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第24話 目眩し

 「あれ、ここのはずなんだけど……」


 食事を終えて、住所を頼りに宗ちゃんのマンションへと向かった。だけど、近くまで来ているはずなのに、たどり着けない。


 この辺りは昔は港のそばで倉庫がたくさん立ち並んでいたのだが、そこを更地にしてマンションや緑地を作った。樺山市内では高級住宅地とされている。同じような形をしたタワーマンションがそそり立っている。まるで巨大な団地みたいだ。


 おかしいな。


 新聞記者にとって、こんなことはお手のもののはず。いくら似たようなタワマンだらけだとはいえ、いつも住所だけを頼りに取材先まで行くのだから。なのに、ここにあるはずだと思っている番地に、それらしいマンションが見当たらなかった。


 武蔵は携帯電話を持った僕の手元をのぞき込んでいたが「アキラ、ちょっと手を貸してみろ」と言って手を差し出してきた。なんだかよくわからないけど、その手を握り返す。


 おっ、なんだ、これ?


 ふわっと冷たい風が吹いてきた。今は5月なのに、まるで真冬のような冷たさだ。


 「今の何?」


 武蔵は手を握ったまま、周囲を見回した。


 「アキラ、これはおそらく、妖刀がいるぞ。お前の従兄とやらが、もしかして持ち主ではないのか?」


 牛丼をほおばってとろけていた表情と打って変わって、眉毛をキリリと引き締めた。


 「なんで? なんで妖刀がいるの?」


 「探していた家は、あれではないのか?」


 武蔵は目の前にある、黒とグレーのストライプのタワマンを指差した。


 あれ? さっきから何度もこのマンション、見ていたんだけど。


 「アキラ、これはおそらく目眩めくらましだ」


 「目眩しって何さ」

 「妖刀が使う特典の一つだな」


 武蔵は言いながら、マンションの入り口へと近づいていく。


 「妖刀はなんというのかな、それこそ目眩ましなんだけど、人の目につかないようにバリアみたいなものを張る能力があるんじゃ」


 武蔵は僕の方を向いて説明した。


 「2度目にじじいの家に来た時に、なかなかたどり着けなかったじゃろ?」


 「ああ、そんなことがあったね」


 「あれが、目眩しじゃ」


 武蔵が言うには、目の前にあるのに、それから目を逸らさせることができるという。妖刀が使い手以外の人間に持ち去られないようにするための、防御能力の一種なんだとか。


 「さっきから、このマンションが全く目に入っていなかったようじゃったから、そうではないかと思ったのだ。案の定、わしの手を握ったら術が解けたわ。刀として帯刀しておれば、術にはまることもなかったんだがな」


 洒落た木造の自動ドアを開けると、ガラス格子の高級そうなドアが現れた。その前に、最近のマンションには必ずある集合インターホンがあった。部屋番号を押す。ピンポーンとチャイムが鳴り、しばらくしてスピーカーから「はい、はい」と聞き覚えのあるハスキーボイスが聞こえた。


 「ああ、宗ちゃん。僕。昭武だよ」


 インターホンのカメラからよく見えるように、少し顔を近づけて話した。


 「ああ、すぐ開けるわ。上がってきて」


 声がして、すぐにガラス格子のドアが音もなく開く。武蔵が先にスタスタと入っていく。僕もすぐ後に続いた。


 ドアの向こうは、ソファや観葉植物が置かれたロビーになっていた。きれいに掃除が行き届いていて、まるで高級ホテルのようだ。その奥に3機のエレベーターがある。ボタンを押すと、右側のドアがすぐに開いた。


 ええっと、23階だな。


 なんと、50階建てである。すごいな。タッチパネルなので、ボタンはない。23階に触れると、エレベーターは音もなく上昇を始めた。一体、いくらくらいするのだろう。よく億ションというが、地方都市とはいえ首都圏にアクセスのいい樺山市のことだ。ここも億はくだるまい。小学校の教師がいくらもらっているのか詳しくは知らないが、簡単に買えるような部屋だとは思えなかった。


