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第13話

 黒岩たちは小夜子の部屋の前に立つと、乱暴に扉を叩いた。そして返事も待たず開ける。

「邪魔するぜ」

 女主人の寝室に押し入るなど言語道断だ。久世でも通りかかればよいのにと祈るが、あいにくと廊下には誰もいない。おれは気を揉みながらかれらの後に続く。奥の寝台では、突如入ってきた黒岩たちに珠名と小夜子が驚き固まっていた。

「なんですか、あなたたち?」

 珠名は小夜子を守るように抱きしめた。黒岩たちを睨みつけるが、かれらは平然としている。


「なぁに、お見舞いに来ただけさ……なあ小夜子、具合はどうだ。え?」

「……どうも、お気遣いなく」

 小夜子が固い声で答える。

「小夜子さんはお疲れなの、どうかお帰りください」

 珠名の抗議に、黒岩はじろりと彼女の方を見る。

「すみませんがね藤原のお嬢さん、おれは可愛い姪を見舞ってるだけなんだよ。家族でもないあんたが、口を出すことじゃないと思うがね?」

 珠名は黙った。顔が青ざめ、小夜子を抱く手が小刻みに震えている。


 黒岩は小夜子の寝台に腰かけた。うつむく小夜子の顔を覗き込む。

「小夜子、お前は子爵様にはさぞや大事にして頂いているんだろうね?」

 なら知ってると思うがね、黒岩は小夜子の顔に手を伸ばす。

「銀烏涙だよ。お前は見たことがあるか?あれだけのダイヤモンドだ、おれもぜひ拝みたいものだよ」

 黒岩は乾いた指先で、小夜子の滑らかな頬を軽くくすぐる。小夜子は固く目を閉じて顔をそむけた。

「お前がねだれば子爵様はあれをくださるんじゃないか?どうなんだ」

「……わたし、知りません」

 小夜子が掠れた声を絞り出した。その瞬間、珠名がぱちんと高い音を立てて黒岩の手を払った。


「――小夜子さんに触らないで。人を呼んでもよくってよ」

 黒岩は黙った。しばらく手をさすりながら無表情で珠名を見ていたが、やがて立ち上がる。


「そうか、じゃあ子爵様に聞いてみてくれ。叔父さんが見たがってるとな」

 黒岩は軽く片手を上げると部屋を出て行った。残された珠名と小夜子は、抱き合ったまま息を潜めている。


「……なんて方なの……!」

 珠名の声が怒りで震えている。小夜子が自分を抱く珠名の腕をぎゅうと握った。

「珠名さん、ごめんなさい。わたしが……」

「違うわ、小夜子さんの所為なんかじゃない」

 珠名は小夜子の肩をつかんだ。


「むしろ悪いのはあたくしよ。あたくし、あんな方からのご連絡なんか無視するべきだったんだわ……!」

 珠名の声が湿り気を帯びる。長い睫毛が震える。

「あんな方からの呼び出しをお兄様に取り次いだりしなければ、お兄様はああいう危険な場所で強盗に襲われることもなかったのよ。お兄様だってあの人たちを嫌ってらしたのに……そうしたら小夜子さんがこんな目に遭うこともなかったわ」


「まあ、それこそ珠名さんの所為じゃないわ」

 小夜子は目を丸くして否定するが、珠名はかぶりを振る。

「いいえ、あたくしのこと責めてくださっていいのよ。あたくしがあなたからお兄様を奪ったんだわ」

 あたくし分かっててよ、小夜子さんがどれほどお兄様を慕ってらしたか。珠名はほとんど涙声でうつむいた。今度は小夜子が珠名の首を抱く。

「珠名さん……お願いよ、そんなこと仰らないで」


 二人を見ていられず、おれは部屋を飛び出した。何もできない自分が無性に腹立たしい。なぜおれは黒岩の死神でなかったのか。そうであれば今ここで、奴の息の根を即座に止めてやったのに。黒岩の死神に直談判したいくらいだが、残念ながら死神同士はお互いを知覚できない。

 天堂は死神に会ったのは久しぶりだと言っていた。そして黒岩の話によれば、奴は既にこの館で天堂と会っている。ということは、黒岩にはそもそもまだ死神がついていないのだろう。悪運の強い男だ。


 おれは廊下で息を整えながら、しばし自分の怒りが冷えるのを待った。おれのできることには制約がある、黒岩から小夜子を守るには慎重な行動が必要だ。

 珠名たちの話を反芻する。珠名の言っていた兄とは、かつての小夜子の婚約者のことだろう。黒岩はどちらも藤原と呼んでいた。かれは不幸にも強盗に襲われて亡くなったようだが、東條が殺した訳ではなさそうだ。とはいえ、東條が妹と不審な結婚をしたという事実は消えないが。

 考えてみれば当然だ。東條のような立場にある人間が、軽々しく殺人など犯すはずがない。妹である珠名が今も東條の家に出入りしているのがその証拠だ。もし珠名が東條を兄の殺害者だと信じているのであれば、こうもかれらと親しく付き合ったりはしないだろう。黒岩たちの戯言より、珠名の行動の方がよほど信用できる。


 黒岩、奴は目的のためなら何でもする恐ろしい悪党だ。先程の珠名の口振りでは、彼女の兄の死に黒岩が関わっている可能性すらある。

 しかし奴のねらいが分かったのは僥倖と言える。どうやら黒岩は銀烏涙という宝石を、東條から強請ゆすり取ろうとしているようだ。

 その宝石の在処を押さえよう、東條なら場所を知っているはずだ。

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