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第74話


「どういう意味……」


「では、転移する前に少しお話をしましょう。ここではあまり深い話までは出来ませんが」


 セオが地面にかざしていた手を下ろすと、魔法陣は光るのを止め、ただの土と見分けがつかなくなってしまった。


「自分は、セオと言います」


 うん、知ってる。

 けれどここは話を合わせておくべきだろう。


「セオさんですね。覚えました」


「……自分には、隠された名前があります」


 セオから告げられたのは、突拍子もない台詞だった。

 原作ゲームのウェンディルートでは、こんな話は無かったはずだ。


「セオさん、あなたまさか……どこかの王族の末裔とか!?」


 そういう設定は乙女ゲームで見たことがある。

 普通に生活している攻略対象が、実は別の国の王子様で、エンディングでは結ばれた主人公とともに出身国の城で暮らすことになる。

 もしかしてセオにもそんな設定があったのだろうか!?


「いいえ、そんなすごい血筋ではありません。ただの平民です。ガッカリさせてすみません」


 セオが申し訳なさそうに言った。

 私はそんなに期待した目をしていたのだろうか。


「じゃあ隠された名前とはどういうことですか? あなたには普段名乗らないミドルネームがあるんですか?」


「自分の父の名前はセオドア、祖父の名前はセオドールです。事情があって隠された名前は名乗ることが出来ないため、こうしてファーストネームに入れ込むようにしているのです」


 そして目の前にいるのがセオ。

 つまり「セオ」という名前が隠された名前らしい。


 ……全然隠れてなくない?

 セオドアとセオドールはまだしも、セオなんか、まんま「セオ」だし。


「ローズ様は聡明であると同時に、勘の鋭い方だと思っていましたが……自分の思い過ごしだったのでしょうか」


 わけが分からず首を傾げる私を、セオが困惑した目で見つめている。

 そんな目で見つめられると私も困る。


「ちょっと待ってください。今、考えます」


 そうは言っても、何を考えればいいのかまるで分からない。

 セオは私なら分かって当然と言いたそうだが、セオの隠された名前(隠れてないけど)がセオだと、私は何に気付くことが出来るの!?


 セオ、セオ、セオ……。

 そういえばこの名前、最近どこかで見かけた気がする。

 どこだったっけ。

 ……………………。


「あーーーっ! 瀬尾梅子!」


 やっと思い至った私が大きな声を出すと、慌てたセオが私の口を押さえてきた。


 瀬尾梅子。

 私はこの名前を、最近目にした。

 ジェーンの持って来た、『死よりの者』について書かれた本の著者名だ。


「セオさん! あなたの家系には日本人の血が混ざってるんですか!?」


「ローズ様、声を押さえてください」


 口を押さえていたセオの手を押し退けて大声を出すと、またしてもセオの両手が伸びてきた。

 再びセオに口を押さえられながら、もう大声は出さないとばかりに、何度も頷いた。


「……血はもうかなり薄いですが。曾祖母が日本人だったのです」


「全然気付きませんでした。でも、日本人の血が混ざっているのって、そんなに隠さないといけないことなんですか?」


「曾祖母はすでに亡くなっていますが、曾祖母は日本での惨劇を目撃した上に、一人だけ日本から脱出していますからね。このことが知られたら、自分の家族はこれまで通りの平穏な生活は送れなくなるでしょう」


 きっとその通りだ。

 いくらセオたちが生まれる前の出来事だと説明しても、曾祖母が子孫に何かを伝えたと勘繰られて、日本での出来事を根掘り葉掘り聞かれるに違いない。

 しかも曾祖母が一人だけ日本から脱出したとあっては、日本滅亡は曾祖母が犯人だという陰謀論を唱える人が出てきてもおかしくない。


「……そうですね。好奇心に満ちた野次馬に私生活をめちゃくちゃにされそうです。でも、じゃあどうして子孫にセオという名前を付けているんですか? 名前きっかけで日本人だとバレるかもしれないですよね?」


 その可能性は限りなく低いだろうが。

 普通の人は、「セオ」と「瀬尾」を結びつけはしない。


「それに、そうですよ。ジェーンの持っていたあの本も、残しておいたら危ないですよね?」


「あの本は、曾祖母が、悲劇を繰り返さないためにと残したものです。悲劇を体験していない自分たちが、勝手に処分していいものではありません。子孫の名前に関しては、彼が曾祖母を日本から連れ出してくれたおかげで曾祖母の子孫は生まれたのだと、そのことを忘れないようにするためでしょう」


「彼?」


「すみません。この場でこれ以上の話は出来ません」


 セオが何者なのかは分かった。

 同時にどうしてセオが自分の正体について私が気付いていると思っていたのかも。

 セオの名前を知っていて、日本語の読める私が、あの本の著者名を見たからだ。


「……口止めをしたいから、私を呼び出したんですか?」


「いいえ。手紙にも書いた通り、会ってほしい者がいるのです」


「私に? 今の話と私は関係が無いような気がするのですが」


「関係はあります。あなたは曾祖母と同じですから」


「同じ、ですか?」


 まさか、ローズの中に入っている私が日本人であると気付かれたのだろうか!?


 しかし私の予想は大きく外れた。

 セオの曾祖母と同じというのは「日本人」という意味ではなく。


「曾祖母も“扉”でした」




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