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第14話 ハロウィンの戦い トリック・オア・イート4

セクション1


その報はただちに各小隊に伝えられた。


「こちらバニー小隊、バニー2より各小隊へ。小隊長が敵の狼男の一体に拉致された。これよりバニー小隊は小隊長救出のため行動を開始する」


「高柳さんが……っ! 馬鹿もん! 大の男が雁首そろえて何をしていたんだ! 貴様ら、それでも第7特殊部隊の一員か!」


チャイナ小隊のリサ少佐は怒りを露わにした。


「隊長、申し訳ありません。この借りは、必ず自分たちの手で返します!」


バニー小隊の副隊長が無線越しに叫ぶ。


「待て! 我々も合流する」


「こちらミニスカ小隊、ミニスカリーダー。バニー小隊・チャイナ小隊、各隊は担当区域での警戒を継続。全体の戦況を維持してください」


無線越しに由美の冷静な声が飛ぶ。


「由美ちゃん! 高柳さんの救出に行かせてくれ!」


焦りをにじませた声でリサが懇願する。


「だめです。敵の主犯格はいまだ姿を見せていません。今回の襲撃が陽動の可能性も高い。ここで部隊を割くのは危険です」


「しかし……っ!」


「美佐さんは優秀なエージェントです。もし逆にこちらが手薄になって戦線を崩されたら、あの人こそ怒るでしょう」


「……了解」


リサは歯を食いしばりながら応答した。


由美は無線を切ると、すぐに戦況へと意識を戻した。


「全員、残らず食用家畜どもをミンチにしてやりなさい!」


「「了解!」」


ミニスカ小隊の面々が、由美の号令に応えて一斉に攻撃を開始した。無数の銃弾がオークやミノタウロスたちを容赦なく打ちすえる。


激しい銃声と悲鳴が、夜の街に響き渡る中、戦いはますます苛烈さを増していった。




セクション2


 夕暮れのオレンジ色が街を包み始めるころ。

 ありすとカミラは宮の森家の門前に降り立った。


「本日はお招きいただきありがとうございます」

 二人はおそろいの仮装姿で、玄関先で深々と頭を下げた。ありすはナース風のピンクのミニスカート姿、カミラは猫耳と尻尾付きの赤いスカートと白いブラウス――どちらも可憐で注目を集めそうな出で立ちだった。


 出迎えに出てきたのは、主催者の一人、宮の森里美。だがその表情は、どこか困惑を含んでいた。


「あの、ありすちゃん。ちょっと不思議なことがあるのだけれど……」


「なに?どうしたの?」


「さっき一度、会場の中にカミーラさんをご案内したのよ? でも、なんでまた玄関にいるのかしら?」


 その言葉に、ありすとカミラの表情が一瞬で引き締まる。


「あっ、もう……! こんなとこにまで入り込んでいたのね……!」


「宮の森さん、それは――私じゃありません! 偽物です!」


 カミラが一歩前に出て、きっぱりと言い切った。瞳には怒りと警戒の色が浮かんでいる。


「偽物? まさか、悪い魔法使いの手先とか……!?」


 だが意外なことに、里美は恐れるどころか、目をキラキラと輝かせていた。どうやら悪の魔法使いや影の組織というワードが、彼女の乙女心に火を点けてしまったらしい。


「里美ちゃん、協力してもらえる?」


 ありすが真剣な声で問いかけると、里美は即座に背筋を伸ばし、右手を胸元に当てた。


「もちろんですわ! この宮の森里美、誇りにかけてお力添えいたします!」


「ありがとう。じゃあ、まずは会場で偽物を見つけて――正体を暴きましょう!」


「ふふっ、まるで推理劇のヒロインになったみたい!」


 こうして、仮装と陰謀が交錯するハロウィンの夜、もう一つの舞台の幕が静かに上がるのだった――。



セクション3


 再び、幹線道路の脇に広がる森の奥――。

 月の光さえ届かぬ深い闇の中、狼男は高柳美佐の身体をそっと地面に下ろした。


「……こんなとこまで付き合わせて、悪いな」


 彼の声音は意外にも静かで、どこか柔らかさを含んでいた。


「どういうことですの?」


 高柳は身構えながら問い返す。


「いや、何。もともと俺はあんたら人間と争うつもりなんざ無かったってだけさ」


 信じがたい言葉だった。だが、その様子は嘘をついているようには見えない。


「ちゃんと説明していただける?」


 冷静な声で促すと、男は苦笑いを浮かべた。


「……俺ら狼の血族はな、生まれながらに吸血鬼――あのカミーラみてえな上位者には逆らえねえ。身体が、心が、命令に逆らえねえんだ。仕方なく従ってるフリして、戦いのドサクサに紛れて逃げ出すつもりだったのさ」


