想、イヤホンを付けたり外したりを繰り返していて、(律子)「想」と、想の視界に入る。想、律子に気付いて驚いて、(想)「勝手に入んないでよ·····」(律子)「ノックしたよー。あんまり大きい音で聴くのやめな、耳悪くなるよ」(想)「·····」(律子)「ご飯できたからね」と部屋を出て行く。(想)「·····」リビングに入る想。キッチンには律子。食卓には父・佐倉隆司(44)、姉・華(20)、萌(12)がすでに夕食を食べ始めている。(萌)「お兄ちゃん」(想)「·····」(萌)「お兄ちゃん!」想、無言で食卓につく。華、思わず笑って、(華)「え?なんで萌、無視されてんの?」(想)「(華を見て)·····え?」(華)「萌。呼んでんじゃん。お兄ちゃんお兄ちゃんって」想、萌を見る。想を睨んでいる萌。(想)「え、なに?」(萌)「もういいー。こっち来るついでにふりかけとってもらおうと思ったのー」と、立ち上がりキッチンへ。(想)「あ、ごめん·····」と無意識に自分の耳に触れる。(律子)「·····」律子、想の様子が気にかかる。律子、キッチンで洗い物をしている。想、やってきて、何か言いたげにしていて、(律子)「(想に気付いて)ん?」想、言えなくて(想)「·····なんか手伝う?」(律子)「ううん、大丈夫」(想)「うん」と、離れようとする。律子、手を止めて、(律子)「想」(想)「(振り返って)ん?」(律子)「耳、どうしたの?」(想)「·····なにが?」(律子)「なんか聞こえにくいみたいだから。お母さんの気のせい?」(想)「·····気のせい、じゃないかな、たぶん」律子、様子がおかしいと察して、(律子)「いつから?」(想)「ん、だから、うん、気のせい」(律子)「いつから?」(想)「·····」想、律子と目が合って、すぐそらす。蛇口の水が流れ続けている。想、それを止めて、(想)「卒業式の後から」(律子)「·····聞こえにくいの?」(想)「なんか、ずっと耳鳴りみたいなの、してて」(律子)「·····」(想)「すごいうるさい」医師から説明を受けている想と律子。(律子)「今まで、1度もそういう検査に引っかかったこともないし·····」(医師)「親族で、難聴の方って」(律子)「·····え」(医師)「遺伝性の病気の可能性もあるので、」(律子)「(何度も首を横に振って)いません。いないです。聞いたことありません」と、受け入れられない律子の様子。黙って、落ち着いた様子で聞いている想。(想 M)「小さい頃から、ちょっとでも何かあると、大袈裟に心配してすぐ病院に連れて行くくせに、医師の言うことは信じようとしない。今回は特に、ひどくそうだった」数日後。外来の待合室。1人で診察を待っている想。(想 M)「それから何度も病院に行って、何度も検査を重ねて、病気がわかった。すぐに聞こえなくなるわけじゃない。ゆっくりゆっくり進行する人もいるし、わずかに聴力が残る人もいる。そう説明された」女性と小学生くらいの息子が手話で話しているのが目に入り、つい目をそらす想。隣に補聴器を付けている中年の男性が座る。(想)「(横目に見て)·····」鞄からイヤホンを出して、絡まったコードを急いでほどく。耳に付け、音量を上げる。(想 M)「だんだん聞こえにくくなるし、完全に聞こえなくなることもある。そういう意味だった」込み上げる不安と、まだ音が聞こえる安心感。想、2階から降りてくると、キッチンの水道が出しっぱなしになっている。水を止めようとキッチンへ行くと、律子がシンクの前にしゃがみ込んでいる。水の音で声をかき消すように泣いている。(想)「·····」想、声をかけられず、立ちすくむ。律子、想に気付いて、顔を隠して立ち上がり、その場を去る。想、水道の水を止める。