ハロウィンの戦い トリック・オア・イート2
セクション1
「マジかよ……怪物退治だなんて、まるでゲームか映画の話じゃねぇか。」
整列する特殊部隊の一人が苦笑交じりに呟く。だが、その視線の先――指揮を執る中学生風の少女・工藤由美の目は、どこまでも冷静で、どこまでも鋭かった。
「うちのチーム、対人戦闘ならプロ中のプロだけど……ターゲットがモンスターってのは、さすがに初めてね。何かアドバイスもらえる?」
隊長のリサが軽く問いかけると、由美はわずかに口角を上げて答えた。
「……迷うな。躊躇うな。ぶち殺せ、ですかね」
一瞬、沈黙。
その言葉の重みに、部屋の空気がピリリと張りつめる。
「物騒なお子様だな……」
誰かがそう呟いたが、由美は構わず続けた。
「ゾンビや狼男に襲われてる仲間がいたら、例え友人でも、恋人でも、子供でも――オバ○でも、ためらわずに撃ち抜いてください」
「最後のがちょっと分からんけど……つまり、躊躇うなってことね」
由美は頷く。
「そう。さっきも言いましたが、迷いは命取りです。一瞬の躊躇が、自分の、仲間の、そして――世界の命取りになりますあえて言うなら、迷ったら撃てです」
リサの隊員たちが真剣な顔でうなずき始めた。
「今夜、街ではハロウィンパレードが予定されてます。一般市民の仮装と敵の識別には細心の注意を払ってください」
「質問いいですかー?」
律儀に手を挙げたのは、やや童顔の若手隊員だった。
「どうやって仮装した一般人とモンスターを見分けるんです?」
由美は淡々と答えた。
「通常弾で死なないのがモンスターです」
「……いや、撃ってから判別するのはマズくないっすか?」
由美は真っ直ぐにその隊員を見据え、静かに言った。
「私は、そういう世界で生きてきました。今回の任務は、そういう任務です。だから、私が呼ばれた――そう理解してください」
部屋にいた全員の表情が、無言のうちに変わる。
彼女の言葉に、現実味のないはずの“戦い”が、確かな現実として立ち上がってきた。
「作戦開始は20:00時。各班、指定ポイントに展開後、由美の指示を優先とする」
リサの号令に、部隊が動き出す。
由美は静かに、自分の胸ポケットの奥に仕舞っていた十字架のペンダントを一度だけ握りしめ、言った。
「地獄の夜が始まります。覚悟は、できてますか?」
セクション2
「よしっ、準備完了!」
「わたくしも、できましたわ」
ありすとカミラは、華やかな笑顔で鏡の前に並んだ。今日は宮の森邸でのハロウィンパーティー。もちろん、気合いは十分だ。
カミラは、白いブラウスに赤いミニスカート。そして猫耳カチューシャに、腰にはふわふわの尻尾。いつもの上品な印象から一転して、愛らしい“猫っ娘”に大変身していた。
一方のありすは、ピンク色のミニスカートナース服。白いニーソックスがふとももに映え、抱えているのは、全長1メートルの巨大な注射器のぬいぐるみ。
「どうですか? 完璧なキューティーナースでしょ?」
「お二人とも、よくお似合いですよ」
部屋の隅から拍手を送ったのは、新衛門。見た目はどう見ても“巨大な皇帝ペンギン”である彼は、今日もなぜか普通にリビングの座布団に鎮座していた。
「どうでもいいが、新衛門……お前、そんなに普通にしてて大丈夫なのか?」
ラスカルがあきれたように隣から問いかける。黒猫――もとい使い魔の彼は、相変わらず事情には厳しい。
「なんのことですか?」
「いや、そもそもだ。あんた、ペンギンだろ。ぬいぐるみのふりとか……そういうの、しなくていいのか?」
「必要ありませんよ。この家は、三代続けて魔法少女を輩出した名家ですから。ペンギンが喋って動いていても普通の光景なのです」
「……そうなのか?」
ラスカルが目をぱちくりしてるところへ――
