改札を出てくる紬。
バス停へ向かいあるきながら鞄からワイヤレスイヤホンを出す。
片耳に付けようとしたとき、人とぶつかりイヤホンを落とす。
「最悪だ·····」と、イヤホンの方へ足を進める。
転がっていった先、誰かが拾ってくれる。
(紬)「あ、すみません·····」
と、顔を上げる。
イヤホンを拾ったのは、本を読みながら誰かを待っていた想。
目が合いお互いに気付く。
(紬)「·····(え?)」
(想)「·····」
(紬)「·····佐倉くん」
駆け寄ろうとした瞬間、逃げるように逆方向へ去っていく想。
通行人とぶつかり、本を落とすが、気に留めず歩いて行く。
(紬)「えっ、ちょっと·····」
と、想を追いかけ、後ろから話しかける。
(紬)「久しぶり、わかる?覚えてる?高校のときの。私ね、就職するとき上京したの。佐倉くんもこのへん住んでんの?」
答えず、逃げるように足を速める想。
(紬)「·····ねぇ、佐倉くんだよね?」(想)「·····」
(紬)「ねぇ!」
と、想の腕を取る。
ようやく立ち止まり振り向く想。
じっと紬を見るだけで何も言わない。
(紬)「え、無視することないじゃん·····」
(想)「(紬から目をそらす)·····」
(紬)「あの後、卒業した後、すごい心配したんだよ! 何かあったのかと思って·····あ、別にもう怒ってるとかじゃないんだけど····· ねぇ、ちょっと話そうよ! 今から…は、私用事あるから、また今度。あ、そうだ、連絡先教えて。佐倉くん全部変えちゃったでしょ?」
と、一生懸命に明るく振る舞う紬。
想、何か言いたげだが、言わない。
紬、様子がおかしいと思いつつ、
(紬)「·····そんなに私と話したくない?」
想、躊躇ってから、
(想)「(手話で)声で話しかけないで」
紬、すぐに手話だと理解できず、
(紬)「·····え?」
(想)「(手話で)そんなに一生懸命話されても、何言ってるかわかんないから。聞こえないから。楽しそうに話さないで。嬉しそうに笑わないで」
紬、内容がわからないが、手話だとわかって、
(紬)「·····え·····」
想、理解されてないとわかりながら一方的に話し続ける。
(想)「(手話で)高校卒業してすぐ、病気がわかった。それから少しずつ聞こえにくくなって、3年前、ほとんど聞こえなくなった」
紬、動揺して、
(紬)「ちょっと待って·····」
と、手話をする想の手を両手で握る。
想、紬の手を振りほどく。
お互い泣きそうになりながら見つめ合って、それでも話し続ける想。
(想)「(手話で)なんで電話出なかったのか、別れたのか、これでわかっただろ?もう青羽と話したくなかったんだよ。いつか電話もできなくなる、一緒に音楽も聴けない、声も聴けない。そうわかってて一緒にいるなんてつらかったから。好きだったから、会いたくなかった。嫌われたかった。忘れてほしかった」
涙を溜めて想を見つめる紬。
湊斗、紬と待ち合わせの駅前に着く。
スマホを見る。
紬に【着いたよ。ゆっくりでいいから、気を付けてきてね】とLINE。
想に送ったLINE、既読無視されたまま。
(湊斗)「·····」
ぼんやりと天を仰ぐ。
晴天。
想の実家。
想の部屋。
物は少ないが家具がそのままになっている。
律子、簡単に掃除機をかける。
ベッド下に掃除機をかけると、ダンボールが掃除機の先に引っ掛かる。
(律子)「·····?」
ダンボールを引き出し、中を開ける。ケースが無残に割れた大量のCD。
(律子)「·····」
想と待ち合わせにやってきた奈々。
想の読んでいる本が落ちていて、拾う。
辺りを見渡すと、想が手話で誰かに話している。
近付こうとするが、その手話を読んでしまって
(奈々)「·····」
(紬)「·····ごめん、私、わかんない·····わかんないから、待って。なんか、筆談とかで·····ちょっと待って」
と、涙を拭って、鞄を探る。
(想)「(手話で)何言ってるか、わかんないだろ?」
紬、手を止めて想を見る。
(想)「俺たち、もう話せないんだよ」と、踵を返し、歩いて行く。
紬、追いかけて、想の腕を取り、
(紬)「待って·····」
想、紬の手を振り払う。
(紬)「·····」
(想)「(手話で)うるさい」
(紬)「·····」
(想)「お前、うるさいんだよ」
と想の目からも涙が溢れる。
紬を置いて1人歩いて行く。
その場に立ちすくむだけの紬。
もう1度「佐倉くん」と呼ぼうと思うが、声が出せない。
振り返らず、歩いて行く想の後ろ姿。紬、想を見て、涙が溢れる。
想、徐々に足が止まる。
その場にうずくまり、声を殺して泣く。
了