 「特典で金持ちになったんじゃろうな」


 僕が考えていることを見透かしたように、武蔵が言った。


 「宗ちゃんが妖刀使いだなんて、信じられない」


 口に出して言ってみた。


 そうだ。宗ちゃんこと岸田宗一郎は、とてもそんなダークファンタジーと縁があるような人物ではなかった。小さい頃から明るくて活発で、いとこ同士の間ではずっと兄貴分でリーダー格だった。小学校の頃から剣道一直線で、大学でも剣道に打ち込んだ。子供たちに剣道を教えるのが夢で、教師になった。


 こんな高級そうなところに住んでいるのも、想像できない。お金持ちな感じがしない人でもあるからだ。


 「信じられないも何も、目眩しがあったのが妖刀が近くにおる何よりの証拠じゃ。そして、これから会いに行くやつはアキラのいとこで、刀に縁があるのじゃろ? ならば、そいつが妖刀の持ち主である可能性は高いわ」


 武蔵は当たり前のことを聞くなと言いたげな顔をして、こちらを向いた。


 「昔から『妖刀使いは惹かれ合う』と言ってな。妖刀使いはわざわざ探さなくても、同胞と巡り合ってしまうものなのじゃ。じじいがアキラと出会ったようにな」


 いや、ちょっと待ってくれ。


 もし、宗ちゃんが妖刀使いだとすれば。僕は宗ちゃんと一戦交えることになる可能性があるのではないか? もし一戦交えたら、僕に勝ち目はあるのか? あっちは何年も剣道をやっている、それこそ剣豪だぞ。そもそも、僕は兄貴として慕ってきた宗ちゃんに、刀を向けることなんてできない。


 緊張なのか、なんなのか。とにかくドキドキしてきた。呼吸が浅くなる。エレベーターのドアが、開いた。


 「むっ、まずい。これは確実にいる」


 エレベーターを出て、ホテルのような絨毯敷きの廊下を2、3歩行ったところで、武蔵は立ち止まった。


 「アキラ、わしは万が一に備えて刀になる。相手が斬りかかってきたら、戦え。お前は振り回さなくていい。わしが戦う」


 武蔵は振り向いて僕の手を取ると、ポンと間の抜けた音を立てて刀になった。


 「え! いやいや、ちょっと待って!」


 「何を待てというのだ」


 「戦えと言われても、どうしたら……」


 「西洋剣術をやったことがあるんじゃろ。それで戦えばいいではないか」


 武蔵のため息が聞こえる。


 「いや、あれはただのスポーツだから」


 「スポーツを真剣にやれば殺し合いじゃ。大して違いはないわ」


 押し問答している間に、宗ちゃんの部屋の前に着いてしまった。


 「はようピンポン押せや」


 武蔵が苛立った声で言う。


 「いや、ここで帰るという手もあると思うけど」


 僕はとりあえず三脚ケースに武蔵を仕舞った。いつでも取り出せるように、チャックは少し開けておいた。


 「大量殺人事件の犯人は、こいつかもしれない。岡っ引きよりも先に、犯人を懲らしめるチャンスかもしれないぞ」


 確かにそうかもしれない。だけど、相手はあの宗ちゃんだぞ? 仮に犯人だとすれば、どうすればいいのだろう。僕は宗ちゃんを警察に突き出したくなかった。複雑だった。


 ドアのそばに取り付けられたチャイムを押す。ここにもモニターがついていた。僕の姿が、室内から見えているはずだ。


 間もなく、ガチャガチャと鍵が開く音がした。ドアが開く。薄笑いを浮かべた若い男が、顔を出した。


 「よう、よく来たな。まあ、上がれよ」


 黒いスウェットの上下を着た、若い痩せた男がドアを開けた。


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