「ありす~、時間までに戻ってくるのよ~」
玄関のほうからありすの母親の声が響いてきた。婦警姿のコスプレに身を包んだ彼女が、片手に交通誘導棒を持って通過する。
「……あれ? ありすの母ちゃん、花屋だったよな?」
「花屋です」
「じゃあなんで婦警?」
「ハロウィンですから」
「……なるほどな」
納得しかけたところで、今度はメイド服を着た老婆がコーヒーを持って廊下を通過する。
「おばあちゃまもメイド!?」
「祖母は毎年、定番で攻める派なんです」
「……ハロウィンって、なんだったっけ……」
ラスカルが遠い目で問いかける。
「仏教徒なので、よくわかりません」
「……そうか」
突っ込みどころ満載な一家であるが、魔法少女という家業の前では、もはや何も不思議ではないのだった。
セクション3 ~闇の軍勢、進撃す~
とある市の外れ――。
森の奥深く、不気味な霧が地を這うように立ち込めている中、異形の怪物たちが続々と集結していた。
「このまえの小娘……!」
鋭い牙を剥き出しにした狼男が吠えた。
「我ら誇り高き狼の一族を、あんなガキにコケにされるとは……屈辱だ! 必ず血で償わせてやる!」
「俺ぁもう決めてる。あの娘、俺の子を孕ませてやる!」
「ぐへへ……あいつ、処女だったんだな。処女はな、特別に旨いんだな……食べるならあいつなんだな……」
次々と沸き立つ野卑な声。
狼男たちは興奮のあまり、地面を爪で掘り返し、涎を垂らしていた。
「貴様ら狼ばかり騒ぎやがって!」
今度は分厚い肩を揺らしながら、オークが前に出る。
「俺たちを“豚男”呼ばわりした女……絶対に許さん! せめて、イベリコ豚って言え!」
「雑魚がなんか言ってらァ!」
重たい足音を響かせ、ミノタウロスが岩を蹴り砕いて出てきた。
「俺様を“ミノ”“タン”“ロース”と並べやがって……焼き肉の具扱いだ! あの娘は俺が調理してやる!」
「やかましいわ!」
「うるさい!」
「順番はどうするんだよ!?」
森の中に、怒声と欲望の叫びが渦巻いた。
そして、その喧騒を見下ろすように、一枚岩の上に黒スーツの男が立っていた。
その男に、黒いマントを羽織った金髪の美女が寄り添う――
偽のカミーラ、いや、“もう一人のカミラ”だ。
男はゆっくりと手を広げ、怪物たちを見渡す。
「我が下僕たちよ――闇の住民たちよ」
声は低く、しかし恐ろしく通る。
「今宵――この街は我らが手に堕ちる。光に縋る人間どもに、我らの真の力を思い知らせてやるがいい」
その声に応えるように、森中に咆哮が響き渡る。
「殺せ!」
「犯せ!」
「喰らい尽くせ!」
黒スーツの男の声が、狂気の号令に変わった。
「うおおおおおおおおおおお!!」
まるで地鳴りのような歓声が森に満ちる。
男は寄り添うカミーラに視線を送る。
「行け、カミーラ。我が軍勢を率い、街を恐怖と闇で包みこめ!」
カミーラは恭しく片膝をつくと、艶めかしく笑い――
「イエス、マスター」
黒マントを翻した彼女の姿は、次の瞬間、数十羽のコウモリに分裂して闇の空へと舞い上がった。
怪物たちも、彼女を追うように森を飛び出し、静かな市街地へと進軍を開始する。
ハロウィンの夜に――
地獄の祝祭が、今まさに始まろうとしていた。
セクション4 ~余興の準備は魔法仕込み~
秋の夕暮れ、オレンジ色に染まる空を背に、ありすの家の玄関がぱたりと開いた。
「さて、宮の森さんのハロウィンパーティーに行く前に――ちょっと寄り道しないと」
そう言って、ピンクのナース服姿で意気揚々と飛び出したのは、魔法少女・ありす。
その隣を歩くのは、赤いスカートに猫耳と尻尾をあしらったコスチュームが愛らしいカミラだった。
「おもちゃ屋さん、ですの?」
カミラが小首を傾げて尋ねる。
「うん。パーティーの余興用にちょっとした“仕込み”があるの」
