想と奈々、向かい合って座っている。想のスマホにLINEの通知が来ている。見ると、【戸川湊斗】と。(想)「·····」紬のことが頭をよぎる。奈々、想の様子がおかしいと感じて、想の目の前で手を振る。想、気付いて「ん?」と。(奈々)「(手話で)昔の恋人から突然メール来た、みたいな顔してるよ」と、冗談ぽく笑う。(想)「·····」(奈々)「(手話で)誰?」想、少し考えてから、(想)「(手話で)昔の友達」萌、想にLINEを送る。【高校の友達から連絡あった?ごめん、それ萌のせい】すぐに返事があって、見る。【大丈夫】のみ。萌、溜め息をついて、(萌)「大丈夫って何·····」ふと気になって、高校の同級生のグループから【青羽光】を見つけて、電話をかける。(光の声)「·····はい」(萌)「あ、どうも」(光の声)「どうも」(萌)「ごめん、なんか急に。あ、久しぶり」(光の声)「あ、うん、久しぶり」(萌)「ねぇ、聞きたいことあって」(光の声)「何?」(萌)「戸川湊斗くんってわかる?お兄ちゃんの同級生。紬ちゃんとも仲良かったと思うんだけど」(光の声)「うん。湊斗くんが何?」(萌)「今でも紬ちゃんと連絡取ってるか、わかる?同窓会あったりとか」(光の声)「え、連絡って言うか·····」萌、光の言葉を聞いて驚き、(萌)「·····え?」仕事帰り、スーツ姿のままカウンターで1人飲んでいる湊斗。スマホを見る。想に送ったLINE、既読が付いているが、返事がない。溜め息。春尾正輝(32)、1人で入店。湊斗から1席空けた隣のカウンター席に座る。店員の根津悟(38)、春尾を見てすぐに声をかける。(根津)「あ、先生!(手話で)いらっしゃいませ」(春尾)「先生やめてください」(根津)「(手話で)ビール? 」(春尾)「(手話と声で)あ、覚えましたね。はい、ビールで」(根津)「(ぎこちない手話で)少々お待ちください」春尾、笑顔で返す。根津、離れる。(湊斗)「·····」湊斗、じっと春尾を見ている。春尾、視線を感じてチラッと湊斗を見る。すぐに目をそらすが、じっと見続けている湊斗。根津、ビールを持ってくる。(根津)「(ぎこちない手話で)お待たせしました」春尾、手話をしにくく感じて、声だけで、(春尾)「あ、ありがとうございます·····」根津が去って、(湊斗)「あの、話しかけていいですか?」(春尾)「·····はい」(湊斗)「なんでできるんですか、あれ」(春尾)「あれ·····あ、手話ですか?」と、つい「手話」という手話をする。(湊斗)「はい、それ」(春尾)「手話の教室で教えてて」(湊斗)「あ、だから先生」(春尾)「はい。ここよく来るんで、接客に使えるの教えてくれって言われて、来るたび教えてて。受講料とらずに」(湊斗)「なんならお金払ってますもんね」(春尾)「はい。お金払ってます」(湊斗)「(何の気なしに)なんか、人が良さそうですもんね」春尾、表情が曇って、(春尾)「そういう刷り込みがあるんですよ。偏見というか」(湊斗)「·····?」(春尾)「手話。耳が聞こえない。障がい者。それに携わる仕事。奉仕の心。優しい。思いやりがある」(湊斗)「·····」(春尾)「絶対良い人なんだろうなぁ、って、勝手に思い込むんですよ。へらへら生きてる聴者の皆さんは」湊斗、絶句。2人、目が合って、(春尾)「(笑顔で)僕も聴者なんですけどね」(湊斗)「·····すみません」(春尾)「いえ、すみません」(湊斗)「·····」(春尾)「え、なんで気になったんですか?」(湊斗)「え?」(春尾)「手話」(湊斗)「あ·····友達が」(春尾)「友達?」(春尾)「友達っていうか、昔の友達なんですけど」(春尾)「·····」(湊斗)「なんか、わかんないですけど、そういうことらしくて」(春尾)「·····耳が、」湊斗、はっきり聞きたくなくて、春尾の言葉を遮る。(湊斗)「いや!わかんないですけど。なんかの冗談とか。そんな冗談ないか。ないですよね、はい」と、力なく笑う湊斗。春尾気まずくて目をそらす。沈黙。(春尾)「·····別に、覚えなくてもいいですけど。はい、あの、よければ」と、鞄から職場の手話教室のチラシを渡す。湊斗、受け取って、まじまじと見ながら、(湊斗)「·····できれば、覚えたくないですね」(春尾)「·····」(湊斗)「(涙ぐんで)·····また普通に話したいです」