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第8話 ハロウィンの朝

ハロウィンの朝 セクション1 ―朝の悪戯と、ちょっぴり真面目な想い―


「おはようございますっ!」


明るく透き通った少女の声が、静まり返った室内に響いた。


「んっ?……んん……?」


谷本はゆっくりとまぶたを開き、声の主を確認しようと頭を起こした。


そこにいたのは――


「おまっ……なんでお前がここにいる!?」


自分が寝ていた場所は、確かに見慣れたワンルームのベッドの上。壁も机も、カレンダーも、全部が「いつもの谷本の部屋」。だというのに、その枕元にしゃがんで微笑んでいるのは、どこからどう見ても山里ありすだった。


「ひどぉ~いっ!覚えてないんですかぁ?」


ふくれっ面で抗議する彼女に、谷本の頭はまだフリーズ中だ。


(ラーメン……ラーメンを食った……)


記憶を必死に手繰り寄せる。だが、そこから先が曖昧だ。


「その後、私のことも……食べたんじゃないですか?」


ぽっと頬を染めて意味深な視線を寄越す。


「うそつけぇえええええ!!」


谷本は思わず跳ね起きた。大声で否定するものの、脳裏にまったく映像が浮かんでこない。それが逆に恐ろしい。


「マジでどうしてここにいる。正直に言え」


「あーあ、昨日止めたのに、いっぱい飲むからぁ。よっぱらって、ぜんっぜん歩けなくなって……だから、送ってあげたんですよ。わたしが!」


「……それは昨日だろ。今朝になってもなんでまだいるんだよ」


「昨日からずーっといましたけど?」


「嘘を言うな、コラ」


「もぉ~、あんなに激しかったのにぃ……。『初めてだから、優しくして』って言ったじゃないですかぁ?」


「誰が言った! おまえだろ!! っていうかやめろ、ややこしい言い回しをするな!」


ありすはくすくすと笑いながら、ピースサインを見せた。


「昨日、送ってきたらね~。あまりにもお部屋がカオスだったから。今朝からお掃除に来たんですよー」


「……はじめから、そう言えや……」


ようやく部屋を見回す余裕ができた谷本は、机の上の空き缶がなくなっていることに気づく。床に散らばっていた資料や、脱ぎ散らかしたTシャツも、いつの間にか畳まれていた。


