アジトに帰ろうとするミゲルを何とか引き止め、私たちは『死よりの者』に掴まって空へと飛び立った。
とりあえず最初の休憩ポイントまでは、セオがセオの家の『死よりの者』の上、私がペリカン型の『死よりの者』の上、ミゲルが蜂型の『死よりの者』に肩を持たれる形で移動することになった。
そうして飛び始めてから、私は重大なことに気付いてしまった。
「あの、今さら言うことではないのですが……私、自分の屋敷がどこにあるのか分からないんですけど……」
「はあっ!? 自分の家がどこにあるのか分からないって、馬鹿かよ!?」
自分でも馬鹿だと思う。空に飛び立ってからようやくその事実に気付くなんて。
しかしセオだけは、申し訳なさそうに頭を下げる私を見て笑っていた。
「ローズ様は箱入りのお嬢様ですからね。ローズ様の屋敷の場所は、自分が知っているのでご安心ください。飛行ルートも家の『死よりの者』と相談して、すでに決めてあります」
「へえ。お嬢様ってのは何も出来ないんだな」
返す言葉もございません。
「それは違いますよ、ミゲル君。何も出来ないのではなくて、出来ることの種類が違うだけです。ローズ様は食事マナーやダンスは誰よりも美しいですから。それにローズ様は学園内での魔法の成績もものすごく優秀なのだとか」
暴言を吐くミゲルに、セオがフォローを入れてくれた。
それでも自宅の場所が分からないのは如何なものかと思う。
「それで、この旅ってのは何日くらいするんだ? スケジュールは?」
私に聞いても意味が無いと思ったのか、ミゲルがセオに質問した。
その通り、私も旅の日程を知らない。
「これからは夜の間に移動をして、朝になったら町で宿を借りて眠るスケジュールです。完全な昼夜逆転ですね。『死よりの者』たちは町に入らずに、森などに隠れて眠ってもらいます。日程としては、今から朝まで飛んで、町で眠って、また朝まで飛んで、町で眠って、次に朝まで飛んだところで、到着です」
セオは指で時計の針の経過を表しながら、ミゲルに説明をした。
つまり到着は二日半後ということだ。
馬車で行く半分の時間で到着するのはありがたい。
「ですので、まだ身体が昼夜逆転していない今日が一番辛いかもしれません。道中は無理せずに寝てくださいね。ちなみにミゲル君はその状態のまま寝て構いませんが、ローズ様は眠くなった際には必ずのど袋に入ってください。上に乗った状態で眠るのは危険極まりないですから」
「とりあえず次の休憩ポイントまでは眠らずに行くわ。空を飛ぶ経験なんて滅多にできないもの」
あと、のど袋には入りたくないから。
私はペリカン型の『死よりの者』の背中に掴まりながら答えた。
ふとミゲルを見ると、ミゲルは空中飛行に慣れたためか眠そうにあくびをしていた。
得体の知れない相手に肩を持たれた状態で空を飛んでいるというのに、ミゲルの心臓には毛が生えているのだろうか。
嫌がられても困るが、ここまで身を任せられるのも、それはそれで不安になる。
「ミゲル、意外と余裕ね?」
「だってこいつに運ばれるって覚悟を決めることくらいしか、おれに出来ることは無いからな」
その通りだが、分かっていても普通は緊張で眠れなくなるものだろうに。
「次の休憩ポイントまで三時間は空の旅ですので、ローズ様ものんびりしていてください」
「分かったわ……ううん」
セオの言葉通りのんびりしようかと思ったが、どうせなら起きているのならこの機会に『死よりの者』と会話をしてみようと思い直した。
「ねえ。あなたって、飛びながら会話が出来る?」
≪ 可能です。何かご不便な点でもございましたか? すぐに対処致します。 ≫
私が話しかけると『死よりの者』は、サービスの良い旅客機の乗務員のような返事をくれた。
「ただの雑談だから気を楽にしてちょうだい。何もせずに移動するのは暇だから、お喋りがしたいだけよ」
≪ かしこまりました。しかし“扉”を楽しませるような会話が我に出来るかどうか。 ≫
『死よりの者』がピントのズレた心配をし始めた。
怖い相手だと思っていたが、こうやって話してみると、どこを怖いと思えばいいのか分からなくなってくる。
「私に気を遣う必要はないわ。私の質問に答えてくれればそれで十分よ」
『死よりの者』と会話の出来ないセオとミゲルは道中退屈だろうが、私にとっては有意義な旅になりそうだ。