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第10話 ハロウィンの戦い ACT2 焼肉祭  

 ACT2-1 豚男?いいえ、オークです。



「さてと、次はどんなお出迎えかしら?」


 ありすたちがらせん階段を駆け上がり、上のフロアへと足を踏み入れた瞬間――


「うおおおおおおおっ!!」


 凄まじい咆哮とともに、数体の巨大な獣人が立ちはだかった。


「……狼男の次は、豚男?」


 ありすが呟いた一言に、立ちはだかった一体の獣人がビクッと肩を震わせた。


「違うっ!俺たちはオークだ!豚男なんて言うんじゃねぇ!」


「いやでも、見た目はほぼ豚だよね」


「ですね。鼻も耳も立派な豚ですし」


「脂がのってそう。……100g98円くらいかしら?」


 ラスカル、新右衛門、そしてありすまで、口々に“豚”認定。


 オークたちはぶるぶる震えながら怒鳴った。


「このクソ女ぁ!やってやるっ!犯してから煮て焼いて食ってやる!」


「きゃあ~、豚に犯される~」


 ありすの叫びは、棒読みだった。


「はぁー……なんか、もう面倒くさくなってきた」


 次の瞬間――


 ゴォッ!!!


 フロアを包むように炎が噴き上がった。


「ぎゃあああああああああ!!」


 オークたちは一言も発する暇もなく、一瞬で丸焼きになった。


 炭になったオークの残骸が、床にポトリと落ちる。


「うおーっ!俺たち、なんのために出てきたんだーっ!」


 黒こげになった中から、かすかな声が聞こえた気がしたが、既に遅かった。


「……俺も同感だ。せっかく黒豹に変身したのに出番がないとはな」


 ラスカルがしょんぼりと元の姿に戻りながらつぶやく。


「焼き豚ができました」


「けど、ぜんぜん食欲は刺激されませんね。誰か、欲しい人いる?」


 新右衛門が大剣を軽く担ぎ直す。


「いらないー」


「よし、じゃあ次。カミラちゃんが待ってるし、さっさと進もっか」


 ありすはひらりとスカートを揺らしながら、次の階段へと軽やかに走り出す。


 後に残されたのは、焦げ臭いにおいと、無言のオークたちだった――。



ACT2-2 焼き肉にはなりたくない。


「ここだ。次がカミラの捕らわれてるフロアだ」


 ラスカルが低く唸るように告げる。


「はーい。じゃあ次は何男かな~?」


 ありすがまるで遠足の目的地でも発表するような調子で階段をのぼると、目の前に現れたのは――


「おおっ、牛男だ!」


 筋骨隆々とした大男。その顔は牛、胴体は人。バトルアックスを担いだその姿に、誰もが叫んだ。


「ミノタウロスだな」


「松坂ブランドじゃないと食べる気しないわね」


「おい、待て。どう見ても食用じゃないだろ」


 ラスカルが眉をしかめる。


「乳牛でもないし…」


「っていうか、牡だよね。ステーキには不向きじゃない?」


「だったらハンバーグにでもする?」


「ちょ、ちょっと待て!まさか…俺をミンチにする気か!?」


 ついにミノタウロス――いや、仮にミノタンロース氏とでも呼ぼうか――が堪忍袋の緒を切ったようだ。


「やかましい!食うとか言うな!俺様はなあ、誇り高き魔界の戦士なんだぞ!」


「へー、誇り高き牛さんね」


「ミノ!タン!ロース!見事に部位が揃ってるじゃない」


「焼肉定食、完成ね」


「誰がミノタンロースだぁぁぁっ!!」


「あなた以外に誰がいるのよ」


「他に該当者はいませんね」


 ありす、新右衛門、ラスカルの口撃にタジタジのミノタウロス、ついに叫んだ。


「ぶち殺してやるっ!!」


 怒りの咆哮とともに、バトルアックスを振り上げ、一直線に突進してくる。


 が――


「はい、ファイヤー」


 ありすがパチンと指を鳴らした瞬間、空間が揺れた。


 バゴォォォン!!!


