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第6話 カミーラ

 ―暗黒に覆われた朝―


澄み切った青空を切り裂くように、1本の箒が街を横断していた。


箒の名前はエリーゼ。その上に乗るのは、金髪の美少女――カミラ・ドルベーク。その胸には、ふわふわの黒猫が丸まっていた。


「ねぇ、ラスカルさん。今日もいい天気ですね」


「……寝かせろ……」

ラスカルは、カミラの腕の中で不機嫌にしっぽを揺らす。


しかしその数秒後、空の色が唐突に変わった。


パチン。

まるで照明スイッチが落とされたかのように、空が闇に染まった。


「――え?」


カミラは飛行を止めてホバリングし、周囲を見渡した。


空には太陽も雲もなく、ただ漆黒の闇が広がっていた。


「これは……夜?」


「違うな。これは結界だ」


ぐるる、とラスカルが目を覚まし、鋭い眼差しで周囲を見た。


「結界……?」カミラは息を呑む。


「この手の闇は、“外界遮断型”。被害を広げないためじゃない。“外部の目”を完全に遮るための、封鎖型の結界だ。つまり――」


「中で何かが起ころうとしている……ってことですね?」


「察しがいい」


その頃、地上――通学中のありすと由美は、空の異変に気づき、足を止めて空を仰いでいた。


「ねぇ、あれって……」


「結界よ」由美が即答する。


「ええっ!? やっぱりそうなの?」


「うん。でも、あれは防御じゃなくて、“監禁”タイプ」


「うわあ……なんか、始まっちゃった感あるね」


そんな2人の背後から、スーツ姿の青年――滝一哉が走り寄ってきた。


「由美さん! 山里さん!」


「滝さん、来るの遅い!」由美が振り返る。


「す、すみません!この空、一体……?」


「結界よ。かなり大規模。おそらく街全体を丸ごと封じてるわ」


「くっ……これが結界……。実物を見るのは初めてですが……すごい圧力ですね……」


滝の額に汗がにじむ。彼はキャリア採用の官僚で、実戦経験は乏しい。


「私もこんな規模の結界は初めて見た……。これ、かなりヤバいよ」


ありすは眉を寄せ、手のひらを空へと掲げる。


「空気の流れが止まってる……まるで真空みたい」


「これ、魔力か妖力か、それとも両方か……。犯人は只者じゃないわ」


3人が警戒を強める中――


再び空の上、カミラはしっかりとラスカルを抱きしめながら、箒の軌道を変えようとしていた。


「ラスカルさん、どうします? いったん帰ります?」


「バカ言うな。これは“挨拶”だ。こっちが見逃しても、相手が逃がすとは限らん」


「……ですね。わかりました。――エリーゼ、加速!」


ズガァァッ!


