日常セクション1
「おはよー、ありすちゃん!」
朝のチャイムが鳴る少し前。教室の窓際、ありすが席に着くと、隣の席の工藤由美が声をかけてきた。
由美は今日も元気いっぱい、ショートヘアの似合うボーイッシュな女の子。身長はやや低めだけど、その分テンションと情報収集力でカバーしてる、いわゆる“万能型インフォメーションガール”である。
「おはよう、由美ちゃん」
ありすが微笑みながら返すと、由美はニヤニヤしながら顔を近づけてきた。
「ねえねえ、今朝さ~、宮の森さんと一緒に登校してなかった?」
「えっ? 見てたの?」
「たまたま通学路がかぶっただけかなーって思ったけど、結構、仲良さげに話してたよね?」
「えーっと……まぁ、いろいろとあってね。朝からちょっとした事件に巻き込まれた感じで……」
「ふ~ん……?」
由美は席を立ち、ありすの耳元に顔を寄せた。
「とあるシティバンク、とある市支店……今朝の銀行強盗事件のこと、でしょ?」
「……やっぱり、知ってたか」
ありすは小さくため息をついた。隠すだけ無駄だということは、この友人を数ヶ月付き合えば誰だって分かる。工藤由美の情報収集力は、もはやひとつの特殊能力だ。
「いつも思うけど、どうしてそんなに早く情報仕入れられるの?」
「ふふーん♪ 犯人が逮捕されたの、たった5分前だよ? 今ごろ現場に記者が駆けつけてるんじゃないかな」
「私たちが現場離れたのって……20分前ぐらいだよね」
「非常ベルが鳴ってからなら、もう30分以上経ってるはずだよ。警察、のんびりさんだね」
「いや、それに関しては……面目ない」
由美は小さく笑って、申し訳なさそうに頭をかいた。
「ごめん、なんか私が謝るの変だけど、つい“面目ない”って言っちゃった」
「いや、別に由美ちゃんのせいじゃないでしょ?」
「なんとなく、ね。つい反射で謝っちゃうんだよね、私」
と、ふいに真顔になった由美が、ジト目でありすを見つめてくる。
「それよりさぁ、どうして今朝のこと、私に報告なかったの? 仲間はずれかと思って、ちょっと寂しかったんだけど~?」
「ごめんごめん、由美ちゃん。強盗が目の前で起きてるときに『あ、由美ちゃんにLINEしなきゃ』とはさすがに思えなかったよ……」
「それはそうか。いや、でも報告があったらドローン飛ばして実況中継できたのに~」
「……そんなことしたら、ますます立場が危うくなるでしょ」
「大丈夫、私は中学生に偽装した超常現象対策課の特別捜査官だから、多少の無茶はセーフ!」
どや顔の由美を見て、ありすは小さく吹き出した。
「あいかわらず、由美ちゃんってばキャラ濃いよね」
「ありがとー。それ、褒め言葉として受け取っとくね!」
そうして2人が笑い合っていると、背後の教室ドアが開いて、ぞろぞろとクラスメイトたちが入ってきた。
「さてと、今日も楽しい一日になりそうだね、ありすちゃん?」
日常セクション2
「で?」
「ん?」
「本題、あるんでしょ?」
由美がにやりと笑って、ありすの机に身を乗り出してきた。
「……さすが、鋭いね」
ありすが苦笑まじりに返すと、由美は制服のポケットからスマホを取り出して画面をスッとスライド。とある画像を表示して、ありすに見せつける。
画面には、妖艶な微笑みを浮かべる金髪の美女。青い瞳にルージュの赤が映え、長く整った指先まで完璧に仕上がっている。まさに“異世界の貴族”と言われても納得のビジュアルだった。
「このお姉さんは?」
「名前はカミーラ・ドルベーク。御年、百五十七歳」
「え……百何歳って言った?」
「百五十七。年齢詐称ってレベルじゃないでしょ。もちろん、人間じゃないよ。正体は魔法使い」
「うわぁ……。美魔女ってレベル超えてる」
「しかも、ただの魔法使いじゃない。“ブラックリスト”の筆頭だよ。アメリカの、例の、あそこ……」
「まさかCIA……?」
「ピンポン。CIAの極秘データベースに載ってる“世界魔術危険人物リスト”のAランク。現在、国際指名手配中」
由美の目がマジだった。情報屋モード、発動中である。
