朝。ギルドの玄関に差し込む朝陽が、磨き上げられた大理石の床を柔らかく照らしていた。
新しい依頼書を胸に抱えた冒険者たちが、ぞろぞろと集まり始めている。中にはまだ寝ぼけ眼の新人もいれば、血と泥にまみれた帰還直後のベテランも混ざっていた。
そんな騒がしい空気の中心で、彼女はいた。
「おはようございます、皆さま。本日も素敵な冒険になりますよう、サマンサからの祝福を♪」
花のような笑顔。天使のような声。ド派手にカスタムされたカウンター横の花瓶には、季節外れの金木犀が生けられていた。いつも完璧な姿でそこに立つ彼女――ギルドの受付嬢・サマンサ。
男たちはとろけるような笑顔で返事をするし、女たちでさえ彼女の所作にうっとりする。
だけど誰も知らない。いや、知るよしもない。
そのサマンサの本当の正体が――魔王直属の諜報将校“第六爪(シックス・クロウ)”であることを。
(ふふ……来たわね、今日も。このギルドは使えるわ。さあ、どれを勇者に狩らせようかしら)
サマンサは机の下で書類をめくりながら、魔界文字で書かれた“リストラ候補モンスターリスト”を確認する。
「うーん、昨日は“イキりゴブリン”を派遣して勇者に斬らせたけど……あれ、面白くなかったわね。次は“説教ドラゴン”あたりでどうかしら? 自己主張が強すぎて軍規を乱すし、なにより話が長いのよ」
そんな彼女の思考を遮るように、カウンターにひとりの青年が現れた。
「おはようございますっ! 今日こそCランク昇格依頼、受けに来ました!」
サマンサが上目遣いに見上げると、そこには筋肉ばかり鍛えたせいで脳の容量を減らしてしまったような、やたらとまっすぐな青年の姿があった。
「あら、ラルフさん。またいらしたんですね。昨日も一昨日も、確か“迷子のネコ探し”と“腐った白菜の除去”を……」
「今日こそは! もっと強いやつ、頼みますっ!」
(……ちょうどいいわね)
「でしたらラルフさん、こちらの依頼はいかがでしょう。“温厚なドラゴンのご機嫌取り”というCランク依頼ですの」
「おお、ドラゴン! ついに俺もドラゴン退治かぁ!」
「……退治じゃないですよ、ご機嫌取りです」
笑顔で応じながら、サマンサは“説教ドラゴン”の詳細をチラと見やる。
『特徴:40分話し続ける。オチがない。部下の失敗を全体会議で言うタイプ。推定年齢:800』。
(さあ、行ってらっしゃい勇者候補。私の代わりに“戦力外通告”を届けてらっしゃい♪)