公爵令嬢フレイヤは、冒険者ギルドの受付嬢だ。
優雅な仕草で対応する彼女の前では、荒くれ者の冒険者も借りてきた猫のように大人しくなる。
今朝も早くからフレイヤは浮かべてペンを持ち、受付台の前に座っていた。
「ねぇ、フレイヤさま。オレの所へ嫁に来ないか?」
「我が家の方針で、平民は無理ですの」
フレイヤの正面に座っているのは、今日一番最初に現れたバロールだ。
彼のキャラバンは次の商談先に旅立ったというのに、なぜか大商会の跡継ぎは、フレイヤの勤める冒険者ギルドの近くにある宿へと逗留し続けている。
「なら我が国へお嫁に来るかい?」
「わたくし、今のところは結婚に興味はありませんの」
バロールを押し退けるようにして次に現れたのはユーリーだ。
彼はバロールを隣の席へと追い立てた。
平民で商人でもあるバロールは、大人しくユーリーに従った。
ユーリーは次期国王となる王太子の座にいるらしいが、なぜか冒険者ギルドの近くに屋敷を購入して、そこで暮らしている。
「ここは冒険者ギルドです。バロールさまも、ユーリーさまも、冒険者ギルドと関係のない御用での訪問は、控えていただけますか? 冒険者の方々の邪魔になります」
「そんなこと言わないでよ、フレイヤ嬢。 冒険者ギルドは外交の場でもあるだろう?」
「でしたら、依頼を出していただけますか?」
笑顔のフレイヤに冷たくあしらわれたユーリーは、王族らしく整った顔に油断ならない笑みを浮かべた。
「ならば依頼を出せば、相手にしてもらえるかな?」
「依頼でしたら、あちらの窓口になります」
フレイヤは自分が座っている席から一番遠い窓口を、綺麗にそろえた指先で示す。
その先では、でっぷり太った中年男性が良い笑顔を浮かべて手を振っていた。
「ふむ……それでは、フレイヤ嬢とお話できないではないか。ならば、わたしも冒険者になろうかな?」
「他国の王太子殿下を冒険者として使う冒険者ギルドがあるとは思えませんわ」
ユーリーの大胆な提案に、フレイヤは穏やかな笑顔を浮かべたまま、こめかみをピクピクさせた。
(ユーリーさまといい、バロールさまといい、責任あるお立場の男性だというのに、どうなっているのかしら?)
フレイヤはイライラしたが、それをそのまま口にするのは品がない。
どうすれば上品かつエレガントに男性たちを退けることができるのか?
目下のところ、フレイヤを悩ませている最大の問題だ。
冒険者たちは少し離れたところからコチラをチラチラ見ながらコソコソと話している。
(ここは冒険者ギルドで、わたくしは受付嬢なのだから彼らの相手をしなければいけませんのに。わたくしのお仕事を邪魔しないでいただきたいわ)
思うように進まない仕事に、フレイヤは少々頭が痛かった。
でも彼らが来るようになって良かったこともある。
しつこく復縁を迫っていたマリウスが、受付台の前にある椅子へ座ることすら出来なくなったことだ。
「僕はもう限界なんだぁぁぁぁぁぁ! 戻ってきてくれぇ~! 仕事をしてくれぇ~! フレイヤァァァ!」
「王太子殿下っ! さっさと始めれば仕事も早く終わりますよっ! こんなところで騒いでいてはフレイヤさまのお邪魔になります。さぁ、帰りましょう!」
とはいえ今朝も飽きずに来ていたマリウスを、宰相補佐が引っ張っている。
それを遠巻きに見ている冒険者たちは、面白そうに騒いでいた。
「おっ、今日は赤毛か」
「マジで宰相補佐に赤毛いたんだな」
「ほら、幻じゃなかっただろ?」
なぜか自慢げな冒険者に、周りにいた他の冒険者たちが「おお~」と声を上げながら拍手を送っている。
騒々しい冒険者たちの横を、マリウスは赤い髪の宰相補佐に引きずられながら帰っていった。
(そろそろマリウスが王太子の座を失う日も近いのではないかしら? あら、いけない。わたくしにはもう関係のないことね。仕事を始めないと。掲示板にあるよりも難易度の高い依頼がさばけないわ)
フレイヤがそう思い始めた頃、壁にある時計を見たバロールが椅子から立ち上がった。
「ああ、そろそろ行かないと。また来ます、フレイヤさま」
パロールは男臭い精悍な笑顔をフレイヤに向けると、颯爽と踵を返して冒険者ギルドから出ていった。
バロールにつられて、ユーリーも立ち上がった。
「わたしもそろそろ行かないと、爺やに怒られるかな。また来るからね、フレイヤ嬢」
ユーリーはキラキラした笑顔をフレイヤに向けてると、優美な所作で華麗に帰っていった。
(あの人たちは、一体何を考えて来ているのでしょうね。暇つぶしかしら? まぁ、わたくしには関係のないことだけど)
「受付番号1番の方~。お待たせしました」
声に答えて冒険者が受付に向かって歩いてくるのを、フレイヤは微笑みながら眺める。
(やっぱりわたくしは、お仕事が好き)
公爵令嬢フレイヤは、今日も楽しく冒険者ギルドで働いている。
~おわり~