「どうする、ミゲル」
「どうするって……これだけあれば、しばらくは仕事をしなくても暮らしていけるだろ。おれたち全員」
「でも、危険じゃない? こんなに気前よくお金をくれるなんて怪しいよ」
ミゲルと少年は、私たちに聞こえる距離で相談を始めた。
「確かに怪しいけどさ、少なくともおれが本性を出しても怒らない程度には理性的な相手だぞ」
「理性的にミゲルを嵌めるつもりかもしれないよ。怒らなくても安心はできないって。笑いながら人を殺す殺人鬼だっているんだから」
あのー、聞こえてるんですけど?
いや別に疑われるのは当然だし、疑うこと自体は構わないが……聞こえてるんですけど?
「どっちかと言うと、そういう殺人鬼に殺される側だろ。あいつ、鈍そうだし」
「人は見た目によらないって言うよ。それに鈍そうかなあ。冷徹美人な感じに見えるけど」
「喋ってみると残念美人って感じなんだよ。たぶん間抜けだぞ、あいつ」
だから、聞こえてるんですけど?
間抜けって何よ。
確かに本物のローズと比べたら抜けているところはあるかもしれないが、間抜けと呼ばれるほどではない。
…………たぶん。
「お嬢様。あの少年たちの舌を切り落としてもよろしいでしょうか」
しまった。
ナッシュが笑いながらとんでもないことを言ってきた。
「私のためだと思って我慢してちょうだい。どうしても彼の力が必要なのよ」
「……かしこまりました。心の中でだけ、彼らの舌を切り落としておきますね。念入りに」
怖い怖い怖い。
言っていることも怖いが、何よりもナッシュが一貫して笑顔を崩さないことがさらに怖い。
今のナッシュなら、笑いながら人を殺せるかもしれない。
「とにかく。これはおれに訪れた千載一遇のチャンスかもしれないって思うんだ」
「悪いやつらは、そうやってチャンスに見せかけて僕たちを甘い話に乗せるんだよ」
少年は心配そうな顔をしていたが、ミゲルの心はもう決まっているようだった。
「考えてもみろよ。こんなおいしい話は二度と無いかもしれない。同じリスクを取っても、ここまでのリターンがある話はそうそう無いはずだ。乗らない手は無い!」
ミゲルは前金を握りつつ、私たちの前に立った。
「出発はいつ? どこで待ち合わせればいい?」
「明日の夜、ここに迎えに来るわ。予定が数日ズレた場合でも、一旦は明日またここに来るわ」
「分かった」
ここまで話した後で、もしかすると『死よりの者』に運んでもらうことになるのだと思い出した。
「実はとっても特殊な乗り物に乗るのだけれど、どんな乗り物でも驚かないで乗ってくれる?」
「あんたも一緒に乗るのか?」
「ええ。たぶん同じものに二人で乗ることになると思うわ。そっちの交渉が上手くいかなかった場合は、普通に馬車だろうけど」
ミゲルは首を傾げながらも、一緒に行くことを了承してくれた。
「あんたの屋敷はここからどのくらいだ? 何日くらいの旅になる?」
「馬車で行くなら片道五日間ね。あっちの交渉が上手くいった場合は、もっと短くなると思うわ」
そういえば、『死よりの者』で屋敷に行く場合の所要時間はどのくらいなのだろう。
途中、宿屋で休むことにもなるかもしれない。
宿泊用に荷物をまとめておかなくては。
「分かった。じゃあこの金は、おれが戻るまでの生活費にしてくれ。くれぐれも無理はするなよ。仕事を休むのもアリだ。ケガをしても治せないからな」
私の話を聞いたミゲルは、ナッシュに渡された硬貨の全てを少年に渡した。
「いいの?」
「予定では長くても往復で十日前後らしいから、これだけあればその間は仕事をしなくても全員食っていけるだろう。もしおれが戻らなかったら、金額が低くても危険の少ない仕事を選んで稼いでくれ。この金があれば、危険な仕事を受けなくてもしばらくは食っていけるはずだからな」
「監禁なんてしないのに」
仕方がないとはいえ、ミゲルがまだ信じてくれていないことが悲しくなって呟くと、ミゲルは首を横に振った。
「あんたがおれを監禁する可能性だけじゃない。馬車で十日も移動していたら、いつ盗賊に襲われてもおかしくないからな。観光客からそういう話を何度も聞いてる」
「盗賊!? 盗賊に襲われる可能性があるの!?」
ミゲルの言葉には、私の方が驚いてしまった。
『死よりの者』に乗って空を飛んで移動するなら盗賊に襲われることはないが、馬車で移動するとなるとそういった目に遭う可能性もある。
空を飛ぶことばかりを考えていて、失念していた。
「……おれ、あいつは絶対に大丈夫な気がしてきた」
「うん。ミゲルを使って金稼ぎをしようとするほど狡猾な人には見えないね。きっと間抜け側だね」
不本意なことに、私の間抜けな反応がミゲルたちの信頼を勝ち得たようだった。