「えええー!? こんな綺麗なお姉さんがそんなヤバい人なの? 見た目、まるでヨーロッパの王妃かと思ったのに」
「でもその優雅さの裏では、黒魔術に手を染めて国家転覆クラスの魔導事件に関与してるって話。母国では指名手配、国外逃亡、そして……」
「日本に?」
「そう」
その一言に、ありすの眉がピクリと跳ねる。
「じゃあ、まさか、今日本に潜伏中ってこと?」
「うん。しかも、こっちに“協力要請”も来てる。日本国内の魔法事案担当にね」
「え、由美ちゃん宛に?」
「そう。超常現象対策課所属・現地捜査官として正式に連絡受けてる」
そう言って由美はウィンクしてみせた。本人は軽く言ってるが、よく考えたらすごい立場である。
「とはいえ……見つかってないんだよね?」
「そう。逃げ足も魔法も一流で。あたしも監視網を張ってるけど、今のところノーヒット」
「そうなんだ……。でも、なんで私にそれを?」
「いや、ほら。ありすちゃんの感覚、たまに超鋭いときあるでしょ。勘でもなんでもいいから何か感じたらすぐ教えてほしいの」
「うん、わかった。もし見つけても、できれば私のほうで……ちゃちゃっと?」
「いやいやいや、ちゃちゃっとやらないで! 連絡だけはして!」
ありすが小さく笑うと、由美は深くため息をついた。
「ほんと、怖いもの知らずなんだから。そういうとこ、ちょっと憧れるけどね」
「ところでさ……」
ありすの目がちらりと由美の太ももに向いた。
「……なに?」
「いや、思ったんだけど、今日もまたそれ、持ってきてるんだね」
「……あぁ、これのこと?」
由美がスカートの裾をわずかに持ち上げると、内腿のガンベルトに装着されたコルト・パイソン.357マグナムが顔を覗かせた。
「やっぱり……」
「いつもより軽めのモデルだよ? だから太ももも無事」
「それ、漫画で見たことあるよ。なんか、ヒロインが“重くてまともに走れない”って嘆いてた」
「へぇ……ありすちゃん、そんなの読むんだ?」
「え? うん、まぁ。たまたまネットで見かけただけ……」
「うそー。じゃあ質問。どうして私の銃がコルト・パイソンって分かったのかな~?」
「……あーっ!!」
ありすは勢いよく椅子を引いて立ち上がった。
「見たでしょ!! パンツ!!」
由美の叫びが、朝の教室中に響き渡った。
ざわっ。
一斉に周囲のクラスメイトが振り返り、場が静まりかえる。
日常セクション3
「ずいぶん楽しそうね。私もお話に混ぜてくださる? 何の話をしていらしたの?」
完璧な笑顔で近づいてきたのは、クラスの優等生・宮の森里美。優雅に揺れる三つ編みと、澄ました声色に一瞬で空気がピシッと引き締まる。
「み、宮の森さん……っ」
ありすは背筋をピンと伸ばしたが、すぐに由美の口からとんでもない爆弾発言が放たれる。
「聞いて聞いて、宮の森さん! ありすちゃんったら、さっき私のパンツ見たのよ!」
「えええええーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
教室が凍りつく。まさに一瞬で真空地帯に早変わりだった。
「ちょ、ちょっと由美ちゃん!? な、何いって……!」
ありすは青ざめながら席を立ち、言い訳の言葉を探しても、うまく口が回らない。
「透視したのよ、透視! ね? ありすちゃん!」
「そ、そんなことしてないってば!」
ありすの声が裏返った。教室中から視線が突き刺さる。
「……あらまあ」
里美はにこやかなまま言ったが、視線はありすのスカートの裾に一瞬落ちた。
「違うの! そ、そうじゃなくて……っ!」
ありすは涙目で必死に否定したい。でも、できない。なぜなら――
(銃のことを言うわけにはいかない……)
そう、由美はスカートの下、太もものホルスターに拳銃を隠し持っている。ありすが魔法のサーチでその存在に気づいてしまったことを、由美は察していた。
そして今、由美は“その事実”を守るために、あえて**「パンツ見た」という羞恥ネタでごまかした**のだ。
(由美ちゃん……それはそれで、すごくひどい……!)
