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第11話 共闘

 月曜日。

 幹と美百合が揃って花京院家の車から降り立った事で、朝の学校は騒然となった。


 教室の自分の席に着いた幹の所へ、平岡がそっと寄ってきた。

「なんかよ、同棲してるらしいとか、婿養子に入るんじゃないかとか、いろんな説が出回ってるけど?」


 はぁぁぁ〜?!


 幹の複雑極まりないビックリ顔に、平岡は、あ〜はいはい……と頷いた。

「外野の勝手な考察ってヤツね?」

 幹がコクコクと頷くと、平岡は気の毒そうに幹の肩をポンポンと叩いて去って行った。


 ああもう、お家帰りたい。


 幹はモブなのだ。注目なんかされた事のない、プロのモブなのだ。

 勝手に騒がないで欲しい。静けさを返してくれマジで。


 登校と同時に萎えまくっていたら、ポケットでスマホが震えた。




 メッセージにはただ座標のみが記されていた。


 幹が立ち上がると同じタイミングで美百合も立ち上がり、バチリと目が合った。

 小さく頷き合い、同時に踵を返す。


 ふたつの流れ星が、校舎の屋上から飛び立った。






 座標地点へ急ぐと、巨大な赤いドーム状の結界があった。


《赤丸(あかまる)、ゼブラとリリが入る》

 移動途中から案内するように加わって並走していたドローンが、結界内のファイターに呼びかける。


《ゼブリリだぁ? 要らねえよ!》

 赤丸の面倒そうな返事。


 俺らゼブリリとか呼ばれてんの?

 てか、そこ圧されてんじゃないの?


《赤丸〜だめですぅ! 援軍来てくれたのにぃ》

 バディ折姫(おりひめ)の泣きそうな声が赤丸を嗜める。


 ほらやっぱり。


「子供じみた意地はおやめなさい。結界、外から破壊しても良くて?」

 リリが冷たく言い放つ。

 現在、結界師としてリリの能力を上回るファイターはいない。とはいえ、目の前で、あまりに呆気なく自分の結界が壊されては立ち直れないだろう。


 赤丸、意地と自尊心のせめぎ合い。

《クソっ》

 声と同時に結界の一部が揺らいだ。

「侵入」

 ゼブラの合図で二人は結界内へ飛び込んだ。




「これは……」


 結界内は音で溢れていた。

 空間上に五線譜が波打つように張り巡らされ、その音符を追うようにピアノの音が鳴っている。


 巨大なグランドピアノの鍵盤の上で、手首から先しかない両手が、高速でそれを演奏している。

 ホラー映画にでも出てきそうなエネミーポウであった。


「攻撃を仕掛けても音が止まないんですぅ。どんどん楽譜が伸びて、埋め尽くされそうです〜」

 和柄の折鶴に乗った小柄な少女「折姫」が寄ってきて、泣きそうな様子で言う。


 彼女は折り紙型のクラフト使いだ。

 自身の好みなのだろう、見た目は千代紙のような可愛らしい和柄が主だ。しかしながら、紙ではなくクラフトである。攻防共に強度は十分だった。


 ビー玉ほどの赤い弾丸を撃ち込みながら赤丸が移動して来る。

「だぁっ! クソっ!」 

 ピアノを弾く手が、弾丸をいとも容易く払い除けた。


 血の気の多いファイター「赤丸」は、その名の通り「赤くて」「丸い」クラフトを生成する。それは米粒サイズからドームまで大きさも様々、ペラペラの平面の円から球体まで、とにかく「赤くて丸い」専門なのだ。

 移動手段である空飛ぶ絨毯みたいなペラペラ系クラフトも、もちろん赤い円形だ。


「どっから攻めれば良いんか分からんっ!」

 イライラした様子で言う。


「そもそも何が目的のモンスターなのかも不明だな……」

 ゼブラが言うと赤丸は首を横に振った。

「ずっと聴いてると気が狂うぜ。音の洪水だ」




「この曲なら、知っています……」

 機械のように正確に弾く事のみを目指している演奏家--

 そんな弾き手のイメージを感じ取りながら、じっと耳をすませていたリリが、ピクリと反応した。


「ミスタッチ……」


 呟いた途端、黒い音符のひとつが色を失った。

 すかさずゼブラが、その白い音符をクラフト弾で撃ち落とす。直感だった。


 音符がひとつ抜けた影響か、まるで雪崩を起こすかのように楽譜の一段が崩れて消えた。




 攻略法を見出したファイター達が、勢いよく空間に散った。


 リリはクリスタルの花びらをホバリングさせたまま、目を閉じた。

 攻撃は三人に任せ、聴覚を研ぎ澄ませる。


「ミスタッチ」

 赤丸の赤いパチンコ弾が音符を弾き飛ばす。


「ミス、ふたつ!」

 ゼブラの白クラフトと、折姫の紙飛行機が隣合った音符を撃ち抜いた。


 楽譜が次々と雪崩を起こす。


 ピアニストモドキのエネミーポウは焦ったかのようにコントロール力を失い始め、ミスタッチが多くなって行く。

 動揺してテンポも一定ではなくなる。

 赤丸の言う「気が狂いそう」な要素が増して、耳を塞ぎたくなる。


 それでも、聴く事のみに集中したリリに取りこぼしなくミスを指摘され、結界内の五線譜は次第に形を成さなくなってきた。

 鍵盤の上で忙しなく踊っている両手が、ブルブルと震えている。


 やがて、ミスタッチを繰り返す音の鍵盤が抜け落ち始めた。

 ひとつ、ふたつ……と、盤上が歯抜けになって行く。


 手が動いても鍵盤が無い。

 ミスを指摘される。

 音符が撃ち落とされる。

 楽譜が崩壊して行く。


 ワナワナと震えた両手が、弾く力を失ったかのように薄れ、消えて行く。

 ピアニストモドキの咆哮と共に。


 弾く手が無くなれば、楽譜をこなす音も無くなり、全ての音符が色を失って行く。

 ファイターたちのクラフトが、白い音符を残さず撃ち落とす。


 巨大なグランドピアノが鍵盤をバラバラと散らしながら薄れて、ゆっくりと消滅して行った。


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