町に到着したミゲルは、興奮した様子で目をキラキラとさせていた。
今日のミゲルは『死よりの者』から下りた瞬間から、ずっとこうだ。
「おれ、これからずっとあの鳥ののど袋で移動したい!」
「そんなに乗り心地が良かったの?」
「そりゃもう、ぐっすり熟睡だったぜ! 普段の寝床より柔らかくて最高だった! 虫も獣も寄ってこないし、あんなに寝心地の良い場所は初めてだ!」
のど袋がハンモックのような寝心地だったということだろうか。
まあ、快適だったのなら何よりだ。
ミゲルの旅が快適だったことは、あの後の休憩ポイントですでに判明していたが。
なにしろミゲルは『死よりの者』が着地しても、のど袋から出てこようとはしなかったのだ。
のど袋の中を覗いてみると、ミゲルは完全に熟睡していた。
せっかく寝ているところを起こすのも可哀想だということで、ペリカン型の『死よりの者』はミゲルをのど袋に入れたまま休憩を取ることになった。
しかし蜂型の『死よりの者』が、休憩ポイントから町まで私を運ぶのが辛そうだったため、蜂型の『死よりの者』には私とセオの荷物を運んでもらうことになった。
その代わりに私はセオと一緒に、セオの家の『死よりの者』の背中に乗って町まで移動した。
今日のことを踏まえて、明日以降、誰がいつどの『死よりの者』に乗るかを決めた方がいいかもしれない。
あと、どうでもいいことだが、密着したことで、セオからはほんのりインクの香りがすることが判明した。
花の香水の香りを漂わせる色っぽい男も良いが、こういう真面目な香りを漂わせる男もまた魅力的だ。
真面目さからくる安心感というのだろうか。浮気の心配が無さそうだ。
「な、な? おれ、あの鳥ののど袋で移動したい!」
私がセオの香りに魅せられている間に、ミゲルはのど袋に魅せられたらしい。
セオと私に向かって、おねだりを続けている。
「残念ですが、彼らにも体力問題がありますので。ずっとペリカン型が軽い君を運んでいると、都合が悪いんです」
「えー。でも、そっか。蜂にあんたらを運ばせるのは可哀想だもんな。あんたら、重そうだから」
「重くないわよ!」
本当に重くはないと思う。
セオは細身で筋肉があまりついていないし、ローズの身体は誰もが憧れるような細さだ。
しかもローズの身体は細いのに、出るところは出ているから、さすがは悪役令嬢といったスタイルだ。
「確かにミゲルと比べたら重いけど、それはミゲルが細すぎるからで……道中はしっかり食べてね?」
あらためてミゲルの身体を見た。
あまりにも骨と皮ばかりで心配になってくる。
「あっ、ちょっと待ってください」
セオが私たちを手招きして連れて来たのは、一件の出店の前。
出店では肉の串焼きが売られている。
「二人ともお腹が減ったでしょう。好きな物を選んでください。ローズ様には馴染みの無い食べ物かもしれませんが……」
ローズはそうかもしれないが、『私』はコンビニの串焼きをよく食べていたから、懐かしさすら感じる。
「私はこれが食べたいです。ミゲルはどうする?」
「おれもいいのか!? じゃ、じゃあ、おれはこれがいい!」
ミゲルが店の中で一番大きな串焼きを指差した。
「しっかり食べてとは言ったけど、急にそんなに食べたら胃がビックリしないかしら」
「一気に食べなくてもいいですよ。これから宿へ行くので、宿でゆっくり時間をかけて食べてくださいね。食べきれなかったら残しても構いません」
セオは代金を払って受け取った串焼きを私たちに渡した。
ミゲルは串焼きを嬉しそうに観察した後、勢いよくかぶりついた。
「うっまーい! なんだこれ、すっごくうまいぞ!?」
店の前でミゲルがあまりにも美味しそうに串焼きを食べるものだから、店には次から次へと客が寄って来た。
セオは店の邪魔にならないように、私たちを連れてまた歩き出した。
「セオさんは食べないんですか? まさかお金が足りないとか?」
セオが自分の分の串焼きを買わなかったことを不思議に思って尋ねると、セオは苦笑しながら首を横に振った。
「いいえ。自分は徹夜後に胃に食べ物を入れるのがキツイだけです。昔は徹夜後も食べられたんですけどね、年齢的に、もうちょっと、はい」
そういえば私も道中少し寝たが、セオだけはずっと起きていた。
セオの家の『死よりの者』の背中で寝るのが危険なためと、トラブルが起きた際に対処をするためだろう。
唯一の大人であるセオにはそんな役回りをさせてしまっている。
学園に帰ったら、エドアルド王子にセオがいかに有能であったかを伝えよう。
そうすれば、エドアルド王子の側近としてのセオの給料や待遇が良くなるかもしれない。
……セオは有能だからもっと仕事を振ろう、とはならないよね?
ブラック企業あるあるを頭に浮かべ、セオを褒めちぎることは、一旦保留にしておくことにした。