チェイサーが予言した通り、学校で幹を取り巻く状況は確かに変わった。
しかしながら、それを話題には出来ないため、もどかしい空気が周囲に厚く漂う。
すでに何人もの生徒が全SNS垢BANの憂き目に合っていたし、拘束具とマスク姿で警察に連行されたりしていた。
そういう者らに対して少々の罪悪感を持たないでもないが--いや、と幹は頭を振る。
口は災いの元。指先の誘惑は転落の元。
法律違反だと知っていた筈だ。拡散欲に負けた方が悪いのだ。と思いたい。
あの時、幹と美百合がバトルスーツ姿になった瞬間を見ていなかった者は、校内のこの雰囲気を異様に感じながらも、原因については想像力に頼るしかなかった。
垢BAN組や連行組が続出した事で、クラフターの個人情報案件なのだろうと予想し、そしてあの日校庭でモンスターと対峙したのがゼブラとリリだというのは周知の事実で。更には、この学校には突然皆の接し方が激変した地味なモブと、そこに寄り添う麗しのお嬢がいて--
妄想から辿り着く答えはかなりくっきりとそこにあるけれど、誰とも答え合わせが出来ない。
空気を読む。できる事はそれだけだった。
案外よく出来たシステムなのかも知れない……と、幹はプラスに考えるよう努力していた。
当初は、脳ミソ弄って記憶を操作する……なんて案もあったそうだが、そんな物騒な手を下すくらいなら、法律で取り締まり、クラフターの日常生活がゆるっと守られる今の状況で良しとしよう。
そんな事を思いながら、いつもの中庭のベンチに座っていた。
視線を感じて、ふと顔を上げると、きゃあっ! と黄色い声が上がった。
「知らなかった知らなかった知らなかったって……!」
「ミッキーまさかの地味にイケメン枠」
「なんで今まで見過ごしてた?」
中庭常連のテーブル席四人組女子だ。
声を殺して囁き合っているつもりのようだが、アホほど聞こえて来る。
しかもちょいちょい悪口混ざってるし……
幹は溜息をつく。
自分も美百合も現在同じ状況に晒されている訳だが、彼女の場合は「憧れの麗しのお嬢様」が「憧れの麗しのリリ様」だったというだけで、それはただの「納得」を生んだくらいで、差ほどの弊害は無いように思われる。
自分の方が明らかに「やりにくい」状況に追いやられている事に、不公平感を覚えずにはいられない。
「大変そうだな」
言いながら平岡と小野がやって来た。
流れ作業のように四百円と焼きそばパン二個がトレードされる。
「長年積み上げてきたモブの実績が台無しだ……」
普段ほとんど喋らない幹が、溜息混じりに零す。
平岡はどこか嬉しそうに笑った。
「だけどパシリはこなすんだもんな……ビックリしたぜ、お前から『今日も二個でいいのか?』なんて、訊かれると思ってなかったからよ」
「パシリの鑑……」
「トレーニングだからな」
幹の答えに、二人はなるほど、と頷いた。
「そういや三年の荒木たち、あれから何か言って来たか?」
「いや……」
「ヤバイ奴に絡んでしまったって、ビビりまくってるってウワサ聞いた。イズモンに会わないよう逃げ回ってんでしょ」
いい気味だ……と、情報通の小野が笑いながら言う。
「あの時は嫌な思いをさせてしまって悪かったな……」
幹がボソッと言う。
「気にすんな」
と答えた小野を平岡が手の甲ではたく。
「お前が言うな」
幹がフッと小さく吹き出して、三人でクスクス笑った。
「幹の仲良しさんですのね? いつもここで一緒にパンを召し上がっていらっしゃるわね……」
らしくないほのぼのした空気漂う三人の前に、にこやかに美百合が現れた。
その背後から四人の女子が、ソワソワとこちらを伺っている。美百合と仲良くしているクラスメイトだ。
五人はいつも、温室や花壇のある校舎東側のスペースでランチ会をしていて、食事を終えて教室へ戻るところらしい。
「美百合さんキターーー」
「二人揃うと圧倒されちゃう」
「尊い……」
「どうしよう震える」
中庭テーブル席の常連四人組女子もソワソワと浮き立っている。
「俺ら、仲良しさん……?」
平岡と小野が顔を見合せて、幹を窺う。
やっぱり美百合に気圧されてソワソワ感満載だ。
幹は可笑しくなって、またクスクスと笑った。
「そう……焼きそばパン同盟の仲間……」
笑いながら言う。
平岡と小野が、ぱぁっと表情を輝かせた。
「お、おう……」
「仲間っす」
柄にもなく照れた二人の様子に、幹は耐えられなくなって、ついに声を立てて笑った。
地味男が初めて見せる、明るい声と笑顔だった。
その場にいた全員が(平岡と小野も含む)思わず見惚れてしまう鮮烈さだった。
「なんてチャーミングなんでしょう……」
うっとりと言った美百合に、全員が(平岡と小野も含む)うっとりと頷いたのであった。