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第13話 転送系ワームホール

 和やかな談笑がピタリと止む。

 漂って来る不穏な空気を感じ取り、全員が同時に立ち上がった。


「さっき乗ったジェットコースターの辺りだな……」

 獅子丸が視線を泳がせながら呟く。

「偵察機飛ばしますぅ」

 千代が千代紙の小さな折り鶴を放った。

 目を閉じて聞き耳を立てる。折り鶴は辺りの音や声を拾う集音器のようだ。


「コースターが……帰って来ないって言ってます……乗客ごと消えたって……」


 乗り場でゲストを乗せたコースターは、アトラクション内をぐるりと回って降り場へ到着。ゲストを降ろし、空になったコースターがまた乗り場へ戻って来る……というのが、どこのテーマパークでも当たり前のシステムだ。

 件のコースターは六人乗りの小型の物で、等間隔で次々と打ち出されていた。

 それがアトラクション内のどこかで忽然と消えたという事らしい。


「転送系ワームホールか……?」

 幹の呟きに皆が頷く。

 巨大なエネミーポウや大量のプロティーを送り込んで来るオーサーなら、何台ものコースターを別の場所へ転送させる事くらい可能だ。


「行こう」

 動こうとする皆を、美百合が止めた。

「待って。これを……」

 差し出したのはクリスタルのイヤーカフだった。


「前回ご一緒した時に思ったの。離れても意思疎通できるようにすべきだって……」

 バディとふたりなら阿吽の呼吸という強みもあるが、人数が増えると連絡を取り合える方がより安全だ。


「耳に装着するだけで相互通信できます。スタート時はボリューム最小だから、ノックして調節してね」


 言われるままにイヤーカフを耳に着け、指先でトントンとノックする。


「これ、クラフト?」

 幹の問いに美百合が頷く。

「そう。だから私が倒れたら使えなくなります」

「縁起でもない事言わないの」

 幹の困ったような反応に、美百合は満足気にフフっと笑った。


 パークのこのエリアのテーマカラーが黄色なのか、建物やテラスのパラソル、装飾品なども黄色い物が沢山ある。

 千代が、風景に紛れる黄色い日除けのシェードを壁際に張った。彼女が生成した和紙状のクラフトだ。


「お着替えはこちらでどうぞ〜」

 スタッフのように案内してくれる。


 四人揃ってシェードの影に入る。


 数秒後。シェードがホロホロと解けるように消えると、四人のクラフトファイターが飛び出して行った。




 予想した通り、ジェットコースターのアトラクション内に分岐が出来ていた。

 転送ワームホールが開き、分岐のレールがそちらへ延びている。

 虫食い穴というより、チューブ状の通路がどこかへ続いていた。


 ファイター達が到着したのを察知したように、ワームホールが閉じようとし始めた。


「まずい!」

 ゼブラがスピードを上げる。

 閉じられてしまっては転送先を見失ってしまう。

「行って! 私がワームホールを維持します」

 リリが入口に留まり、いばらの結界をワームホール内壁に沿って展開する。

 チューブは結構長い。巨大な生き物の腸内にでも入った気分だ。


 リリの結界が内壁と成った事で、オーサーのワームホールは閉じるに閉じられない。いばらの結界を砕こうと、締め付けるような動きをする。パラパラといばらが砕けるのを、リリが補強して留める。

 力が拮抗していた。

 リリは結界をより強固に生成するため、集中力を高める。

 移動は諦めた。




《赤丸。私はワームホールで手一杯です。そちらの結界は頼みます》

 リリの緊迫感漂う声に、三人はピリっと緊張する。


 ワームホールを抜けた。

 レールがぐにゃぐにゃとうねる空間を五台のコースターが走っていた。

 乗客の悲鳴が響く。


 リリのいばらの結界がこちらの空間入口にまで達して、未だワームホールがテーマパークと繋がっている事が見て取れる。

 赤丸はリリのいばらと手を繋ぐように赤い結界を展開する。これ以上レールが延びないよう、結界で空間を閉じたのだ。


「乗客を……いや、コースターをレールから降ろそう」

 ゼブラが言う。

「そんな事……」

 出来るのか?……と言おうとした赤丸の目の前からゼブラが消えた。


 レール上をクネクネと走る1号コースターの鼻先で、ゼブラは乗客に話しかける。

「救出します。どうか落ち着いて」

 超人気A級クラフトファイターの出現に、恐怖で叫び続けていた乗客が、一瞬で呑まれる。

 マスク越しでもわかる魅力的な笑みをフッと投げられて、何が何だか分からないキュンを食らっているうちに、六人乗りのコースターは黒いクラフトの繭に包まれた。

 ゼブラはその繭の下部に白クラフトを履かせてレールから浮かせる。

 強度の高い黒クラフトの繭は保護のため。飛び道具の白クラフトは移動のためだった。


 小型コースターとはいえ、重量はかなりの物だ。それを浮かせてしまうとは。

「スゲェ……」

 思わず見とれてしまった赤丸だったが、我に返り、赤いマットを拡げて繭と白クラフトを下から支えた。


 無事に地面に降ろした所でクラフトを解き、ゼブラは2号コースターへ取り掛かる。


「仕事早え」

 これがA級か……と力の差を感じながら、赤丸も食らいつく。

 一緒に飛んで、コースターを前後から支え上げた。


 折姫が、レールから脱したコースターの乗客を、自らの折り紙クラフトの船に乗り移るよう誘導する。

 和柄の可愛らしい船は、穏やかな速度でワームホールからパークへと戻って行く。

《リリさん、救出した乗客を戻しますぅ。スタッフさんに引き継いで下さい〜》

《了解》


 リリはワームホールの維持にかかりっきりになっていた。パークスタッフへの伝言は、本部ドローンに頼んだ。


 ゆっくりとワームホールを戻って来たクラフト船の乗客は、アトラクション降り場で待機していたパークスタッフに無事保護された。


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