「でも、怪我をしたのね。その右肩……」


 高柳の視線が、彼の右肩をとらえる。そこには抉られたような傷があった。


「これか? 自分でやったのさ」


 そう言いながら、男は左手の親指を立てて自らの肩を差した。


「……え?」


「銀の銃弾を喰らっちまった。放っておきゃ毒が回って死ぬだけだ。だからこうしてえぐって取り出したのさ」


「……それで、あなたの名前は?」


 高柳が少し視線を和らげて尋ねると、男はあっさりと答えた。


「ハロルド・モーガン。名前だけなら、覚えてくれてもいいぜ」


「私は立場上、報告義務があるの。あなたの存在は――」


「構わねぇさ。どうせ隠れて暮らすだけだしな。けど……悪いが、あんたを元の場所まで送り返すわけにもいかねえ。ここからは一人で戻ってくれ」


 男の口調は穏やかだが、どこか覚悟がにじんでいる。


「……我々は、人間に害をなさない者まで狩ろうとは思っていないわ。ひっそりと暮らすなら、それでいい」


「もともとそのつもりさ。……じゃあな」


 そう言い残し、ハロルドは闇の中に姿を消した。


 高柳は数秒だけその背を見送り、すぐに背筋を伸ばして森の出口へと向かって歩き始めた。途中、ジャケットのポケットからスマホを取り出して通話ボタンを押す。


『由美ちゃん?戦況はどう?』


『美佐さん!? 無事だったんですね!』


『まあ、なんとかね。噛まれずに済んだわ。爪でちょっと引っかかれただけ』


『よかった……ところで、救出部隊を出したりしてませんよね?』


『まさか。美佐さんのこと、信用してましたから。きっと無事で帰ってくるって』


『そう……なら良いわ。心配かけてごめんなさい。それで、戦況は?』


『狼も、食用家畜も片付いた。でも……主犯の姿だけが、まだ見えない』


『了解。すぐに現場に復帰するわ』


 通信を切ると、高柳は無言で歩調を早めた。

 月明かりの下、風がわずかに木の葉を揺らしている。

 戦いはまだ、終わっていない――。



セクション5


 宮の森家、中庭――。

 夜風がそよぐその静かな庭園に、カミーラの足音だけが響いていた。


「宮の森さん。見せたい物って何かしら?」


 そう声をかけたとき、ふと違和感に気づく。先ほどまでカミーラを先導していたはずの里美が、いつの間にか遠く後方に立っていたのだ。


「見せたい“者”は、これよ――偽者さん!」


 その声と同時に、植え込みの影からありすとカミラが姿を現す。


「こっちが本物でしょ?」と、ありす。


「うそよ!騙されないで、そっちの女こそ偽者よ!」と、カミーラ。


 両者の間に立たされた里美は目を丸くする。


「ありすちゃんが本物って言ってるのだから……こっちが本物よね?」


「まあまあ、落ち着いて。危ないから私の後ろに」


 その時だった。ズシン――という重い音と共に、里美の目の前に一羽の皇帝ペンギンが現れる。


「ひっ!? な、なんですの!?」


「私はありすの使い魔、遠山新衛門と申します」


 帽子を軽く押さえて礼をする新衛門。


「つ、使い魔?使い魔って普通、猫とかじゃ……」


「君もそう思うだろう?」と、すかさず地面からぬっと現れる黒猫、ラスカル。


「ね、猫がしゃべった――!!」


 顔面蒼白の里美は目をぐるぐる回し始める。


「そこで驚くのか?ペンギンが先にしゃべってるぞ?」


 混乱する彼女の前で、事態はさらに加速する。


「その女が実は偽者だって、否定できないでしょう?」と、制服姿のカミーラがカミラを指差す。


「できるよー」


「なっ、なぜ!?」


 その問いに、ありすは得意げに答える。


「ハロウィンなのに仮装してないお前が偽者!」


 彼女の隣で、カミラは白いブラウスに赤いスカート、猫耳にしっぽまでつけた完璧な猫娘スタイル。一方のカミーラは、未だに真面目な制服姿のままだ。


「そんなの証拠になるものかっ!」


 あくまで食い下がるカミーラに、ありすが不敵に笑った。


「じゃあ、これならどう?」


 ありすが指を鳴らすと、地面に赤い光が集まり、魔方陣が浮かび上がった。


「これは“本物判定魔方陣”!まずはそっちのカミラちゃんから立ってみて」


「本物なんだから当然、平気よ」


 カミーラは自信たっぷりに魔方陣の中心へと歩み出る。しかし――


 ブーーー!


 けたたましいブザーと共に、空中に×マークが浮かび上がった。


「ほら、やっぱり偽者だった!」


「あはは……こんなに簡単にバレるとはね。本物とまったく同じ肉体なのに……一体どういう魔法なの?」


 興味深そうに訊ねるカミーラに、ありすが笑顔で答える。


「ああ、これ?」


 自分も魔方陣の上に立つ――


 ブーーー!


 またしても×マーク。


「どういうことだ!?」


「誰が立っても×が出るの」


「貴様っ!だましたな!」


「はい、逃れようのない自白、いただきました~」


「おのれええええええ!!」


 怒り狂ったカミーラは叫ぶと同時にその体を光に包ませ、次の瞬間――

 制服姿の少女は、艶やかな金髪に紅いドレスを纏った大人の魔女へと姿を変えていた。






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