「それと、朝ごはんも作ってあります。冷めないうちにどうぞ」


「……ああ、ありがとな」


素直に礼を言い、着替えようと立ち上がる谷本。

が――ありすの視線が釘付けになっていることに気づく。


「……おい、着替えるから……他所を向いてろ」


「へっへへへへ……減るもんじゃなし、いーじゃないですか~?」


「バッカヤローッ!!」


一喝とともに、ありすは部屋の外へ豪快に放り出された。


「もうっ!谷本一尉の、いけずーっ!」


扉越しに、空に響くような抗議の声。


谷本はため息をひとつ。だが、その口元には――

気づかれない程度に、微かな笑みが浮かんでいた。





ハロウィンの朝 セクション2 ~黒猫、朝を駆ける~


「もーっ!谷本一尉のいけずーっ!」


アパートのドアをバンバン叩きながら、ありすは玄関前で地団駄を踏んでいた。すると、不意に背後から低く落ち着いた声が届く。


「朝から元気だな、おい」


「きゃっ!?」


驚いて振り返ると、フェンスの手すりの上に、黒猫が一匹。悠然とこちらを見つめている。


「猫が……喋ったーっ!?」


「いや、そういうボケは要らん」


ツッコミとともに、前足で自分の額をトントン叩く黒猫――それはカミラの使い魔、ラスカルだった。


「ラスカルさん!どうしたの!?カミラちゃんは?」


「……捕まった」


「え……?」


「カミラの家で、偽カミーラが待ち伏せしてた。そして、カミラは……囚われた」


ありすの顔色が一気に変わる。


「そんな……」


「俺は奴らに気づかれず脱出できた。こうして助けを求めに来れたのも、運が良かっただけだ」


よく見れば、ラスカルの毛は乱れ、ところどころ泥や血で汚れている。小さな身体は傷だらけだった。


「……ここまで、ひとりで?」


「カミラのためだ。どうってことないさ」


「ううっ……偉いよ、ラスカルさん……!後で《黒猫ラスカルの大冒険》ってタイトルで本が出せるかも!」


「出ねーよ……」


「でも、どうして私の居場所がわかったの?」


「まず君の家に向かった。そしたら……君の使い魔が、居場所を教えてくれた」


「え? 新右衛門さんが?」


「そういう名前なのか、あのペンギン……」


「うん。かわいいでしょ?」


「……いろんな意味で目立ちすぎるとは思うがな」


「ダメ?鳥類だし、ペンギンってカワイイし、知的な感じもするし……」


「街中で目立つ使い魔ってのはどうかと思うけどな」


「えへへ。でも、私は好きだよ。新右衛門さん、頭もいいし頼りになるし」


「……なら頼らせてもらおう。救出は、そいつと合流してからだ」


「うん……!」


ありすは箒の魔法陣を呼び出しかけたが、ふと手を止める。


「新右衛門さんと合流して、ちゃんと準備してから向かおう。焦ってもダメだよね」


「その通りだ」


ラスカルの声には珍しく、安堵が混じっていた。


――嵐の前の静けさ。

少女と黒猫は、迫る決戦の気配に耳を澄ませるのだった。



「やあ!ラスカルさん。迷わずこれたようですね」


話に夢中になっていたせいで、ありすの使い魔である新右衛門がいつの間にかラスカルの背後に現れていたことに、ようやく気づいた。

身長130センチの皇帝ペンギンである。


「あっ!新右衛門さん。あかわらずキュートですね」


「そっか?これだけでかいとむしろ怖い・・・」


「ヨチヨチ歩く姿がとてもキュートです」


「・・・新右衛門さん。つかぬ事を聞くがここまでどうやって来た?」


「恥ずかしながら歩くのはあまり得意でないので地下鉄で来ました。」


ラスカルはめまいを覚えた。


「よく、ここまでこれたな」


「地下鉄の乗り方ぐらい知ってる」


「窓口でペンギン一枚って言ったって無理だぞ」


「失敬な。ちゃんと『皇帝ペンギンの大人1枚』って伝えたぞ」


「すごーい!新右衛門さん。」


「ちゃんと切符を買ってここまで来たぞ」


「・・・買えるのか」


「ラスカルさんも猫の大人1枚と言えば地下鉄でこれるよ」


「そうなのだろうか・・・」


突然、谷本の部屋のドアが開いた。


「ありす!うるせーぞ!人の玄関先で大声で話してるんじゃ・・・」


谷本の目に映ったのは、ありすと話している黒猫と、巨大な皇帝ペンギンだった。


「猫はまあいいとして…ペンギンがいる。でけーペンギンが・・・」


ぶつぶつ呟きながら扉を閉めてしまう。


「ありす!それよりお友達を助けに行かなくていいのか?」


「そうだった。まずは、連絡」


ありすは携帯を取り出し、由美に連絡を取った。


「由美ちゃん?ありすだよ。朝早くからごめん」


「どうしたの、ありすちゃん?用事なら今日、宮の森さんのパーティーで会った時でも・・・」


「急用で、そのパーティーに遅れるかもしれないの」


「何かあった?」


「パーティーで詳しく説明するよ」


「…。りょーかい」


一瞬、妙な間があったが、今はそれどころではなかった。


「シューティングスター!」


ありすが呼ぶと、突如目の前に箒が光を放って出現する。


ひらりと飛び乗った。


「ラスカルさん!道案内お願いします」


ラスカルも箒に飛び乗る。


「ありす!僕も行くよ!」


皇帝ペンギンの新右衛門さんも同行するらしい。


「おいまて!その図体では無理なんじゃないのか?」


「行くよ!」


ラスカルが新右衛門に話しかけている最中に、ありすの声と同時にシューティングスターはすさまじい速度で飛び出した。


「なるほど、やつは置いてきぼりか。当然か」


ラスカルはそう思ったが、すぐに目を見開いた。


「なにーーーーーーーーーっ!!」


音速で飛行するシューティングスターに併走して飛行している物体があった。


皇帝ペンギンの新右衛門が、翼を広げて空を滑空していた。


「あ、ありす嬢!ペンギンが……新右衛門さんが飛んでるぅっ!」


「えっ?鳥類だもの。特におかしくないでしょ?」


「おかしいだろ!俺の知る限り、ペンギンは空を飛ばない!ましてや音速で飛ぶなんて!!」


「鳥類だし、それに流線形で空気抵抗も少ないから、音速で飛べるの」


「なんか変だろーーーっ!」


ラスカルの絶叫は、ドップラー効果で空にこだまする。




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