「ご、ごめんねありすちゃん。つい声が大きくなっちゃって」
耳元でそっとささやいてくる由美。声色は悪びれていない。
「ごまかすためとはいえ、なんでパンツにすんの……」
「他に便利なネタが思いつかなかったのよ。銃の話、堂々とできないでしょ?」
「……はあ、もう……」
ありすは項垂れる。ここまで来たらもう、乗っかるしかない。
「誤解がとけてよかったですわね」
ぽわんと笑う里美は、ふたりのやりとりの裏など何一つ気づいていないようだ。
「う、うん……誤解、だよね。うん……完ッ全に誤解!」
「ねー? 私たち、仲良しだから、ちょっとしたハプニングも許しちゃうよね、ありすちゃん?」
満面の営業スマイルで見つめてくる由美に、ありすはひきつった笑みを返す。
「そ、そうそう、親しき仲にも……ね?」
(この世で一番ひどい“誤魔化し方”だったかもしれない)
そう思いつつも、ありすはぐっと唇を噛み締めて、それ以上は何も言わなかった。
(でもまあ、由美ちゃんの正体をバラすよりは……マシか……)
机の下でそっとため息を吐くありす。
それをよそに、由美は飄々と「やれやれ」と言いたげに自分の席へ戻っていく。
「……ああもう、なんか納得いかない……」
ありすの呟きは、チャイムにかき消された。
日常セクション4
「そうそう、だいいち私たち、仲良しだから、由美ちゃんがそんなことするはずないよね?」
ありすが笑顔で話を締めくくると、すかさず由美も合わせるように頷く。
「当然よ~? 親しき仲にも礼儀あり~だもんっ」
ふたりの間に漂う和やかな空気……のようなものの裏で。
『このうそつきーめ~!』 『いやみな~!』
内心で火花バチバチ。机の下で蹴り合いが始まっていても不思議じゃない。だが、それを察する者はここに一人もいなかった。
「ふふっ、おふたりとも本当に仲良しですのね」
そんなふたりの小競り合いを微笑ましく見守っているのは、完璧令嬢・宮の森里美だった。もちろん、あの心の火花なんて露ほども気づいていない。
「そうだわ、ありすちゃん、工藤さん。今週の土曜日、我が家でハロウィンパーティーを開くの。よかったらぜひご招待させていただきたいのだけど、ご都合はいかがかしら?」
「……ほえ?」
ありすは一拍遅れて反応した。完全に脳内でハロウィンが“食べ物系の新種”みたいな扱いになっている。
「え? わたしも?」と、由美も驚いた表情で聞き返す。
「もちろん。ありすちゃんのお友達なんですもの。おふたりともぜひいらしてほしいわ。私の知らないありすちゃんのお話、たくさん聞けそうですし」
「ふふ……まあ、いろいろ知ってるよ?」
由美がふっと笑って言うと、ありすが肩をすくめた。
「ハロウィンって、あれでしょ? 仮装していろんなおうち回って、“お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞ!”って言うやつ?」
「ええ、まぁ……本来はそうですけれど……」
里美は苦笑を浮かべる。
「日本ではまだクリスマスほどには定着していない風習ですし、よそのお宅を突然訪問するのは迷惑になることもあるでしょう? ですから、我が家の中で仮装パーティーを開催するだけにしていますの」
「なるほど。確かに“仮装”が“武装”にすり替わる国もあるもんね。“フリーズ!”とか叫びながら銃を突きつけるとかさ」
由美のボソリに、里美とありすがぴたりと静止した。
「……工藤さん、それはどこの国の話かしら?」
「いやまあ、海外の“ハードボイルド・ハロウィン”ってやつ? リアル“トリック”過ぎてトラウマになりそうだけど」
