23日午後11時45分頃、樺山市西区の地下鉄車内で、乗客から車掌に「人が倒れている」と連絡があった。樺山西署員が調べたところ、24人の乗客が刃物のようなもので切られていた。全員、病院に搬送されたが、18人の死亡が確認された。6人が意識不明の重体。
同署は殺人事件とみて捜査を進めている。
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「みなさん、おはようございます! きょうもピカピカ! モーニングげんきの時間です! MCのTAKAです! きょうもよろしくお願いしま〜す!」
民放というのは、なぜこんなに早朝から騒がしいのだろう。確かに元気がないよりあった方がいいかもしれないが、目を覚ましたばかりの視聴者が、こんなに高いテンションについていけると思っているのだろうか。
MCに起用された若手芸人は青、赤、白という、まるで米国の国旗のような派手なスーツを着て張り切ってしゃべりまくっている。「一刀両断!」という一発ギャグが受けて、とんとん拍子に出世したピン芸人だが、一度、自分の放送を録画して見てみるといい。この時間にこのテンションについていけるのは、頭のおかしいやつだけだとすぐにわかるはずだ。
「さて、今朝は朝一番から、ちょっと怖いニュースです」
今朝は朝一番という表現はおかしい。朝一番だけで十分だ。日本語をもっと勉強した方がいいだろう。
トップニュースは昨夜、樺山市営地下鉄で起きた大量殺人事件のニュースだった。一夜明けたばかりで、視聴者に開示できる情報がほとんどないようだ。中身はスカスカだった。とはいえ、これからも多くの人が通勤や通学で使う公共交通機関で起きた衝撃的な事件とあって、真っ先に取り上げないわけにはいかない。必然的に司会者と解説者は、想像を多分に含んだ与太話をせざるを得なくなる。
「いや〜、怖いですね。どうですか、解説の山河さん」
山河陽一は樺山女子大学の准教授だ。専攻は社会学。40代前半と研究者としては若手なのだが、ポップカルチャーから歴史、心理学など多方面に渡って博学で、若者が読みやすい著書も多く、マスコミへの露出が多い。この番組の解説者は、2年目になる。自身の勤め先の地元で起きた事件だけに、もちろん番組に入る前から興味は持っていた。ただ、情報が圧倒的に足りない。
「怖いですね。亡くなられた被害者の方、遺族の方の心痛を思うと、やりきれないですね。早く犯人が捕まることと、6人の方が助かることを祈るばかりです」
よし、当たり障りのないことを言ったぞと言わんばかりの、安堵の表情を浮かべる。だが、芸人TAKAの直感は、この事件を〝捕まえて〟おいた方がいいと告げていた。おそらく、視聴者の興味を引く話に発展していく。何より「一刀両断!」で出世を勝ち取った自分が、刃物沙汰の事件を軽く扱うわけにはいかないという、変な自負があった。
「今朝も多くの方がこの路線を使って出勤や登校をされると思うのですが、事件があったばかりで怖いですよね? 山河さん、犯人の目的はなんなのでしょう? そして、われわれはどのようにして、このような惨劇を防げばいいのでしょう?」
情報がほぼゼロの状態で、ろくな答えができるわけがない。それでも、ここで気の利いたことをしゃべるのが解説者の仕事だ。山河は軽く苦笑いしながら、口を開いた。
「そうですね。無差別殺人のようにも見えますし、計画的な犯行のようにも見えますし、警察の捜査を見守るしかないですね。身を守るためには、われわれも普段から周囲を見回して、怪しい人がいないかどうか、確認することしかできないのではないでしょうか」
TAKAの野郎、ムチャ振りしやがる。「ここで君の持ちネタでもやってみたらどうだ?」とか振ってやろうか。「一刀両断!」なんて、この事件については口が裂けても言えまい。後で嫌味の一つでも言っておかないと、気が済まない。山河は心の中で毒づいた。
だが、TAKAの予想に反してこの事件が取り上げられたのは、発生から3日後までだった。即死しなかった6人が相次いで死に、逃げた犯人の行方はわからず、警察からの新規の発表もなく、報道するネタがなくなってしまったのだ。
地下鉄の利用者は事故直後こそ「怖いね」とスマホに目を落としっぱなしにすることを避けていたが、すぐに事件のことなど忘れて、またスマホに没頭した。警察も発生直後は駅周囲やホームに警察官を配置して抑止力を発揮していたものの、1週間ほどでそれも撤退させてしまった。
そしてそんな希薄な警戒心を嘲笑うかのように、3週間後に再び地下鉄車内で大量殺人事件が起きる。今回の犠牲者は26人だった。