「“仕込み”って……?」
ありすの口元がにやりと悪戯っぽく持ち上がる。
「ねえ、カミラちゃん。ゴーレムって作れる?」
「えっ……!?」
びくっと肩を震わせたカミラの脳裏に、この前街を襲った“巨大ゴーレム”の姿がよぎる。
「ち、ちょっと待ってください!まさか、あんな――」
「ちゃうちゃう!あんなの出したらまたニュースになるわ!」
ありすは大きく手を振った。
「作って欲しいのは、人間サイズの小さいやつ。見た目も可愛くて……でもいっぱい欲しいの!」
「人間大なら……なんとか」
「でも大丈夫。おもちゃ屋さんで仕入れるのは“外見”だけ。動力と制御は私の魔法、それにカミラちゃんのゴーレム術で、ちょちょいと仕上げる予定!」
「ちょちょい……で済むなら、いいのですけど」
「細かいことは、飛びながら説明するね!」
ありすが手を掲げると、空間に魔法陣が展開し、鮮やかな光を放ちながら一本の箒が現れる。
「シューティングスター!」
続いて、カミラも右手を掲げて呼び出す。
「エリーゼ、お願い!」
それぞれの箒がくるりと宙を舞い、ありすとカミラの足元へと飛来する。
二人は慣れた様子でひらりと飛び乗ると、夕空に向けて飛び立った。
「さーて、余興の準備、スタート!」
「なんだか不安ですわ……でも、楽しみです!」
空を切って飛ぶ二人の箒は、街の中心にあるおもちゃ屋に向けて一直線に飛翔していった。
その背後で、空の色は徐々に夜の帳を下ろし始めていた――。
セクション5 ~ミッション名:ハロウィン大進撃~
仮設された特殊部隊の司令部――かつては航空自衛隊の倉庫だった場所が、今や戦闘準備が整った最前線の指令室と化していた。
中央のテーブルを囲んで、作戦ブリーフィングが進行している。
「では、部隊を3つの小隊に分け、市の南部3箇所に展開します」
由美が落ち着いた口調で指示を出すと、周囲の兵士たちは真剣な表情でうなずいた。
「小隊の指揮系統はこうなっています。第1小隊の隊長はリサさん。サポートに、うちのエージェント、滝をつけています。第2小隊は私が直接指揮します。第3小隊は高柳さんにお願いします」
「OK」
リサ・北條少佐が即座に頷いた。
「で、その滝ってエージェントは今どこに?」
「既に第1小隊の配置ポイントに先行して監視任務に入っています」
「なるほど。すぐ合流するわ。でも……北と東と西の防衛はどうなってるの?」
「そちらは、別チームに既に手配済みです」
由美の即答に、リサは内心感心する。
(思ってたより、超常現象対策課って大規模なのね……)
それ以上を詮索するのは控えた。まさか、その“別チーム”の正体が予想外のメンバーで構成されていることなど、この時点では知るよしもない。
「ところでリサさん、これを装備してもらえますか?」
由美が差し出した袋の中身に、リサの表情が一瞬止まった。
「……これ、チャイナドレス……?」
しかも、横スリットが入ったセクシー仕様。
「ハロウィンですから」
由美は堂々と胸を張る。しかも悪びれた様子は一切ない。
「……了解。もう驚かないわ」
リサは溜息をつきながらも受け取り、作戦遂行のため着替える覚悟を決める。
「あと、部隊の呼称についてですが――」
「……まさかとは思うけど」
リサの嫌な予感をよそに、由美はさらりと言い放った。
「第1小隊はチャイナ小隊。第2小隊はミニスカ小隊。そして第3小隊はバニー小隊でお願いします」
「……もう、なんでもいいわ」
「私も……何も聞かなかったことにします」
高柳も苦笑しながらうなずいた。
“チャイナ小隊”、“ミニスカ小隊”、“バニー小隊”――見た目のインパクトとは裏腹に、いずれも本物の戦闘部隊。
街を守るため、笑いと火力と魔法で武装した彼女たちは、夜の街へと出撃していった。