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第8話 続・焼きそばパン同盟

 チェイサーが予言した通り、学校で幹を取り巻く状況は確かに変わった。

 しかしながら、それを話題には出来ないため、もどかしい空気が周囲に厚く漂う。


 すでに何人もの生徒が全SNS垢BANの憂き目に合っていたし、拘束具とマスク姿で警察に連行されたりしていた。

 そういう者らに対して少々の罪悪感を持たないでもないが--いや、と幹は頭を振る。


 口は災いの元。指先の誘惑は転落の元。

 法律違反だと知っていた筈だ。拡散欲に負けた方が悪いのだ。と思いたい。




 あの時、幹と美百合がバトルスーツ姿になった瞬間を見ていなかった者は、校内のこの雰囲気を異様に感じながらも、原因については想像力に頼るしかなかった。

 垢BAN組や連行組が続出した事で、クラフターの個人情報案件なのだろうと予想し、そしてあの日校庭でモンスターと対峙したのがゼブラとリリだというのは周知の事実で。更には、この学校には突然皆の接し方が激変した地味なモブと、そこに寄り添う麗しのお嬢がいて--


 妄想から辿り着く答えはかなりくっきりとそこにあるけれど、誰とも答え合わせが出来ない。

 空気を読む。できる事はそれだけだった。


 案外よく出来たシステムなのかも知れない……と、幹はプラスに考えるよう努力していた。

 当初は、脳ミソ弄って記憶を操作する……なんて案もあったそうだが、そんな物騒な手を下すくらいなら、法律で取り締まり、クラフターの日常生活がゆるっと守られる今の状況で良しとしよう。


 そんな事を思いながら、いつもの中庭のベンチに座っていた。




 視線を感じて、ふと顔を上げると、きゃあっ! と黄色い声が上がった。


「知らなかった知らなかった知らなかったって……!」

「ミッキーまさかの地味にイケメン枠」

「なんで今まで見過ごしてた?」


 中庭常連のテーブル席四人組女子だ。

 声を殺して囁き合っているつもりのようだが、アホほど聞こえて来る。


 しかもちょいちょい悪口混ざってるし……


 幹は溜息をつく。


 自分も美百合も現在同じ状況に晒されている訳だが、彼女の場合は「憧れの麗しのお嬢様」が「憧れの麗しのリリ様」だったというだけで、それはただの「納得」を生んだくらいで、差ほどの弊害は無いように思われる。

 自分の方が明らかに「やりにくい」状況に追いやられている事に、不公平感を覚えずにはいられない。




「大変そうだな」

 言いながら平岡と小野がやって来た。

 流れ作業のように四百円と焼きそばパン二個がトレードされる。


「長年積み上げてきたモブの実績が台無しだ……」

 普段ほとんど喋らない幹が、溜息混じりに零す。

 平岡はどこか嬉しそうに笑った。


「だけどパシリはこなすんだもんな……ビックリしたぜ、お前から『今日も二個でいいのか?』なんて、訊かれると思ってなかったからよ」

「パシリの鑑……」


「トレーニングだからな」

 幹の答えに、二人はなるほど、と頷いた。


「そういや三年の荒木たち、あれから何か言って来たか?」

「いや……」


「ヤバイ奴に絡んでしまったって、ビビりまくってるってウワサ聞いた。イズモンに会わないよう逃げ回ってんでしょ」

 いい気味だ……と、情報通の小野が笑いながら言う。


「あの時は嫌な思いをさせてしまって悪かったな……」

 幹がボソッと言う。

「気にすんな」

 と答えた小野を平岡が手の甲ではたく。

「お前が言うな」


 幹がフッと小さく吹き出して、三人でクスクス笑った。




「幹の仲良しさんですのね? いつもここで一緒にパンを召し上がっていらっしゃるわね……」

 らしくないほのぼのした空気漂う三人の前に、にこやかに美百合が現れた。


 その背後から四人の女子が、ソワソワとこちらを伺っている。美百合と仲良くしているクラスメイトだ。

 五人はいつも、温室や花壇のある校舎東側のスペースでランチ会をしていて、食事を終えて教室へ戻るところらしい。


「美百合さんキターーー」

「二人揃うと圧倒されちゃう」

「尊い……」

「どうしよう震える」

 中庭テーブル席の常連四人組女子もソワソワと浮き立っている。


「俺ら、仲良しさん……?」

 平岡と小野が顔を見合せて、幹を窺う。

 やっぱり美百合に気圧されてソワソワ感満載だ。


 幹は可笑しくなって、またクスクスと笑った。

「そう……焼きそばパン同盟の仲間……」

 笑いながら言う。


 平岡と小野が、ぱぁっと表情を輝かせた。


「お、おう……」

「仲間っす」


 柄にもなく照れた二人の様子に、幹は耐えられなくなって、ついに声を立てて笑った。


 地味男が初めて見せる、明るい声と笑顔だった。


 その場にいた全員が(平岡と小野も含む)思わず見惚れてしまう鮮烈さだった。


「なんてチャーミングなんでしょう……」

 うっとりと言った美百合に、全員が(平岡と小野も含む)うっとりと頷いたのであった。


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