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第8話 手入れ

 その後、前回の和室に移動して、改めて足利さんから妖刀について聞かされた。


 名前の通り武蔵は宮本武蔵、小次郎は佐々木小次郎の生まれ変わりだった。小さな女の子、若い女性と性別も年齢もバラバラなのだが、その理由はわからないらしい。普段はこうして人間の姿をしていて、戦う時には刀の姿になる。もちろん、そのままでは地面に転がっているだけだ。誰かがそれを手に取って振らないとないといけない。その誰かのことを、妖刀使いという。


 「えっ、ちょっと待ってください。戦うんですか?」


 口を挟むタイミングではなかったが、思わず聞いてしまった。だって、刀なんてものを手にして戦うとなれば、命懸けではないか。


 ちゃぶ台を挟んで手前に僕と武蔵、向こう側に足利さんと小次郎が座っていた。小次郎は前回と同じ、紺色の着物姿だ。ちゃぶ台の上には小次郎が淹れてくれた緑茶の入った湯呑みが人数分、置いてある。


 「ああ、昔はそうだった。だけど、今は戦う機会がほとんどない。ほとんどというか、全くない。だから、戦うことはないと思ってもらって構わない」


 武蔵が何か言いかけたが、足利さんは「シーッ」と言ってそれを押しとどめ、一方で不安がる僕をなだめた。


 「現在の妖刀使いの仕事は、この子たちの世話なのだ。武蔵から聞いたと思うが、刀は手入れをしてやらねば錆びてしまうからな」


 そこまで話すと、足利さんは湯呑みを取り上げて、ズズズッといい音をさせてお茶をひと口、すすった。


 「時に佐々木くんは、居合か剣道の心得はあるかな?」


 「ありません」


 そういう話になるのではないかと思っていた。残念ながら、どちらもない。中学校や高校で剣道部が活動しているのを横目で見たことはあるが、竹刀を握ったことはなかった。


 ただ、ただし。


 「全く別物かもしれませんが、学生時代にフェンシングをやっていました」


 「ほう、西洋剣術か」


 そうなのだ。僕は大学時代、フェンシング部に所属していた。高校時代は水泳部で全く縁はなかったのだが、他の部活を見学に行った時に初めて見て「どうせやるなら、大学時代にしかできないような珍しいスポーツをやろう」と思って、飛び込んでしまった。大した選手ではなかったが、4年生春に引退するまで、サボることなく地道に活動した。


 「フェンシングというのは、刀の手入れはするのかね?」


 足利さんは興味津々といった表情で聞いてきた。


 「はい。刀というか、剣ですね。手入れをします」


 フェンシングの剣は、精密機械っぽい。詳しい説明は除くが、電気審判機で判定をするので、電気を通すための電線や部品がたくさんついている。そういうもののメンテナンスはもちろん、錆を落としたり、ナットを締め直したりと日々の手入れは欠かせない。


 「そうか。まあ、似たようなものだろう。ヨシ、では早速、手入れの仕方を教えよう」


 足利さんは立ち上がって「では、小次郎」と声をかけた。不意をつかれたのか、半分寝たように静かになっていた小次郎は、弾かれたように目を上げた。


 「え? なんでしょう?」


 「今から佐々木くんに手入れの仕方を教えるから。支度しなさい」


 「えっ! いきなりですか?」


 驚いて少しのけぞる。そして、見る見るうちに顔が真っ赤になった。刀の手入れをするのに、その反応は一体、なんなんだろう。


 「いきなりもなにも、どうせいずれはやらなきゃいけないんだ。さあ、佐々木くん、行こう」


 そういうと、足利さんは先に立って部屋を出ていく。訳がわからないまま、ついていくと武蔵と小次郎もついてきた。


 「ふっふっふ〜。アキラは平静でいられるかな?」


 武蔵は頭の後ろで手を組んで、ニヤニヤと笑っている。アキラって誰だ? 僕のことなのか?


 「平静でいられるって、どういうこと?」


 「まあ、やってみればわかる」


 着いたのは風呂場の前だった。足利さんは、僕が見ている前で作務衣とジーパンを脱ぎ捨てる。ジーパンの下は白い褌だった。そして僕にも「パンツ一丁になった方がいいな」と促した。


 なんなんだ。なぜ刀を手入れするのに、風呂場なのか? そしてなぜパンツ一丁? 小次郎ちゃんの前でズボンを脱ぐことがわかっていれば一番、きれいなパンツを履いてきたのに。そんなことを思いながらTシャツを脱いでチラリと小次郎の方を見て、思わず「うわあ」と声を上げてしまった。