「由美ちゃん……」ありすは半眼。
「工藤さん……」里美は真顔。
「……ジョークですぅ」
ひらりと肩をすくめて由美がかわす。だが、油断は禁物である。
「そうそう、あのお菓子をもらう時の決まり文句って何だっけ? あれ……えっと……ぎぶみーちょこれーと?」
「違うわよーっ! トリック・オア・トリート!!」
思わず机をバン!と叩いて、ありすが力強く訂正した。
「……でも意味は、だいたい“チョコちょーだい”で合ってるよね?」
「いや、それは……意味が合ってるようで、文化的に全然違うから!」
由美とありすのやりとりに、里美は少し引き気味になりつつも、いつもの優雅な微笑みで収めた。
「ふふっ、もう、おふたりとも本当に楽しい方たちですわ。パーティー、きっと楽しくなりますわね」
「私、仮装なににしようかな~。やっぱり定番の魔女?」
「それ、ありすちゃんの場合、“普段着”だよね」
「由美ちゃん、それはひどくない?」
ありすが頬を膨らませる中、始業のチャイムが鳴り響いた。
「あっ、始まっちゃう!」
慌ててそれぞれの席に戻る三人。机の上には、さっきまでの賑やかな笑いの余韻だけが残されていた。
日常セクション5
放課後の帰り道。秋の風が心地よく吹き抜ける夕暮れの商店街を、ありすはひとり歩いていた。
里美とは最寄りの交差点で、由美とは駅前の書店で別れた。すこし気が抜けて、今日一日をぼんやり振り返っていると――
「ありすちゃん」
背後から聞き覚えのある声がした。
「……加藤さん?」
振り返ると、スーツ姿の中年男性が笑顔で立っていた。ありすの活動を支援する、スポンサー企業の広報担当――加藤さんだった。
「少しだけ、時間いいかな?お茶でもしながら」
「うん、いいよ。ギガチョコパフェ付きならね」
そう言ってありすがにっこり笑うと、加藤は苦笑しながら頷いた。
「……はいはい、当然の条件だね」
二人はそのまま商店街の角にある喫茶店『カフェ・フルリール』へと入った。こぢんまりとした店内は、木の温もりとほのかに甘い香りに満ちていて、放課後の常連たちが静かに過ごしている。
「いらっしゃいませ~。お二人ですか?」
ウェイトレスの案内で奥の窓際の席へ。
メニューを渡されると、ありすは間髪入れずに指をさす。
「ギガチョコパフェください。それとアイスミルクティー」
「こちらはコーヒーで。あ、ギガチョコは一つでいいよね?」
「うん。一人で一つでいいよ」
軽く牽制されたが、ありすはあっさり受け流した。
注文を終えると、加藤は少し申し訳なさそうに口を開いた。
「……で、ありすちゃん。今日はちょっとお願いがあってね」
「スポンサー契約の追加条項? それともポスターの新ビジュアル?」
「いや、もっとライトな話。社内で出た意見なんだけど――」
加藤は咳払いをひとつ挟んでから言った。
「“呪文、もうちょっと覚えやすくできないか?”って」
「……ああ、それ?」
ありすはあっさりと受け止めて、椅子に背中を預けた。
「別にいいよ。変えても」
「えっ、マジで?」
加藤が拍子抜けした顔を見せる。
「そんなに驚くこと? あの呪文、べつに必要なものじゃないし」
「……じゃあ、何のために唱えてるの?」
「見た目の演出? なんとなく“ぽい”でしょ。魔法少女っぽくって」
ありすは、ちょうど届いたギガチョコパフェにスプーンを突き立てながらあっさりとそう言った。
「じゃあ……魔法陣とかも?」
「もちろん。あれもエフェクト用。実際には出さなくてもいいんだよ」
「うわ……“夢”が……」
「え? 逆に夢でしょ? 魔法少女が“見た目で魅せる”ためにいろいろ工夫してるって」
