ハロウィン前夜 セクション1 ― 侵入者と黒幕 ―
その日の夕暮れ。 カミラは夕焼けに染まる空を箒に乗って駆け抜け、自宅へと戻ってきた。
彼女の家は人里離れた山の麓にある、まるでテーマパークのシンデレラ城を模したような少女趣味全開の建物だ。 箒でふわりと自室のバルコニーに降り立った瞬間──
「ずいぶんと可愛らしいお家ね」
突如、部屋の中から聞こえてきた声に、カミラは驚愕して後ずさる。
「あなたはっ……!」
そこに立っていたのは、今朝ゴーレムを操って街を襲った、もう一人のカミーラだった。
「留守中に、ちょっとお邪魔してたわ」 「なんですって!? セキュリティが作動してたはず……!」
カミラは即座に部屋の魔法セキュリティシステム、ノイシュヴァンシュタインに呼びかけた。
「ノイシュヴァンシュタイン!報告しなさい!」 「どうしました、マスター?」 「この女、どうやって侵入を!?」 「申し訳ありません。私は侵入者を感知しておりません」
「そんな馬鹿な!目の前にいるじゃない!」 「マスターの反応が二つ、同時に感知されております」
「はあ!?」
驚くカミラに、女は妖艶な笑みを浮かべた。
「そんなに驚かなくても。……ねえ、ママ」 「誰があなたのママですかっ!?」 「だって事実だもの。私はあなたの細胞から作られた娘よ」
カミラの眉が吊り上がる。
「娘ですって!? 結婚もしてないし、処女なんですけど!?」 「まぁまぁ。最近は結婚しなくても子供はできる時代よ」 「ふ、不埒な……!」
その時だった。床に走った魔法の気配と共に、彼女の足元からロープが飛び出し、蛇のように絡みつく。
「きゃああああああっ!?」
ロープは足から腰、胸、首へと絡まり、彼女の体を亀甲縛りにして、天井から吊り下げた。
「け、けしからん眺めだな」
部屋の隅に現れたのは、黒いスーツに黒サングラスといういかにもな風貌の男。
「誰!?」 「アルベルト男爵だ。この計画の黒幕さ」 「……黒幕?」
男爵はゆっくりと歩み寄る。
「この女……君のコピーを作ったのも、ゴーレムをけしかけたのも、すべて私の仕業だ」
カミラは目を見開いた。
「コピー……? まさか……」
「君の細胞から、寸分違わぬ精巧なカミラを作り上げた。内部構造から魔力の流れに至るまで、完全再現だ」
「き、貴様……変態っ!」 「商品価値が高いので手を出すのは我慢している。伯爵に売る予定でね」
そのとき、大人の姿だったカミーラが呪文を唱え、光に包まれながらカミラと同じ年頃の少女の姿に変身する。
「な、何をするつもり……!?」 「この姿なら、君の“友達”たちも信じるだろう。……特に、ありすとかいう子」
「やめろ! その子だけは絶対に巻き込ませない!」 「ふふ……ありすのコピーも作れば、さらなる上玉になるな」
「やめろおおおおっ!!」
絶叫を残して、カミーラと名乗る少女とアルベルト男爵は部屋から姿を消していった。 カミラは天井に吊るされたまま、くやし涙に唇を噛みしめていた。
「……ありすちゃん……早く、気づいて……」
ハロウィン前夜 セクション2 ―ラーメンと、ちょっぴり寄り道―
とある市、航空自衛隊駐屯地の正門前──
制服姿の隊員たちが次々に帰路へと向かうなか、人波の向こうからひときわ元気な声が響いた。
「谷本一尉ーっ!」
その瞬間、門から出ようとしていた男の肩がピクリと跳ねた。
「……大声で呼ぶなっつーの……!」
谷本一尉は周囲の視線を気にしつつ、声の主──山里ありす──に目を向けた。制服のまま、トレードマークの箒シューティングスターは携帯していないものの、元気だけはフルチャージされているようだ。
「何、照れてるのよ。たまたま通りかかっただけって顔しちゃって」
「いや、通りかかったっていうか……って、何の用だ?」
「えー、なにそれ。私たち協力して、あのゴーレム撃退したんだよ?ごはんぐらい奢ってくれてもバチは当たらないと思うなぁ~」
にこっと笑いながら、ありすはずいっと谷本の隣に寄ると、ぐいっと彼の腕を抱え込んだ。
「ちょ、ちょっと待て!?」
「じゃあ行こっか。一番近くて美味しいラーメン屋さん、知ってるでしょ?」
「……ラーメン、だぞ?フレンチとか期待すんなよ」
「なに言ってんの。ラーメンでじゅーぶん!だってさ――」
ありすはくるりと顔を上げて、いたずらっぽく微笑んだ。
「谷本一尉と一緒ってのが、一番大事なんだから」
「…………」
谷本は一瞬、目をそらした。
その頬がわずかに赤くなったのを、ありすは見逃さなかった。
「おっさんと一緒で楽しいかよ。俺みたいな、うだつのあがらん三十路自衛官と」
「違います!谷本一尉はおっさんじゃありませんっ」
「……はいはい、どうも」
その返事はどこか照れ隠しで、優しさを含んでいた。
「ちなみに今日は、お友達の家に泊まるってお母さんに言ってあるの♪」
「はあ!?お、おまえな、冗談きついぞ。人をからかうのもほどほどに……」
「てへっ」
「……ラーメンだけ、だかんな」
「はーいっ!」
秋の夕暮れが夜の帳へと変わっていくなか、ありすは谷本の隣にぴったりと寄り添いながら歩いていく。
谷本はそれを拒むことも、嫌がることもなく、そのまま黙って並んで歩いていた。
まるで、ちょっぴり特別な夜への、寄り道のように――。
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