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第7話 ハロウィン前夜

ハロウィン前夜 セクション1 ― 侵入者と黒幕 ―


その日の夕暮れ。 カミラは夕焼けに染まる空を箒に乗って駆け抜け、自宅へと戻ってきた。


彼女の家は人里離れた山の麓にある、まるでテーマパークのシンデレラ城を模したような少女趣味全開の建物だ。 箒でふわりと自室のバルコニーに降り立った瞬間──


「ずいぶんと可愛らしいお家ね」


突如、部屋の中から聞こえてきた声に、カミラは驚愕して後ずさる。


「あなたはっ……!」


そこに立っていたのは、今朝ゴーレムを操って街を襲った、もう一人のカミーラだった。


「留守中に、ちょっとお邪魔してたわ」 「なんですって!? セキュリティが作動してたはず……!」


カミラは即座に部屋の魔法セキュリティシステム、ノイシュヴァンシュタインに呼びかけた。


「ノイシュヴァンシュタイン!報告しなさい!」 「どうしました、マスター?」 「この女、どうやって侵入を!?」 「申し訳ありません。私は侵入者を感知しておりません」


「そんな馬鹿な!目の前にいるじゃない!」 「マスターの反応が二つ、同時に感知されております」


「はあ!?」


驚くカミラに、女は妖艶な笑みを浮かべた。


「そんなに驚かなくても。……ねえ、ママ」 「誰があなたのママですかっ!?」 「だって事実だもの。私はあなたの細胞から作られた娘よ」


カミラの眉が吊り上がる。


「娘ですって!? 結婚もしてないし、処女なんですけど!?」 「まぁまぁ。最近は結婚しなくても子供はできる時代よ」 「ふ、不埒な……!」


その時だった。床に走った魔法の気配と共に、彼女の足元からロープが飛び出し、蛇のように絡みつく。


「きゃああああああっ!?」


ロープは足から腰、胸、首へと絡まり、彼女の体を亀甲縛りにして、天井から吊り下げた。


「け、けしからん眺めだな」


部屋の隅に現れたのは、黒いスーツに黒サングラスといういかにもな風貌の男。


「誰!?」 「アルベルト男爵だ。この計画の黒幕さ」 「……黒幕?」


男爵はゆっくりと歩み寄る。


「この女……君のコピーを作ったのも、ゴーレムをけしかけたのも、すべて私の仕業だ」


カミラは目を見開いた。


「コピー……? まさか……」


「君の細胞から、寸分違わぬ精巧なカミラを作り上げた。内部構造から魔力の流れに至るまで、完全再現だ」


「き、貴様……変態っ!」 「商品価値が高いので手を出すのは我慢している。伯爵に売る予定でね」


そのとき、大人の姿だったカミーラが呪文を唱え、光に包まれながらカミラと同じ年頃の少女の姿に変身する。


「な、何をするつもり……!?」 「この姿なら、君の“友達”たちも信じるだろう。……特に、ありすとかいう子」


「やめろ! その子だけは絶対に巻き込ませない!」 「ふふ……ありすのコピーも作れば、さらなる上玉になるな」


「やめろおおおおっ!!」


絶叫を残して、カミーラと名乗る少女とアルベルト男爵は部屋から姿を消していった。 カミラは天井に吊るされたまま、くやし涙に唇を噛みしめていた。


「……ありすちゃん……早く、気づいて……」



ハロウィン前夜 セクション2 ―ラーメンと、ちょっぴり寄り道―


とある市、航空自衛隊駐屯地の正門前──

制服姿の隊員たちが次々に帰路へと向かうなか、人波の向こうからひときわ元気な声が響いた。


「谷本一尉ーっ!」


その瞬間、門から出ようとしていた男の肩がピクリと跳ねた。


「……大声で呼ぶなっつーの……!」


谷本一尉は周囲の視線を気にしつつ、声の主──山里ありす──に目を向けた。制服のまま、トレードマークの箒シューティングスターは携帯していないものの、元気だけはフルチャージされているようだ。


「何、照れてるのよ。たまたま通りかかっただけって顔しちゃって」


「いや、通りかかったっていうか……って、何の用だ?」


「えー、なにそれ。私たち協力して、あのゴーレム撃退したんだよ?ごはんぐらい奢ってくれてもバチは当たらないと思うなぁ~」


にこっと笑いながら、ありすはずいっと谷本の隣に寄ると、ぐいっと彼の腕を抱え込んだ。


「ちょ、ちょっと待て!?」


「じゃあ行こっか。一番近くて美味しいラーメン屋さん、知ってるでしょ?」


「……ラーメン、だぞ?フレンチとか期待すんなよ」


「なに言ってんの。ラーメンでじゅーぶん!だってさ――」


ありすはくるりと顔を上げて、いたずらっぽく微笑んだ。


「谷本一尉と一緒ってのが、一番大事なんだから」


「…………」


谷本は一瞬、目をそらした。

その頬がわずかに赤くなったのを、ありすは見逃さなかった。


「おっさんと一緒で楽しいかよ。俺みたいな、うだつのあがらん三十路自衛官と」


「違います!谷本一尉はおっさんじゃありませんっ」


「……はいはい、どうも」


その返事はどこか照れ隠しで、優しさを含んでいた。


「ちなみに今日は、お友達の家に泊まるってお母さんに言ってあるの♪」


「はあ!?お、おまえな、冗談きついぞ。人をからかうのもほどほどに……」


「てへっ」


「……ラーメンだけ、だかんな」


「はーいっ!」


秋の夕暮れが夜の帳へと変わっていくなか、ありすは谷本の隣にぴったりと寄り添いながら歩いていく。

谷本はそれを拒むことも、嫌がることもなく、そのまま黙って並んで歩いていた。


まるで、ちょっぴり特別な夜への、寄り道のように――。



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