めている。


「ちょっと待って!」


 しかし私の言葉で彼らが止まるわけもない。

 きっと彼らには私が、『死よりの者』に襲われそうに見えている。


≪ ありがとう、“扉”。最期に会えてよかった。 ≫


 『死よりの者』はそう言い残し、ウェンディの聖力で灰になって消えた。




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