風を裂いて、カミラの箒は闇の中心――“何か”が起ころうとしている場所へと突き進んでいく。


「ありすちゃん!由美さん!」 3人の目の前にカミラが上空から箒で舞い降りてきた。


「カミラちゃん!」


「ありすちゃん!由美さん!街全体が結界に覆われています!」


「とんでもない魔力の持ち主だね。由美さん。心当たりありますか?」


「登録されてる魔法使いでは一人しか知りません」


「誰?」


由美は問いかけるありすを指差す。


「えっ?」


「登録されてる魔法使い・魔法少女でこんなことできるのはありすちゃんだけです。」


「…私。ちゃいまんがな…」


ありすは顔の前で手の平を左右にパタパタ振る。


「判ってます……。未登録の魔法使いでしょうね。」


「ところでこちらの方は?」


カミラは由美達といた見知らぬ男の事を尋ねる。


「私の同僚の滝一哉さんです。」


「ども滝一哉です。山里さんの監視員をやってます。よろしく……」


「これはご丁寧にありがとうございます。由美さんと同じクラスになりましたカミーラ・ドルベークです。私も魔法少女です。よろしくお願いします」


「そんな悠長な挨拶をしてる場合か!」


カミラの腕の中のラスカルが口を挟む。


「えっ?」


「えっえ~っ?!」


滝一哉と由美が同時に声を上げる。


「猫がー!猫がしゃべった!!??」


「あっ。すいません。ご紹介が遅れました。こちらは使い魔のラスカルさんです」


「カミラが世話になってる。使い魔のラスカルだ。よろしくな。」


「猫なのにラスカルって……」


「そう思うだろう。ありす嬢。言ってやってくれよ」


「そう言えばありすちゃんは使い魔いないの?」


「いるけど今日は連れてない。」


「そんな悠長な会話してる場合じゃないだろう!」


ラスカルが飽きれ気味に怒鳴る。


ズズズ…ズズ…ズーン。


ビリビリと振動と低音の轟音が遠くから響いてくる。


「地震か?」


滝一哉はそう口にしつつ、遠くのほうから音がしてる事にその考えを自分で打ち消した。


「……あ、あれ」


由美が遠くを指差す。


高層ビルの谷間に茶色の直方体の物質が見える。


「巨人…?」


茶色の直方体は人の形をしていた。






「あれは……ゴーレム?」


目を見開いて、ありすが指さしたその先。遠くの高層ビルの谷間に、巨大な茶色の物体がゆっくりと進んでいた。


「そのとおり。ストーンゴーレムね。しかも、常識外れのサイズだわ」


カミラが真剣な表情で言う。彼女の腕の中では、黒猫――使い魔のラスカルが小さく唸っている。


「……五十メートルはあるな」


「そんなの……もはや怪獣ですね」


カミラが呆れ気味につぶやいた。


「怪獣映画、見たことあるの?」ありすが問いかける。


「もちろん。日本の“トクサツ”は世界的に有名ですから」


そのゴーレムは、破壊の限りを尽くして前進していた。街路樹を薙ぎ払い、自動車を踏み潰し、ビルの外壁を削りながら、ゆっくりと、しかし確実に進んでくる。


「ん? あのゴーレムの……頭の上に……誰か乗ってない?」


由美が目を細めて空を見上げる。


「え? 見えるの?」


「うん、黒っぽい人影。たぶん操ってるヤツだ」


「ってことは、未登録の魔法使いってことね……」


由美がポケットから端末を取り出し、どこかと通信をしてる。カミラも表情を引き締めた。


「シューティングスター!」


ありすが呼ぶと、地面に赤い魔法陣が出現し、そこから木が芽吹くように一本の竹箒が現れた。


「お願い、シューティングスター」


その声に反応して、竹箒はまるで意思を持ったかのように宙に浮き、水平に構える。


ありすはそれにまたがるのではなく、横向きに座るようにして乗る。


「行くよ、シューティングスター!」


瞬間、竹箒はものすごい勢いで空へと舞い上がった。


「エリーゼ! ラスカルさん、行きましょう!」


カミラも箒に飛び乗ると、ありすの後を追って一気に上昇した。


ふたりの箒は十分な高度に達したところで水平飛行に移り、巨人――ゴーレムの頭部へ向けて滑空していく。


「……あれがゴーレムの操者か」


黒衣の人影が、まるで王のようにゴーレムの頭頂に立っている。その姿はまだ遠く、顔までは確認できない。


「なんにせよ、あの人物が中心だ」


「友好的な相手には思えないわね」


風を切りながら、ありすとカミラは無言で頷きあう。


やがて、ふたりの箒はホバリング状態に入り、巨人の頭上十数メートルの距離で静止する。


「行こう、カミラちゃん」


「はい。警戒を怠らずに」


彼女たちの眼差しは、まっすぐにゴーレムの操者に向けられていた。






「あら?」 ありすはその見知った顔に驚く。


「なんなの!?」 カミラはその人物に驚愕した。


すらりとした長身に、長い金髪、サファイアのように輝く青い瞳。鮮やかな赤い唇に、豊満なバストを持ちつつも引き締まったスタイル。その美貌はまるで見る者を惑わすかのような妖艶さを放っていた。


