目を覚ました私は、自身の目から涙が伝っていることに気付いた。
直接会ったことはないが、本物のローズとは知らない仲ではない。
夢の中で何度も会っているうちに、いつの間にか情が湧いてしまったようだ。
「今の夢が最後ということは……ローズは近々、処刑されてしまうのね」
実際には処刑の前に私と入れ替わって、私の代わりにあっちの世界で死ぬ。
方法の違いはあるが、ローズには死が確定している。
ローズは悪いことなどしていないのに……運命に抗おうとしていたのに……。
「そんな状況で赤の他人の『私』に自由に生きて、なんて言って……人間が出来過ぎているわ」
とても『私』では、ローズのようなことは言えない。
私がローズの立場なら、きっと自分を嵌めた犯人を探して復讐をしてくれと頼んでいた。
それなのにローズは私に、好き勝手に生きていいと言った。
「どんな人生を歩んだら、あの年齢であんなことが言えるのよ」
しかも笑顔を浮かべつつ私を勇気づける言葉で締めくくるなんて。
『私』ではなく、こんなにも素敵なローズが死ななくてはいけないなんて…………やるせない。
「……自分の扉をあけて、か」
私は涙を拭うと、自身の両頬を叩いた。
「ウジウジ泣いててどうするのよ。今の私は完全無欠の公爵令嬢、ローズ・ナミュリーよ!」
誰よりも自由に生きるローズ・ナミュリー。
それが、彼女の願いなら……!
* * *
『死よりの者』に関わった生徒たちは、生徒会室に呼び出された。
ただしウェンディが最初に『死よりの者』を倒した際に一緒にいた二年生の生徒と、ルドガーの友人はこの場にはいなかった。
二年生の生徒はこれ以上『死よりの者』のことに首を突っ込みたくないと断ったらしく、ルドガーの友人は精神的ダメージによって寝込んでいるらしい。
これにより生徒会室にいるのは、エドアルド王子、セオ、ナッシュ、ルドガー、ウェンディ、ジェーン、私の七人だ。
最後に生徒会室に入ってきた私に、全員が注目した。
特にウェンディの視線が鋭い。
もしかして町でのルドガーとのデートを邪魔したことを怒っているのだろうか。
……それに関しては、悪かったと思っている。
二人のデートを邪魔したかったわけではないのだが、成り行き上、ウェンディの聖力が必要になってしまったのだ。
「ジェーン、長旅ご苦労様。早速だけど、本を読んで分かったことを教えてくれるかな?」
「はい。例の魔物は『死よりの者』で間違いないでしょう」
エドアルド王子は面倒くさい前置きを省いて、いきなり本題を切り出した。
指名されたジェーンも、すぐに立ち上がって話し始めた。
「『死よりの者』は、通常の魔物とは異なる魔物です。いいえ、魔物と呼んでいいのかどうかもよく分かりません。大陸ではこの魔物の目撃例がないどころか、存在を知られてすらいないのが現状です。『死よりの者』が唯一現れたのは、東にある小さな島国だけですから」
東にある小さな島国とは、日本のことだろう。
……この世界では、すでに滅んでしまったらしいが。
「小さな島国の話なら、大陸に入って来ないのも無理はないね」
エドアルド王子の相槌に、ジェーンは頷いて鞄から本を取り出した。
「私は『死よりの者』の話を、とある行商人の売っていた一冊の本で知りました。後にも先にも『死よりの者』の話が書かれていたのはこの本だけです。他にも『死よりの者』の本が読みたかったのですが、その行商人とは二度と会うことが出来ず……」
ジェーンの持つ本は、出版社から出されたもののようには見えない。
同じことをエドアルド王子も思ったようで、ジェーンに質問が飛んだ。
「はい。この本は個人的に書かれたものだと思います。記されているのは著者名のみですから」
「個人が書いたというだけでは、嘘だとも、逆に本当のことだとも言えないね。それは出版社を通した本にも言えることだけれど……では中身について教えてくれるかい?」
ジェーンは大きく息を吸うと、本の内容を語り始めた。