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第7話 本部

 その存在は誰もが知っているが、それが何処なのかは誰も知らない--


 所属の異能力者と一部の政府関係者のみが出入りする「異能管理部」である。

 所属の異能力者とはつまり、監視対象でもあるクラフター達だ。




「大変だったよ〜。やってくれたなマジで……」

 無数のモニターの前で苦笑しながら、二十代半ばの青年が振り返った。

 明るい髪色の毛先をちょっと遊ばせた、イマドキの兄ちゃんだ。


「すみません」

「緊急事態でしたので」

 幹と美百合が、全く反省の色のない声で言う。


「……んだよね。分かってる、しょうがなかったんだもんね〜」

 青年は情けない顔で笑いながら、ガクッと肩を下とした。

「けど君ら、自分の人気度をもうちょい自覚しといてくれ……」


 言ってる側から、モニターで警報音が鳴る。なぜか犬の吠え声だった。

「はい検挙。懲りないねぇ……」

 コンソールに手を乗せてクラフト処理をする。




 クラフトファイターを始めとする所属クラフター達は、モンスター殲滅の任務に支障をきたさないよう、ある法律で守られている。

 異能力情報保護法--

 クラフターの本名や住所、学校、職場などの個人情報を知る事になっても、それを他言・拡散してはならない。というものだ。


 インターネットに流そうとすれば、その人の持つSNSアカウントは全て強制停止の措置が取られる。

 電波や電話はもちろん、今やどこにでもある監視カメラを通じて、アナログ--つまりフェイス・トゥ・フェイスの会話さえも、クラフターの個人情報に触れた途端に作動するクラフトウイルスが仕込まれている。

 会話中の違反者に対して、瞬時に拘束具と口を塞ぐマスクが転送され、強制装着後、警察に通報されるのだ。




 そして、このモニター前で溜息をついている彼は、クラフターネームをチェイサーと言う。本部内勤のクラフターで、そういった違反者を見つけて処理する能力者であった。

 もう一人、セイバーと呼ばれるクラフターと交代でこの任務にあたっている。

 先程モニター前で鳴った警報音が犬の吠える声だったのは、ネットや電波の中を嗅ぎ回るように違反者を探知する彼らのクラフトが、「警察犬」と呼ばれているからであった。


「君らがバトルスーツ姿になった瞬間から十秒以内に六十四人が処理対象だよ。高校生の拡散衝動を舐めちゃいかんとビビったね」

 あいつらスマホと一体化した体を持ってるに違いない……とボヤく。

「俺の優秀なワンコたちが頑張りましたけどね」


「お世話になりました」

「感謝しております」

 幹と美百合の気持ちのこもらない声。


 チェイサーは小さく舌打ちした後、ニヤリと意地悪な笑みを寄越した。

「明日から学校で大変だからな、ざまぁ〜」


 チェイサーの強烈なカウンターに、ふたりは顔を見合わせてため息をついた。




「ゼブラ、リリ、部長室に来いって」

 メインモニター前のスタッフが二人を呼ぶ。


 チェイサーとセイバーのデスク前に並ぶたくさんのモニターは、違反者を取り締まるための物だったが、ホール中央の巨大なメインモニターとそれを取り囲む無数の小型モニターは、各地でバトル中のクラフトファイター達を追う物だ。


 バトル後に本部に呼ばれたのは、チェイサーのボヤキを聞くためではもちろんなく--かと言って、上からお叱りを受ける程の失態でもないはずだ。


「やはり、更衣室をお借りするべきだったとでも言われるのかしら?」

 美百合が肩を竦めてコソッと言う。

 いや、被害を出さないための決断に間違いはなかった。幹はそう思っていた。


 微妙な笑みを返して、連れ立って部長室へ向かった。




 相変わらず表情の読めないカタブツ顔の中年男が、この部屋の主だ。


「ご苦労だった。チェイサーには文句を言われただろうが……」

 異能管理部長の小笠原は、彼らを監視する側の人間である。


「が、よく食い止めてくれた。君らの戦いを評価してくれた企業がスポンサーを申し出て来たよ」

「スポンサー……ですか?」


 トヨモト自動車と言えば、世界に名を馳せる有名企業だ。

 そこが、ゼブラとリリのスポンサーに名乗りを上げたという。


「しかし、我々は政府異能管理部所属。個人的に支援を受ける訳には……」

 幹が疑問を口にする。

「受けておけ。上の許可は取った」

 あっさり遮る小笠原。


 二人はバトルスーツ姿で先方へお礼の映像メッセージを送り、解放された。




 ゼブラとリリがバトルモードに入った際、中継映像の片隅にトヨモト自動車のロゴを貼るだけ。後はいつも通りモンスター殲滅に力を尽くせば、それぞれ報酬を受けられる。

 異能管理部所属のクラフターは公務員も同じである。それなのに外からの報酬が許可されるとは。


「ファイターとして力をつければ、同じだけ危険分子として警戒レベルも上がる」

 部長室を出て廊下を歩きながら幹が言う。

「甘い汁を敢えて吸わせる事で、ココを裏切れなくしようとしてるんだろう」


 美百合は肩を竦めた。

「甘くも何ともなくてよ」

 お嬢は金なんかに目がくらまない。

「こんなに働いているのに、ずっとどこか疑われている。無礼なお話ね」


 そう言えば……と思い出し、幹はちょっと声色を変えた。


「君だって、初めは俺を監視対象としてしか見てなかっただろう?」

 苦笑しながら言うと、美百合はバツが悪そうに頷いた。

「あなたがおかしな動きをしたら検挙制圧するんだって、逆に自分は決して揚げ足を取られてはならないって、ライバル心でピリピリしていました」


「急に、そうじゃなくなった……?」

 ここ数日前からの疑問だったのだ。

 幹を追って転校までして来るなんて、理由が分からなかった。


 美百合は、ふふっと笑ってスマホを操作した。待ち受け画像をこちらに向ける。


 月明かりをバックに、サイレント・ゼブラがクリスタル・リリを胸に抱き締めていた。

 消えかけのいばらの結界が良い感じにキラキラを演出していて、絶妙な幻想的美しさだ。


「私はあの時気を失っていたけれど、後で知りました……」

 美百合は赤らんだ頬を手で押さえてモジモジと言う。

「こんな大事そうに抱いて下さるなんて……」


 抱っ……言い方〜〜〜!


 幹は食らったように右手で顔を覆う。


「たとえ危険分子でも構わない、何処までもあなたについて行きましょうと……」


 とてもじゃないが聞いていられない。

 モジモジしている美百合を放って、幹は足早に歩き出す。


「てか、危険分子じゃないからね!」


 大事な一言は振り返って忘れずに言い置いた。


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