ありすは慌ててポケットから携帯を取り出し、以前由美から送られていた画像と照らし合わせる。


「……この顔、間違いない」


それは、由美が“国際指名手配中”と話していた、カミーラ・ドルベーク本人だった。


「カミラちゃんがもう一人……?」


「貴女は一体、誰ですかっ?」 カミラが強い口調で叫ぶ。


「カーミラ・ドルベーク」と、女は妖しい笑みを浮かべて名乗った。


「ふざけないでください!」


「失礼ね、ふざけてなんかいないわ。私も“カミラ・ドルベーク”なのよ」


「同じ名前だとでも言いたいの?でもその顔は何?私の……未来の顔じゃない!」


「魔法で顔を変えてるわけでもないし、整形でもないわ」


「なら何者!? 目的は何なの!?」


「世界の破滅――ということにしておこうかしら」


「な、なんですって!?」


あまりにもさらっと言われ、カミラは怒りを爆発させる。


ありすは一歩引いて、携帯を耳にあてた。


「由美ちゃん。判ったよ。ゴーレムを操ってるのは、国際指名手配のカミーラ・ドルベーク。本人は同姓同名と言ってるけど、顔も一致してるし」


『マジで……ありすちゃん、ぶっ飛ばしていいよ』


「……了解」


そのやり取りの直後、ゴーレムの左の拳が大きく振るわれ、ありすとカミラをなぎ払おうとした。


2人は瞬時に反応し、箒で左右に回避する。


「ぶっ飛ばしていいって言われても……」 ありすは呟きながらゴーレムの右拳を箒でひらりと避けた。


一方、カミラは箒の上にサーフィンのような姿勢で立ち、すぐさま魔法攻撃を開始する。


「炎よ、矢となりて敵を貫け──ファイア・スピア!」


手から放たれた炎の矢は、ゴーレムの胸部に命中したものの、火花のように弾けて消えるだけだった。


「……ゴーレムには効かなくても」


次の瞬間、矢の方向が変わり、ゴーレムの頭部に立つもう一人のカミーラへと放たれた。


だが、その炎の矢も、目の前に見えない壁に弾かれるようにして消滅した。


「……だよね。魔法防御も完璧か」


ありすは携帯をしまいながら、再び背後の攻撃に反応するも、左ストレートを紙一重で回避できず、バランスを崩して箒から振り落とされた。


「きゃああっ!」


地面に落下していく……かと思われたが、10メートルほど落ちた空中でありすはふわりと止まる。


「なーんちゃって。ちょっと油断しただけ」


自力で飛行して上昇し、再びゴーレムの肩の高さまで戻る。


「ありすちゃん……箒を使わず飛べるなんて……」 カミラはありすの潜在能力に驚きを隠せない。


「やはり、あの子は危険……」 上空から見下ろすカーミラは、意味深な笑みを浮かべていた。


ありすは、再びカミラの隣へと滑るように接近していった。






「カミラちゃん、あいつ──魔法の攻撃はほとんど効いてないみたい」


空中でホバリングしながら、ありすがカミラに声をかけた。


「そうですね……。強力な防御シールドを張っているようですわ。ということは、物理的な攻撃に切り替えるしかないですわね」


カミラが炎の矢を放ちつつも、虚しく掻き消える光を睨みつける。


「ストーンゴーレムですわ。並の衝撃じゃ壊れない……」


「ミサイルとかなら効くんじゃ……」


「ミサイルって?」


カミラが首を傾げると、ありすがふっと指さした先に、三つの輝点が現れる。遠方から高速で接近してくる飛行体。


「飛行機……?この国の軍隊なの?」


「自衛隊のF-15Jだよ」


「えっ、でも、結界内に外部から侵入するのは不可能なはずでは……?」


「外からはね。でも、最初からこの街に駐屯してたなら話は別だよ。このあたり、空自の基地があるからね」


「なるほど……結界内にあったということですわね。それなら納得できますわ」


「じゃ、ちょっと挨拶してくる!」


そう言うが早いか、ありすは空中を滑るように移動し、編隊を組む三機の戦闘機の中央、F-15のキャノピーの上にふわりと着地した。


『やっほー、おひさー!谷本一尉!』


音速で飛ぶ機体の外にいるにもかかわらず、ありすの声は機内にクリアに届く。彼女はキャノピー越しに親しげに手を振る。


「ありす!てめー、またお前が関わってるのか!」


機内から男の怒鳴り声が響く。ありすの顔には全く悪びれる様子はない。


『ひどいなー、この街を守ろうとしてるのに……』


「どうでもいいが、キャノピーの上に立つな!」


『何?視界はふさいでないよ?』


「バカ者ーっ!パンティーが見えてるぞ!」


『えっ!?きゃあーっ!エッチーっ!』


あわててありすはキャノピーから飛び退き、機体の背中側へスライドするように移動。


そのやり取りに、右側の戦闘機から無線が入る。


『谷本一尉。こんなところでラブコメ展開とは……』


「うるさい!斉藤、そんなんじゃない!」


無線越しに斉藤三尉の声が軽く響く中、ありすはようやく本題へ戻る。


『それはそうと、ゴーレムね。魔法で動くロボットみたいなもん。魔法防御がかかってて、魔法の攻撃にはほぼ無敵。しかも物理耐久も高いよ』