「……確かに」
加藤は妙に納得した顔になった。
「でもさ、一応設定として“強大な敵に対抗するために編み出した新しい呪文”みたいなバックストーリーは用意しといてね」
「わかった。じゃあ、“裏山の樹齢800年の桜の精霊に師事して三日三晩の修行の末、覚醒した呪文”とかどう?」
「……その話、イラスト付きでお願いね」
「ふふ。任せておいて」
ありすはにっこり笑って、ギガチョコパフェのクリームをすくい上げる。
「それでさ、呪文案も一応考えてみたんだけど……」
ありすは少し得意げに、手帳を取り出してメモを読み上げる。
「『リーテ・ラトバリタ・ウルス アリアロス・バル・ネトリール』ってどう?」
「……うん、それたぶん、どこかで聞いたことあるやつだよね?」
「じゃあ『バルス』?」
「ストップ!ジブリ案件きちゃう!」
ありすがくすくす笑いながらパフェを食べる一方で、加藤は肩を落としながらも嬉しそうだった。
「……次回までの宿題ってことでいいかな?」
「うん、じゃあいくつか案を考えとくよ」
その後も、ふたりはパフェとコーヒーを囲んで雑談に花を咲かせた。
魔法少女ありすの裏側には、こんな日常のちいさな交渉と、甘いパフェが隠れていた。
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日常セクション6
ありすの家は町外れの住宅街にひっそりと佇む花屋だ。
木造の洋風一軒家。1階が店、2階が住居。そして小さな庭の奥には、ガラス張りの温室と、古ぼけた木の小屋が寄り添うように建っている。
温室には季節に逆らって咲く花たち、寒さに弱い南国の草花が所狭しと並び、小屋の中には乾燥された薬草とポプリ、それに魔法に使う“素材”たちが静かに息を潜めていた。
――ありすが一番最初に帰宅の報告をするのは、この小屋にいる人だ。
「ただいま、おばあちゃん」
ギィ……とロッキングチェアがきしむ音がした。
「おやおや、ありす。今日は少し遅かったねぇ」
編み物の手を止めず、老婆はふわりと目を細めた。ロングスカートに三角ショール、眼鏡の奥の瞳はどこか魔女じみているのに、包み込むようなやさしさがあった。
「加藤さんと、ちょっとお茶してたの」
「ああ、あの営業さんかい。で? 今度は何をお願いされたの?」
「“もっと覚えやすくてキャッチーな呪文にできませんか”って」
「なるほどねぇ。まぁ、理にかなってるわな。最近の子は長い呪文覚えてくれないし」
おばあちゃんはふふふと笑って、毛糸玉を転がす。
そこへ、ガラガラと母屋の引き戸が開いた。
「ありす、おかえりなさい。そろそろ夕飯の支度するから、おばあちゃんを呼びに来てくれる?」
現れたのは、ありすの母――年齢を感じさせない美魔女系。まさに“魔法少女のその後”を体現したような凛とした雰囲気の人だった。
「……あら、呪文の話? じゃあ私の案も聞いてちょうだい。“パンプルピンプルパムポップン ピンプルパンプルパムポップン”ってどう?」
「母さん、それは第2世代よ。変身しか出来ないやつ」
「戦闘しか能がない第3世代よりマシでしょ?!」
「戦闘に全振りしたら、それはもう魔法少女じゃなくて魔法戦士ですってば! 魔法少女なんて名乗っちゃ、JAROが黙ってないわよ!」
「その通りです、お母さん!」
珍しく意気投合して手を取り合い、母娘二代で盛り上がりはじめた。
「はあぁ……もう、やめてよ。ママもおばあちゃんも、落ち着いて」
ありすは呆れつつも、どこか楽しそうだった。なんだかんだで仲の良い、三世代魔法少女一家である。
「呪文はね、やっぱり“マハリクマハリタヤンバラヤンヤンヤン”よ」
