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第84話


 そうして私たちがにらみ合っていると、少年には不運なことに、私たちには幸運なことに、アジトにミゲルが戻ってきた。


「今日も観光客がシケててさあ……って、どうしてあんたがいるんだよ!?」


「お帰りなさい、ミゲル」


 笑顔でミゲルを出迎えると、ミゲルは信じられないものを見たという表情をした。

 ミゲルの登場に、少年は大きな溜息を吐いていた。


「お帰りなさい、じゃないだろ。なんであんたがこの場所を知ってるんだよ!?」


「それについては企業秘密よ。そんなことよりミゲルに頼みたいことがあるの」


「そんなこと、じゃないんだけど!? おれたちにとっては死活問題だ!」


「まあまあ、まずは私の話を聞いてちょうだい」


「他のやつにはこの場所のことを話してないだろうな!?」


「大丈夫。話していないし、話すつもりもないわ。だから私の話を聞いて。お願い」


 私は無理やり話の主導権を握ると、先程の少年にしたのと同じ説明をした。

 母親が倒れたからミゲルの治療魔法で治してほしい、と。


「……はあ。あんたに治療魔法を使うんじゃなかった」


「どうしても頼みたいの。大事なお母様だから」


「悪いけど、さすがに信じられない。そうやっておれを連れ出して、どこかに監禁する気かもしれないからな。自分で言うのもアレだが、おれは金のなる木だから」


 ミゲルはすぐには了承してくれなかった。

 きっと、これまでにも危険な目に遭ってきたのだろう。


「うーん。こればかりは信じてもらうしかないわ」


「信じて、とだけ言われて信じられるかよ。昔からの知り合いならともかく、おれとあんたが会うのはこれで二度目なんだからな」


 ミゲルを監禁して金儲けをするつもりなどさらさらないが、そのことを証明できるものを私は持っていない。

 どうしようと困っていると、これまで黙って話を聞いていたナッシュが口を開いた。


「横から失礼します。お嬢様があなたを監禁して金稼ぎの道具にするかもしれないという話ですが、そんなことはあり得ないと断言することが出来ます」


「証拠は?」


 ミゲルに証拠を要求されたナッシュは、懐から財布を取り出し、テーブルとして使っているのだろう石の上に中身をバラまいた。

 財布の中から、たくさんの硬貨が石の上に落ちる。


「これは……!?」


 少年が驚愕の表情でナッシュを見上げた。

 貴族とは思っていたものの、これほどの大金を持ち歩いているとは思わなかったのだろう。


「金を持ってるからなんだって言うんだよ。金持ちの言うことは信じろって?」


 少年が驚く一方で、一度ナッシュの持つ財布の中に大金が入っていることを見ていたミゲルは、眉間にしわを寄せた。


「いいえ。ただの小金持ちなど信じるに値しません。ですが、ただの護衛にこれだけの金貨を持たせるほどに、お嬢様の家はとてつもない金持ちなのです。なぜなら」


 ここでナッシュは深く息を吸い込み、大声を出した。


「この方は、公爵令嬢のローズ・ナミュリー様だからです!」


「…………」


「……ミゲル、こうしゃくれいじょうって何だ?」


「よく分からないけど、金持ちってことじゃないか?」


 しかしミゲルと少年には「公爵令嬢」が通じなかった。

 確かにミゲルたちには聞き馴染みの無い単語かもしれない。


「公爵令嬢とは、非常に良い家柄のお嬢様のことであり、とても品行方正なのです」


 ナッシュが耳の痛いことを言った。

 品行方正……ちょっと私とは縁遠い単語だ。


 居たたまれなさを覚える私を無視してナッシュは続けた。


「公爵令嬢であるお嬢様が、あなたを使って小銭稼ぎをする? 公爵家がそんなはした金を必要とするわけないじゃないですか。むしろ金が余って仕方がないくらいです」


 ナッシュが誇らしげに言い放った。

 少し鼻につく物言いだが、ミゲルたちには効果抜群だったらしい。

 いつの間にかミゲルたちの私を見る目が、敵を見るものから、カモを見るものへと変わっていた。

 ……私、カモにされるの?


 まあ、ナッシュが横にいれば、そう簡単にカモにされることはないだろう。

 ナッシュは私にはものすごく過保護で甘いが、それ以外の人に対してはビジネスライクだ。

 相手が子どもとはいえ、その辺の手を抜くことはないだろう。


「ミゲル、この人たちって本当にものすごいお金持ちなのかも」


「早まるな。金持ちだから金に汚くないとは限らない。むしろ金稼ぎに貪欲だからこそ金持ちになったのかもしれない」


「なるほど……」


 ミゲルと少年の反応を見たナッシュは、財布に硬貨を戻しつつ、一部の硬貨を二人に渡した。


「前金にどうぞ」


 ナッシュが渡したのは、彼らが優に半年は暮らせるだろう金額の硬貨だった。


「こんなに……!?」


「こんなに、ではありません。妥当な額です。成功報酬はまた別にお支払いします。前金がはした金に見えるような金額をね」


 ナッシュはそう言ってから、私に耳打ちをした。


「これで良いんですよね?」


「良いけれど、先に相談してほしかった気はするかも。一応、公爵家のお金なわけだし」


「ご安心ください。あれは私の給料です」


 ……いや、逆に安心できない。

 自分の給料を、ああも簡単に他人に渡してしまうなんて。


「ナッシュの給料を交渉で使うなんてもっと駄目よ。私が頼みごとをするのだから、お金は私が払わないと」


「ですが、お嬢様が交渉をするとカモにされそうだったので」


 ナッシュから見ても、私はカモにされそうだったのか。

 確かに高度な交渉術は持っていないが、私だって子ども相手の交渉くらい出来る。


 そう思ってナッシュを見上げると、ナッシュは静かに首を振った。

 私に交渉は無理だと言いたいのだろう。


「……私にだって出来るわよ」


「彼らは普通の子どもではありません。大人相手に騙し騙されをしながら暮らしているのです。お嬢様では勝てません」


 そんなにキッパリと言い切らなくても良いのに。

 しかしこうもキッパリ言われると、何だかそんな気がしてきてしまった。




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