夜は深まり、静寂が村を包んでいた。月光が雪原を照らし、白銀の世界が幻想的な輝きを放つ中、慎一は一人、森の奥へと歩いていた。ユキと話し合った後も心の中のもやもやは晴れず、考えを整理するために外の冷たい空気を吸いに出たのだ。
「……何が正しいんだろう。」
慎一は呟きながら立ち止まり、頭を抱えた。ユキが何かを隠しているように感じる一方で、自分の中には彼女を信じたいという思いがあった。しかし、沙耶の言葉が何度も脳裏に浮かび、疑念を拭い去ることができない。
「ユキさん……本当は何者なんだ?」
その問いを口にした瞬間、背後から足音が聞こえた。振り返ると、そこにはユキが立っていた。彼女の表情は硬く、その瞳はどこか悲しげに見えた。
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「慎一さん……ここにいたんですね。」
ユキが静かに言葉を発したが、その声は震えていた。慎一は彼女の異変に気づきながらも、自分の中の疑問を抑えることができず、切り出した。
「ユキさん、君に聞きたいことがあるんだ。」
「……何ですか?」
ユキは慎一を見つめたまま、小さく息を呑んだ。彼女の中には恐れが渦巻いていた――自分の正体を知られてしまうのではないかという恐れが。
「君は、僕に何か隠しているんじゃないか? 沙耶さんが言っていたんだ。『ユキさんには秘密がある』って。」
慎一の言葉に、ユキの顔から血の気が引いた。彼女は答えようとしたが、言葉が出てこない。
「もし何かあるなら、正直に話してほしい。僕は君のことを信じたいけど……でも、分からないんだ。」
慎一の目には迷いが浮かんでいた。その迷いがユキの心をさらに追い詰めた。
「……私は……。」
ユキは視線を下げたまま、小さな声で答えた。しかしその瞬間、彼女の体から冷気が漏れ始めた。冷たい風が森の中を駆け抜け、周囲の木々に霜がつき始める。
「ユキさん?」
慎一は驚きの声を上げた。ユキの体から立ち上る冷気が、月光に照らされて白い霧のように見える。それは明らかに普通の現象ではなかった。
「ごめんなさい……!」
ユキは涙を流しながら叫んだ。その感情が制御不能の冷気となり、周囲の空気を一層冷たくしていく。木々は次々と凍りつき、雪が固く凍結していく音が響く。
「ユキさん、落ち着いて!」
慎一が近づこうとした瞬間、足元が凍りつき、動けなくなった。靴が地面に張り付いたように固まり、身動きが取れない。
「これ……何が起きてるんだ……?」
慎一の声には困惑と恐れが混じっていた。彼の視線の先には、冷気に包まれて震えるユキの姿があった。
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「私は……雪女なんです……!」
ついにユキは涙ながらに自分の正体を明かした。その言葉を聞いた瞬間、慎一の頭の中は真っ白になった。
「雪女……?」
慎一は呆然とユキを見つめた。彼女が人間ではないという事実が、彼の中で受け入れきれない現実となって押し寄せてきた。
「私は……あなたを傷つけたくなかった。でも……。」
ユキの体から放たれる冷気はますます強まり、慎一の体温を奪っていく。彼の息が白く凍りつき、指先が冷たく痺れ始めた。
「ユキさん、やめて……これ以上は危ない!」
慎一の声にユキはハッとしたが、彼女の感情が冷気を抑え込むことを許さなかった。
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そのとき、遠くから足音が聞こえた。そして、月明かりの下に沙耶が現れた。彼女は冷たい笑みを浮かべながら二人の間に立った。
「ほら、見なさい。これがあなたの本性よ、ユキさん。」
「沙耶……。」
ユキの瞳に恐怖と悲しみが入り混じる。沙耶は余裕のある態度でユキを見下ろしながら続けた。
「だから言ったでしょ? あなたは彼を傷つける存在だって。」
沙耶は慎一に向き直り、さらに言葉を重ねた。
「慎一さん、これで分かったでしょう? 彼女と一緒にいる限り、あなたの命は危険に晒される。彼女は自分の感情すら制御できないのよ。」
沙耶の言葉は慎一の胸を刺した。ユキを見ると、彼女は泣きながら震えている。彼女の心がどれほど傷ついているかは、慎一にも伝わった。
「でも……。」
慎一はユキの涙を見て、何かを言おうとした。しかし、沙耶がそれを遮るように手を伸ばした。
「慎一さん、もうこの場を離れましょう。彼女から距離を取るべきです。」
沙耶が慎一に近づき、優しく手を差し伸べる。
「ユキさんを救いたいと思うなら、それが一番よ。」
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ユキはその言葉を聞き、足元に崩れ落ちた。自分が慎一を傷つけてしまう存在であるという沙耶の言葉が胸に突き刺さる。そして、慎一が自分をどう思っているのか分からなくなり、彼の前に立つ勇気を失ってしまった。
「……私は……。」
声にならない言葉を呟きながら、ユキはただ涙を流し続けるのだった。
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