「魔法には無敵で、物理も効きにくい?つまり中途半端な攻撃じゃまるで歯が立たんってことか」


『うん、そういうこと』


谷本一尉は息を吐く。


「……ありす。つまりお前は役立たずってわけか」


『ぐっ……そうだけど、なんかむかつく言い方!』


「ふむ。残念だが核は積んでいない」


『ちょっ!核なんて使わなくていいから!通常のミサイルで充分だから!!』


「つまらん……。斉藤!浜村!聞こえたな?ゴーレムを対地ミサイルでぶち壊すぞ!」


「了解!」


三機のF-15Jが鋭く応え、編隊はそのままゴーレムへ向けて速度を上げていった──




「んっ?あれは……誰だ?」


右後方のF-15Jのコクピットで谷本一尉が視線を鋭くする。後方の空に、軽やかに浮かぶ魔法箒の影がひとつ。


『お友達のカミラちゃん。魔法使いだよ』


ありすが通信に割り込んでくる。


「……あの娘もか。魔法少女だらけでわけがわからんな」


左後方を警戒していた斉藤三尉が、やや緊張気味に報告する。


「谷本一尉、左後方から無人の箒がついてきています!」


「なんだと?」


『あ、それ、私の箒。放っといていいよ』


「どんだけ自由なんだよ、君は……」


谷本は嘆息しながらも、前方のゴーレムに視線を戻す。


「全機、突入態勢だ!斉藤、浜村、ついてこい!」


「了解!」


3機のF-15Jが三角陣形を維持したまま、ゴーレムに向かって突撃する。戦闘機の腹部から放たれた対地ミサイルが、空気を切り裂き一直線に巨大な目標へと向かっていく。


次の瞬間──


ドォンッ!


轟音と共に爆炎が巻き上がり、ストーンゴーレムの胴体にひびが走る。やがてひびは広がり、岩の塊が地上に向かって崩れ落ちていく。


「やばっ!でかすぎる!」


ありすが反射的に手をかざす。光球が彼女の手から放たれ、巨大な岩塊を包む。


キィィン──パァン!


光に包まれた岩塊は一瞬で砂へと変わり、風に乗って吹き飛んだ。


他の破片もカミラの放った炎の矢で的確に撃ち砕かれる。


「おい、ありす!さっき魔法は効かないって言ってなかったか?」


『えへへ……ゴーレム本体は無敵だけど、崩れた破片はただの岩にもどるからね。魔法も効くよ』


「なるほどな。じゃあ、お前らの出番だ。落ちてくる破片、処理してくれ」


『了解。初めての共同作業ですね……うふっ』


「馬鹿者ォ!その“うふっ”ってのはなんだ、“うふっ”って!」


『いやー、つい雰囲気で。今は一緒に頑張るときでしょ?』


「……お前がふざけなければな」


『あら、“お前”だなんて……ぽっ』


「ぽっじゃない!ふざけんな!」


『じゃあ、“あなた”って呼んだほうがいい?』


「いい加減にしろーっ!」


谷本の怒声が無線に響くと、斉藤三尉が冷静に突っ込んだ。


『作戦中に夫婦漫才ですか?谷本一尉』


「うるせえっ!」


カミラはそのやり取りを聞きつつ、編隊後方でありすに尋ねた。


「ねえ、ありすちゃん。あの方、谷本さんって言った?……お付き合いしてるの?」


「うーん……それがさあ、まったくの朴念仁でさ、誘っても誘ってもぜーんぜん乗ってこないの!」


「まあ……それは災難ね」


その瞬間、谷本の声が全機に届く。


「各機、いくぞーっ!」


3機のF-15Jが散開し、ゴーレムに再度ミサイルを放つ。ミサイルは的確に命中し、巨体を真っ二つに裂いた。頭部と胴体が分かれ、重々しい音を立てて傾く。


「ありすちゃん、私は上を追います。下をお願い!」


「任せて!」


しかし──


「逃げられた……」


カミラが悔しげに呟く。ゴーレムの頭部にいた人影は既に姿を消していた。


「くっ……!」


狙いを変えて、彼女は炎の矢を放つ。上半身が火に包まれ、燃え尽きる。ありすも光球を放ち、下半身を砂に還していった。


二人は箒を降り、地上へと舞い降りた。戦闘機は上空を旋回しながら、やがて基地へ帰投していく。


「逃げられてしまいました……」


「まあまあ、どうせまた来るよ。悪党ってのはそういうもんよ」


「次に会ったら、絶対にぶっ殺してやる!」


「カ、カミラちゃん……なんか最初とキャラ変わってる気が……」


そのとき──


「おーいっ!」


軽快なクラクションと共に、オープンカーが駆け寄ってきた。助手席で手を振っているのは、ロケットランチャーM72 LAWを抱えた由美。


「ゴーレム、破壊完了です!」


「武器の入手に少し手間取りました!」


「由美さん、申し訳ありません。犯人は取り逃がしました……」


「いえいえ、大丈夫。獲物を残してくれてありがとう。次は私の番ですから」


カミラは拳を強く握りしめる。


「あの女は……絶対に許しません!」


街を覆っていた結界はすでに解け、空は穏やかな青空を取り戻していた。





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