「私は“ピピルマピピルマプリリンパ パパレホパパレホドリミンパ”推し!」
「だから、そういうの全部! 他作品の盗作だからダメだってば!」
ありすは両手を広げて制止する。
「ほら、おばあちゃんもお母さんも、とりあえず母屋戻ろ?」
ありすが笑顔で促すと、おばあちゃんは杖代わりのホウキを手に、のっそり立ち上がった。
「夕飯は何かい?」
「今日はグラタンとスープよ。ちゃんとサラダもあるわ」
「まあ楽しみだねぇ」
祖母と母を先に母屋へ戻し、自室で制服から私服に着替えたありすは、そのままダイニングへと降りていった。
キッチンでは、母が手際よくホワイトソースを煮詰めていた。
「手伝うよー」
「お皿出してくれる? あと、テーブルも拭いてくれると嬉しいな」
「はーい」
いつも通りの会話。変わらない日常。
だけど、今日は少し話したいことがあった。
「ねえ、ママ」
「なあに?」
「今週の土曜日なんだけど、クラスメイトの里美ちゃんがハロウィンパーティー開くって言ってて。招待されたんだけど、行ってもいい?」
「まあ、楽しそうね」
母は軽く微笑みながらグラタンにチーズをたっぷりかける。
「お菓子、いっぱいもらえそう?」
「うん。ちゃんとママの分も確保してくるよ」
「じゃあ、もちろんOKよ。楽しんできなさい」
「ありがとう、ママ!」
笑顔で駆け寄って、母に軽くハグするありす。
こうして、ありすのちょっぴり賑やかで魔法に満ちた日常は、ゆるやかに夜へと流れていった。
「呪文で悩んでるって聞いたぞ?」
夕食も終わって、ありすがダイニングの椅子に座って考え事をしていたときだった。玄関の扉が開いて、ネクタイを緩めながら現れたのは――我が家の唯一の“非・魔法使い”、ありすの父だった。
「おかえりなさい、パパ」
「ただいま、ありす」
ネクタイを引っこ抜きながらスリッパを履いた父は、すたすたとありすの向かいに腰を下ろすと、おもむろに言った。
「加藤さんって人から、“もっと覚えやすい呪文にできないか”って言われたらしいな?」
「うん、子どもにウケないって。わかりやすい呪文の方がグッズ展開しやすいんだって」
「ふむ……じゃあ、パパから一案!」
「えっ?パパが呪文考えるの?」
「一家の一員として当然だろう?」
なぜか誇らしげな表情で、父は胸を張った。
「まず一つ目、“マハリクマハリクヤンバルクイナ”!」
「……なにそれ」
ありすは固まった。
「“ヤンバルクイナ”って、沖縄の鳥だよね?」
「響きが可愛いかなって思って」
「魔法で守るべき存在じゃなくて、呪文にしちゃってるし!」
「じゃあ、もう一つ。こっちはちょっと高尚な感じにしてみた。“マハリクマハリクマクハリメッセ”!」
「えっ、今度は“幕張メッセ”?! それ会場名だよね!? イベント飛ばされそうなんだけど!」
「いいリズムだと思ったんだが……」
父はちょっとだけ落ち込みつつ、まだ真顔だった。
「ねえパパ……」
「なんだ?」
「センス、ゼロじゃない……?」
「うっ」
グサッと刺さる一言に、父は一瞬だけ沈黙してから苦笑いを浮かべる。
「まあ、そんなところも含めて、魔法とは無縁の普通の父親ってことで」
「……うん、パパはそれでいてくれていいよ」
ありがた迷惑な提案ではあったけれど、その心遣いが少しだけ嬉しくもあった。
「それにしても“マクハリメッセ”はないよ、“魔法少女ありす in 幕張メッセ”とかになっちゃう」
「案外、それはそれで売れるかもな?」
「もう、やめてよ!」
ダイニングには、魔法とはちょっとズレた、でも温かい家族の笑い声が響いた。