 小次郎も着物を脱ぎ始めていたからだ。


 「わあ、なんなんですか! もしかして、一緒にお風呂に入るの?」


 僕の驚き方が面白かったのか、武蔵が腹を抱えて笑っている。


 「違う! 変な気を起こすんじゃあない。刀の手入れをするんだと言っているだろう」


 足利さんはちょっと怒った顔をした。


 僕の見ている前で小次郎はスッポンポンになると、戸棚から大きな白いバスタオルを出して前だけ隠した。だけど、真っ白な背中やお尻は丸見えだ。むっちりと張りのある肌、太っているけどしっかりくびれのある腰は、ものすごくエロチックだった。そしてこのお尻。丸々と隆起した2つの肉の丘と、そこから続く太もも裏のカーブはもはや芸術作品。僕は目が離せなくなってしまった。


 小次郎は真っ赤になって恥ずかしそうに下を向くと、先に風呂場に入っていった。足利さんは「ほら、はよう脱いで入ってこんか」と僕に言う。そうしたいのは山々だったが、完全に僕のナニが起立してしまって、ズボンを脱げなかった。


 「ほらほら〜、平静でいられないだろ?」


 武蔵は面白がって僕の股間を触ろうとする。


 「やめなさい! 大人をからかうんじゃない」


 顔が熱い。僕は股間を隠しながらズボンを脱ぐと、足利さんの後から風呂場に入った。


 温泉宿の個室にあるみたいな、洒落た浴室だった。床も四方の壁も天井も、木材で作られている。奥に設置されている浴槽も、木製だった。その手前にある小さな風呂椅子に、すでに小次郎が背中を向けて座っている。改めて見る白くてむっちりとした裸体は、クラクラするほど艶かしかった。


 足利さんは手桶に湯船から湯を汲んで、手拭いを浸している。風呂場はひんやりとしている。湯気も全く立っていないので、残り湯なのだろう。


 「まず手本を見せるから、その通りにやってみてくれ」


 足利さんは僕の方を見てそう言うと、小次郎の背中を流し始めた。風呂でよくある、ゴシゴシとこする感じではない。たっぷりと水を含ませた手拭いで、優しくなでるような感じだった。


 「小次郎はしばらく切ってないから、大して肌も荒れていない。だから、ちょっとわかりにくいかもしれないな。ほれ」


 足利さんはそう言うと、僕の方に手拭いを差し出した。促されて、白い背中のすぐそばまで行く。


 うわあ、体温まで感じてしまいそうだ。


 間近で見る小次郎の背中は、水玉を弾いて文字通りぴちぴちしていた。これ、触っていいのか? つい先日、知り合ったばかりの若い女の子の裸体を? そんな非日常さも相まって、僕は猛烈に興奮した。


 右手に手拭いを持ち、左手をそっと肩に添える。小次郎がピクッと体に力を入れた。冷たい。手拭いを右の肩甲骨の辺りに当てて、そっと拭う。圧力を柔らかく受け止めた肌は、一瞬の後には強い張りをもって押し返してきた。思わず力が入る。


 「待った、待った!」


 足利さんが慌てて僕の手を押さえる。


 「そんなに力を入れてはいかん! もっと優しく、肌を整えるようにやるんだ」


 手を離して、目で〝もう一度〟と促してくる。えっと、なんだろう。え? 全然、わからないんですけど。でも、小次郎の肌にもっと触れていたくて、改めて拭った。


 「ダメ、ダメ! そんなんじゃ、せっかく綺麗な今の肌が荒れてしまう!」


 足利さんはまた声を上げた。「ちょっと見てなさい」と手拭いを取り上げると、優しく小次郎の背中を拭う。そして「やってみなさい」とまた手拭いを差し出してきた。もう一度、見た通りに、優しくそっとぬぐってみた。


 「ダメ、ダメ! 肌を整えるだけだって言っただろう!」


 すぐにまたダメ出しされた。さっぱりわからない。見た通りの感じでやっているつもりなのだが、なにが悪いのかわからない。


 「善三は職人気質だからなあ。口で説明するより、見て覚えろなんだよ。厄介だなあ」


 武蔵は脱衣所の床に寝そべってニヤニヤしながら頬杖をつき、面白そうにこちらを見ている。


 その後、僕はこのわけのわからない〝手入れ〟の講習を延々と受けた。言われた通りにやっているつもりなのに、全くOKが出ない。最初は小次郎の裸に触れているという喜びで頑張れたが、何度もダメ出しを食らっているうちに腰や肩が痛くなってきて、泣きたくなってきた。ついには足利さんが「こんなことではひと晩かかっても終わらない」と言って僕から手拭いを取り上げた。


 「そこで見ていなさい」


 言われた通りに見ていると、なんと背中だけではなく前も、それこそ股間まで綺麗に足利さんが拭き上げた。小次郎は目を閉じて、気持ちよさそうにうっとりとしている。全身を拭き上げた足利さんは立ち上がって「うーん」と言いながら腰を伸ばすと、手の甲で額の汗をぬぐった。


 「さて、次は拭き上げだ」


 なんと、まだまだ終わりではなかった。

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