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第2話 クラフト

 学校は昨夜の騒動の話題で持ち切りだった。




 この世の中に、クラフトと名付けられた異能を持つ者が現れてから一世紀近くになる。

 自分の気や念や波動のようなものを練り、具現化する能力だ。

 しかしそれは子供の手品程度のちょっとしたレベルから、世界大戦を起こしかねないレベルまで、まさにピンキリではあった。


 能力を持たない殆どの人類にとって、彼らはデリケートな存在だった。能力者の全てが悪事を働くと思っている訳ではないが、力を持つ者が野望を抱かないと信じ切るには不安が付き纏う。

 未知なる者への差別や畏怖の念が、世の中に常にうっすらと漂っていた。


 国の機関に異能力管理部門が置かれ、クラフト能力者は監視対象となった。

 危険分子とみなされれば、拘束される事もある。




 そして数年前、それは突然始まった。


 一人のハイレベルなクラフト能力者が、反旗を翻したのだ。

 彼は自らをオーサー(創造者)と名乗り、エネミーポウと呼ばれる怪物を世に放った。

 ポウはpow=piece of work(作品)という意味で名付けられたらしい。

 更にはポウの下っ端エネミーはプロトタイプ(試作品)の意味でプロティと呼ぶなど、あからさまにクリエイターぶった自己満足モードが、いちいちいけ好かない悪役だ。


 クソ迷惑なんだよ……


 幹は中庭のベンチでまどろみながら、声には出さず毒づいた。




「リリ様の結界の中に、瓦礫に紛れて入り込んだ盗撮男!」

「アタオカ〜! お姿を近くで見たい気持ちは分からなくもないけど」

「でもソイツのせいでリリ様ピンチに陥ったし、許せない!」


 ピーチクパーチク。

 中庭の、幹の居るベンチからは少し離れたテーブル席で、女子生徒が興奮気味にお喋りしている。


 話題持ち切りの昨夜のニュースというのが、まさしく件のエネミーポウが市街地に現れたというものだった。




 政府異能管理部は、オーサーの放つクラフトモンスターを殲滅する手段として、やはりクラフト能力者の力を利用するしか方法がなかった。

 彼女らの言う「リリ様」とは、「クリスタル・リリ」の通り名で呼ばれるA級クラフトファイターの事である。


 クラフトは能力者によって色や形や特性が異なる。

 リリのクラフトは基本クリスタルのように透明で、植物の形を成す事が多い。

 接近戦よりは弓や鞭など距離を取った飛び道具的な武器を生成して戦い、他にいばらを張り巡らせた結界を作るのが得意だった。

 市街地に現れたモンスターとの戦闘を結界の中で繰り広げ、人や建物に被害が及ばないようにするのだ。


 しかし昨夜の戦闘時、その結界の中に一般人が紛れ込んでいたのだ。

 出来るだけエネミーポウに近寄り、その足元の瓦礫に身を隠した男は、まんまとリリの生成する結界に瓦礫ごと取り込まれる事に成功した。


 ファイターたちは、自らのクラフトで生成されたバトルスーツやマスクやゴーグルを装着している。身を守り、身バレを防ぐためだったが、そうして全身を覆っても尚、クリスタル・リリは麗しいファイターであった。




 ファイターがモンスターと戦う様子はドローン中継されている。

 当初それは、モンスターもファイターも監視対象である事から、データ取得を目的とした撮影であった。しかし、一般に向けて中継した事により、思わぬ副産物を生んだ。

 リリのようなスターが現れる事で、オーサーとの戦いが娯楽の一面を持つようになったのである。


 自分の生活が、いつモンスターに脅かされるか知れない世の中で、人々の心が疲弊しないようにとの政府の思惑がそこに乗っかった。

 テレビ画面では煽るようにアナウンスが盛り上げた。そうしている内に、ヒーロー成分を付与するように「通り名」が付けられ広まって行った。




 結界に入り込んだ男は、クリスタル・リリの熱狂的ファンであった。彼女の戦う姿を盗撮するのが目的だったという。


 しかし、その存在に気付いたエネミーポウが男を狙った。


 ダイオウイカを模したようなエネミーポウは、触手をくねらせ男を捉えようとする。また別の触手からはクラフト弾も放たれ、リリを阻もうとする。


 リリは蔓の鞭で触手を払い、クラフト弾の攻撃を防ぎながら男に逃げるよう促したが、わずか数メートル先まで来たリリに興奮状態の男は聞く耳を持たない。


 やがて追い詰められ--


 リリは男を庇ってエネミーポウのクラフト弾を受けた。


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