 巻き起こる紅蓮の業火。ミノタウロス――いや、ミノタンロース氏は、何もできずに一瞬で焼き尽くされ、床の上には香ばしい煙と、こんがりした焼肉臭が残るのみとなった。


「……焼けたね」


「うん、上カルビって感じ」


「いや、臭いで食欲なくなったわ…」


 新右衛門がしれっと呟く。


「……ま、ちゃちゃっと進もう。カミラちゃんを助けるのが先」


 ありすの言葉に、3人は煙の残る通路をあとにし、さらに上階へと歩を進めていった。



ACT2-3 囚われのカミラと、優しさと脂肪の魔法


カミラの気配をたどってたどり着いた扉を開けた瞬間、ありすたちは言葉を失った。


「カミラちゃん……!」


部屋の中央、天井から吊るされたロープに縛られたその姿はあまりにも痛々しかった。体中に痣が残され、亀甲縛りという侮辱的な拘束。


「なんて酷いことを……!」


ありすのこめかみがぴくりと跳ねた。その瞬間、彼女の足元に魔法陣が浮かび上がり、空中に舞い上がる。


「新衛門さん、お願い!」


宙を駆けるように剣を振るうありす。その刃がロープを断ち切った。


「きゃっ――!」


カミラが落下する、その瞬間――ふわり。


「キャッチ」


お姫様抱っこで彼女を受け止めたのは、どこか凛々しさを感じさせるペンギンだった。


「……ペンギンさん?」


「安心して。僕は新衛門。ありす嬢の使い魔です」


そう言って彼は静かにカミラを床に寝かせた。


「ラスカルさん……無事だったんですね!」


カミラが目を見開いてラスカルを見つめる。


「カミラ、お前が心配でたまらなかったんだぞ!」


「ラスカルさんが知らせてくれたの。だから、私たちが来られたのよ」


だが――


「新衛門!?おい、何する気だ!」


新衛門は突然、黒豹姿のラスカルをひょいと担ぎ上げると、くるりと身を翻し、部屋の外へ向かって歩き出した。


「お、おい!俺もカミラが心配なんだぞ!」


「落ち着きなさい。君は“男”だろう?」


「……俺は猫だ!」


「君がどう思おうと、彼女が“女の子”である以上、そこは配慮すべきだ。今は、彼女の手当てが先だ」


新衛門はきっぱりと言い、部屋の外へと出ていった。


* * *


部屋の中――


「……よし。治癒魔法、発動」


ありすの手から柔らかな光があふれ、カミラの体を包み込む。痣がみるみる消えていく。


「ありがとうございます、ありすちゃん……」


「ううん、気にしないで。それより、痛いところはもうない?」


「大丈夫。ほんとうにありがとう」


「ところで……さっきのペンギンさん、優しかったですね」


「ああ、新衛門さんね。あの子の10%は優しさでできてるんだよ」


「10パーセント……って、少なくないですか?じゃあ、残りの90%は?」


ありすは真顔で答えた。


「脂肪」


「……し、脂肪って……」


二人は顔を見合わせて、思わず吹き出した。


「も、もう、ありすちゃんったら!」


「だって、見た目どおりでしょ?」


「そうだけど!優しさと脂肪でできてるって何よ!」


笑いの余韻の中、カミラは魔力で新しい服を身にまとう。


「……それより、あの女と、下っ端貴族――男爵だったかしら? どこへ行ったか、知ってる?」


「えっ?」


「きっと、私に成りすまして何か企んでるのよ。あれ以上好き勝手される前に止めなきゃ」


ありすは顔を引き締めた。


「それは一大事!急がないと罪をなすりつけられちゃう」


「行きましょう!」


二人は勢いよく部屋を飛び出した。


* * *


廊下には、いつの間にか人間サイズに戻っていた新衛門と、ラスカルが待っていた。


「おまたせ、新衛門さん。ラスカルさん」


「カミラ、大丈夫か?」


「ええ、ありがとう。ラスカルさん」


「よかった……」


ありすはその様子を微笑ましく見守りながら、携帯を取り出した。


「とりあえず、帰る前に連絡しておかなきゃね」


画面をタップするありす。その指は、次なる決戦に備えて、静かに動き出していた――。



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